第四話 三日月の帰り道
「本日はご来店頂き誠にありがとうございましたー......」
はよ帰れ、と言わんばかりの、ふてくされた顔をした店員に見送られ、俺らも帰ることにした。三月の住んでいるアパートは俺の家の近くに建っているため、途中まで一緒に帰ることになった。
「すみません、奢って貰っちゃって……」
「いいのいいの、気にしないで。そういえば、学校とかはどうするの? 一応来年度からうちの高校の一年生として入学出来るけどさ?」
「ああ、それなんですが、学力はなんか、中学卒業レベルまであるみたいで、何故かルートの計算とかフレミングの法則とかは覚えてるんですよ。だから私に勉強なんかする必要がないです。それに、今は学力よりも生活費が欲しいです。学校に行っていたら働く時間がありません」
「へ、へえ......凄いね......」
いや、三月は、都合のいい事はよく覚えてるな! 羨ましい!
「今度はこっちが聞く番です。咲斗くんは、何で七咲さんとは上手く話せなくて、私とは普通に話せるのですか? 私よりも多い時間を共にしているはずなのに......」
「それは......俺は七咲さんみたいな人とは話題が会わないし、あの溢れてくるオーラを見ると、なんか凄く緊張するんだよね」
「私はオーラがないから話しやすいんですか......そうですか...」
三月は顔を下に向けて、ショボンとした顔になってしまった。
「違う違う! 誤解だよ! そういうつもりじゃなかったんだよ!」
「じゃあ、どうしてなんですか?」
「え、えっと......それはね......三月は落ち着いているし、優しい口調で話してくれるから......かな?」
あぁ......自分でも照れくさいことを言ってしまったなぁと思う。でもこれしか言えなかったんだ。俺にはこれが誤解を解くのに精一杯だった。でも三月は、
「ほ、本当ですか。嬉しいです」
と言って、顔を横に向けた。もしかして不快にさせちゃったかな.......。でもなんか三月は頬を赤らめていた。
そんな会話を続けていた間に、アパートに着いたみたいだ。だけど、なんだか三月はソワソワとしている。
「......ちょっとまだ、ここの公園で話していてもいですか?」
「──? いいけど?」
三月の提案で、俺らはこの公園に入ることにした。
「ブランコに乗りながらでいいので、少しだけですので、私の話を聞いていただけませんか。......私はずっと怖かったです。
目が覚めた瞬間、この馴染みもない公園にいて、どうしようもなかったので、自分の気持ちを落ち着かせる為に、今みたいにこうやって、無心でブランコを漕ぎました。
これから先どうなっていくんだろう、と言う心配と、記憶をなくしてしまった、という恐怖に怯えていました。そんな時、大家さんが助けてくれたんです」
とっても真剣な表情でブランコを漕ぎながら、三月は俺と出会う前の事を話し始めてくれた。俺は、そんな三月の話に聞き入った。
「大家さんは、私に色々なことをしてくれました。ご飯を作ってくれたり、近所の人からいらなくなった家具を貰ってくれたり........本当に大家さんには感謝しています。........でも」
表情が明るくなったとおもったら、ブランコを漕ぐのをやめて、また表情が暗くなってしまった。
「........でも?」
「まだ私は闇の中にいました。守ってくれる物がいるとはいえ、手掛かりはファントムRさんが手掛かりの謎のメモだけで、手も足も出ない状況でした。そんな事実が嫌になって、私は意味もなくただ商店街を歩いていました」
「と、いうことは?」
「そう、ついさっきの出来事ですね。その時、ファントムRという言葉を発する人の声が聞こえました。それが、咲斗くんでした」
三月はブランコから降りて、俺の方へ近づいてきた。
「あなたは闇の中から助けてくれた、救世主です」
「救世主だなんて大げさな........」
「大げさなんかじゃありません。私の求めていた「ファントムR」という得体の知れない何かを知っている人に出会えただけ嬉しいのです」
そういうと三月は、俺の手を優しい手で握りしめてきた。
「咲斗くんは最初、自分は頼りないなんて言ってましたけど、私はそんなこと思いません。絶対に頼りなくなんかないです。そうでなければ、こんな相談にも乗ってくれないですよ? もっと自分に自信を持ってください」
──こんなに褒められたのは、いつぶりだろう。俺は成績は普通で褒められることもない。先生にだって褒められない。何に関しても褒められない。......でももしかしたら、こうやって自信を無くしていたから、こんなひねくれた正確になってしまったんだろう。三月の言葉で、そんな大切な事を思い出す事が出来た。
「三月、ありがとう。俺、今までよりもっと自信を持って生きていくよ」
「お礼をいうのはこっちの方ですよ......フフフ......アハハ!!」
俺らは訳が分からないが、笑い始めた。何がおかしいのは自分達でもよくわからない。けど、お互い嬉しかったんだ。
「あ、少女! こんな所にいやがったかぁ。心配したんだぞ?」
後ろを振り返ると、エプロン姿をした花宮さんが公園まで来てた。ちなみに花宮さんは女性です。
「お、大家さん! あぁっ! ほっぺたつむぁなぁなぁいでぇ下さぁい!」
「全くもう、ご飯覚めちまったじゃねぇかよぉ。ってあれ、咲ちゃんじゃん、久しぶりだな。三月と何してたんだ?」
「え、あ、その......」
花宮さんの威圧に負けそうになったけど、さっきの三月の言葉を思い出した。そうだ、自信を持って話すんだ!
「じ、実はですね! 三月が記憶を無くしてしまったみたいなので、いろいろと......」
「三月? もしかして少女、名前が決まったのか? よかったな」
「はいっ!咲斗くんがつけてくれたんですよ!」
三月は飛び跳ねながら、花宮さんに言った。
「へぇ、咲ちゃんが。いい名前つけたなぁ。これからも頼りにしてるよ、咲ちゃん」
俺は花宮さんから、頭をなでられた。三月の言う通り、自信を持って話せば褒めてくれた。自分は、そんな大切なことをここで学んだ。
「それじゃあ帰って夕飯食べるぞ。咲ちゃんも、親によろしく言っておいてな」
「は、はい!」
「それじゃあここで。また明日ショットで会いましょう」
「お、おう。じゃあな!」
約束を交わしたあと、三月は笑顔で手を降ってくれた。俺も気がついたら手を左右に降っていた。
今宵の月は三月の白衣に付いていたワッペンと全く同じような三日月だった。