19 和ませかた
「えっ! ちょっ、早っ!!」
先に走り出したクレインを、早々に追い抜き俺は風になった。重力魔法の呪縛から解かれた俺は、今までの俺とは違うのだ。ただし調子には絶対に乗らない。必ずしっぺ返しがくるのを知っている。
「もう大丈夫です!」
そう言いながら、オークと男性の間に入り、手を広げオークを牽制する。急に現れた俺に驚いてくれたのか、オークはその場で立ち止まり鼻息を荒くする。
走って疲れたのかな? でも疲れたとか言っても鼻息が荒くなるのはカッコよく無いから気を付けろよ。
「す、すいません。山で山菜を採っていたら急に⋯⋯」
「後で聞くよ。とりあえず鼻息が荒くなっているから落ち着いて!」
まずはさっさとオークを倒さないとな。ダンジョンでも散々狩ってきた魔物だ。
濃緑で豚っ鼻、そして皮の鎧と木で出来たお粗末な槍。
見た目も同じならダンジョンだろうが、外であろうが何ら代わりはない。
剣を手に取り、手前にいるオークの脛に水平斬りをかまし、痛みで下がってきた顔面に水平斬りの威力を殺さず回し蹴りで吹き飛ばす。
驚いて止まったもう片方のオークの顎下から剣を切り上げ、そのままジャンプして顔に手をあて至近距離でファイアーを食らわせる。
着地と同時に後ろに回り込み、背中に剣を突き刺しトドメをさしながら、左で吹き飛んだオークへファイアーを放ち、ダッシュで近づき首を切り落とした。
「ふぅ~。終わりました。少しは落ち着きましたか?」
「あぁ、助かった。ありがとうございます。どんなお礼をしたら⋯⋯」
「いや、お礼なんて要らないですよ。困っている人がいたら助ける。それが冒険者ってもんですから!」
そう言いながら、剣を鞘にしまう。
ってかクレインは? と、後ろを見るとやっと追い付き両膝に手をつきながら、はぁはぁと息をしている。大丈夫か? 念のため下から顔を覗き込む。
うん。大丈夫。鼻息は荒くない。
「お連れ様もありがとうございました」
男性は深々と頭を下げるが、クレインは何もしてないぞ。
「い、いえ。はぁはぁ⋯⋯わ、私は、何もしてませんから!」
「そうなんですよ。なので気にしなくて大丈夫です。お胸が邪魔で走りにくかったのかな?」
と、オークに襲われた恐怖を和ませようと、クレインの方を向きながら喋ったのだが、
「はぁ?」
「い、いえ⋯⋯」
急に豹変すんじゃねーよ。ビックリするだろが。
「⋯⋯で! どうしてオークに襲われたんですか? 村や町がオークに襲われるなんてなかなか無いと思うんですが?」
「はい、うっかりしていのかもしれません。
山菜に夢中になっていて、地面ばかり見ていた為にオークの領域に入ったことに気づかず、一休みしようと顔を上げたら。と、いう感じで後は必死に逃げてここまできました」
その時の事を思いだし、男性は顔が青白くなっていく。嫌なことを思い出させちゃったな。
「い、いや~、集中するとそういうときもありますからね。ははっ。
クレインは良かったな。立ってたら邪魔で下見えないもんな!」
「はぁ?」
だから、こえーよ!
空気を和ませるのに協力するとか無いのかね。
「ま、まぁ。今度からは気を付けてくださいね。それとオークの処理は任せちゃいますね」
「良いのですか? ありがとうございます!」
オークは身に付けている防具や、肉、牙はそこそこの町ならばそこそこの値で売れる。しかし、田舎町では売れてもたいした額じゃないし、自分で使うと言っても今の装備よりはランクが下。それに肉は加工しないと日持ちしない。
俺は外食派なので、加工の方法は知らない。
ならば、そのまま押し付⋯⋯あげるほうが喜ばれるのである。
「さ~て、一運動もしたことだし宿屋を探してのんびり昼寝でもしよう」
「そうですね~」
「宿屋の場所はわかるんだよね?」
「そうですね~」
「あんまりお金を使いたくないし、安く泊まれるなら何でもいいから、任せるよ」
「そうですね~」
「⋯⋯」
この異変に気づいたら敗けだ。そして、言ってはならない事に気づけたのは勝ちだ。
つまり、プラスマイナスでゼロ。ゼロは何もないって事だから、今回は何もなかったとして俺の中で処理をしよう。
横を笑顔で歩き続けるクレインに視線を送らないようにだけ意識を集中させ、宿屋へと足を進めた。