第四十七話 強がってるけど、悲しかった
季節外れの雨が降る中、ボロボロの花宮さんの肩を組みながら、何とかアジトに戻ることが出来た。
虎上から貰った数々の衝撃は、花宮さんでも耐えられなかった様だ。メカニズミカルに入った事、その原因は花宮さんのお父さんにある事……でも、何故そこでお父さんが出て来たのだ? 何処に共通点があるのだろうか?
「──大家さん、ソファでずっと寝てますね……」
「仕方ないよ、色々と傷もあるし、精神的にも疲れちゃってるから。花宮さんだって、そんな時はあるよ」
シャワーを浴びてから、晩御飯も食べずにずっと寝ているから、そりゃあ、いつもの花宮さんを見てたら、みんな心配するだろう。
「それにしても、全然起きそうにないな……。明日は土曜日だから、花宮さんここに泊まらせるか」
「そうだね。私、佐田姉妹の部屋で寝るよ。あ、三月ちゃんもね」
「……え、お前らも泊まるの?」
「何言ってるのさリーダー、みんなで泊まるなんて機会、滅多にないじゃん? それに、みんなで泊まれば、花宮さんだって少しは気が楽になるでしょ?」
「まぁ……それもそうか。咲斗は俺の部屋で……」
「ううん、今日はここのリビングで寝るよ。花宮さん、一人で居たら悲しむと思うから、誰かが傍に居てあげないとね」
「そうか……じゃあよろしくな」
涼太くんは不思議そうな顔をしながら、布団を取りに行った。
……まぁ、早い所夏休みの課題を終わらせる為に、リビングでちょっとやろうと思ってるだけだけど。
そんな時、ふと気配を感じ、横を振り返ってみると、饅頭の箱をじっと見つめる三月がいた。
やっぱり、饅頭では無理だったのか……?
「……ごめんね、三月。許して貰えないかな……?」
「今はそんな事よりも、花宮さんが心配です。だから……咲斗くんとは一応仲直りしてあげますから」
「そっか、ありがとう……明日みんなで饅頭食べようか」
「ですね。じゃあ私、涼太さんのお手伝いに行ってきますから。おやすみなさい」
俺もおやすみ、という頃にはもう、三月は涼太くんの後を追い、リビングから退室していた。
「咲斗お兄ちゃん……花宮さん……大丈夫?」
クイッ、クイッ、と服を引っ張った来たのは、ゲーム機を片手に、ダボダボの服を来たネマチだった。
「大丈夫だよ。ヌンチャクで出来た腫れも、段々良くなって来てるよ。だから安心して寝てな」
「寝ない」
「……何で?」
「今日の0時から……新作のゲームが出るから……発売開始と共にプレイしなきゃ……実況者の名が廃る……だから私も時間が来るまで……ここで待機する」
とは言いつつも、瞼は閉じかかっては開け、閉じかかっては開け……の繰り返しである。実況者としてのプライドが高いんだなぁ……。
「わかった。一緒に待ってようか」
「本当……? 寝かけたら起こしてね……」
ネマチは一安心したのか、カーペットに座って、持っていたゲーム機で遊び始めた。
さて、そろそろ自分も課題やるか……。
※
時刻は十一時を回り、普通ならもう寝てる人が多い頃。自分は数学のワークは一ページしか進まなかった。
ふと付けたテレビの番組に見入ってしまったのだ。この時間帯にやる番組って面白いもんね! じゃねぇよ俺!
「咲斗お兄ちゃん……課題進んだの……?」
耳に付けていたイヤホンを取り外し、今にも寝そうな顔をしたネマチが尋ねてきた。
「進んでない……まあでも、夏休みにやれば良いよね。よし、俺も周回しよ」
完全に諦めモードに突入した俺は、近くにあった毛布を膝にかけ、スマホアプリ「現実は辛いから異世界でチヤホヤされたい」を立ち上げた。
今は水着イベが開催していて、普段周回してない人でもランカーになるのが多い。だから今回は力を入れなきゃ100位以内は厳しいのである。
「──痛たた……今何時だ?」
四時間以上寝ていた花宮さんが、やっと眼を覚ましたようだ。
「あ、花宮さん……十一時です」
「……私とした事が、こんな時間まで寝ちまうとか……とりあえず、朝御飯の支度しなきゃ……っ!」
「花宮さん……!!」
歩き始めた足は、ガクッと曲がり、倒れかかった花宮さんを急いで助けた。
「動いたら駄目です花宮さん! まだ完治してないんだから、安静にして下さい!」
「でもよ……私が作らなかったら、明日の飯はどうすんだよ……」
「菓子パン買ったから、明日はみんなそれで大丈夫ですよ。今日は花宮さんは、皆の事を気遣わないで、自分の事を気遣わないと駄目です!」
花宮さんは、自分の今の状況を理解したのか、ウッ、と驚いた表情を浮かべ、フードを被って眼を隠した。
「……ったく、わかったよ。で、何で咲ちゃんがここに居るんだ?」
「えっ、それは……その……」
「咲斗お兄ちゃん……花宮さんの事を一人にしたら可哀想って、心配してた……だから……起きるまで傍に居てあげたみたい……」
「ネマチ!?」
ずっと黙り混んでいたネマチが、イヤホンを首に掛け、いきなり今までの経歴を暴露してきた。
「……咲ちゃん、私を幾つだと思ってんだ? もう立派な大人だぞ?」
「でも、花宮さんだって、悲しい時は悲しいでしょ? 悲しい感情に、歳なんて関係ないですよ」
「まぁ、そうかもしれないが……」
花宮さんはテーブルに置いてあったせんべいを取り、口に運んだ。喉に流した後、大きな溜息をついた。
「……正直な事言うとよ、咲ちゃんの言う通り、悲しかった。昔は身近な存在だったのに、今は遠い存在になった師匠……気持ちが落ち着かなくて、今日は寝込んじまった」
花宮さんが言っている師匠というのは、虎上の事だろう。
「今みたいに、咲ちゃんに意地張ってたのだって……強くならなきゃって、しっかりしなきゃって、だから弱い自分を見せちゃいけないって……」
今度はスマホを片手に持ち、ネットチラシを見ながら話している花宮さん。特売品を見つけたのか、何かしらの野菜にチェックマークを付けている。
「自分の弱い所を見せるのは、情けだ。師匠はそう言ってた」
「それは……違うと思う……」
「……どうしてだよ、ネマチ?」
「自分の弱い所を見せるのは、強い証。お姉ちゃんやゲームの人達がそう言ってた……」
ネマチも花宮さんと言ってる事は変わらないが、確かにネマチの言うことも正しいと思う。
「──言い返せねぇ。中学生に口説かれるとはな……でも、最近考えてたんだ、いつ私の事を話そうかって事」
「でも……花宮さんは、過去の事を聞かれて嫌じゃないんですか?」
「香織って名前まで知られちまった以上、もう何も乗り越える物はねぇよ。三月も知りたがってたみたいだし、咲ちゃんには師匠の存在もバレちまったし……明日、言える範囲まで話そうと思う」
花宮さんの目は、不安そうだった。知られてしまう事実と、どんな反応されてしまうかの恐怖でいっぱいなのだろう。だから、゛言える範囲まで゛なんて言ったのだろう。
「──まあ、こんな時間に起きてても仕方ねぇし、もう一回寝るか…………なぁ咲ちゃん、今日は、まだ私の傍に居てくれるか?」
「はい……えっ!?」
それは、俺は初めて見る、甘えた言葉を言う花宮さんだった。
いつもは頼りになる側なのに、今日は頼りになってあげる側となったみたいだ。
「なんだよその反応、嫌なのか……?」
「そんな事ないです!!まだ自分は起きてるから、傍にいます!」
「……そうか。そうだ、寝る前に一つだけ……師匠にヌンチャクでぶっ叩かれそうになった時、私を庇おうとしてくれて、ありがとよ。足が震えてるのに、それでも勇気を出して立ち向かってくれて……カッコよかったぞ」
俺の頭に、花宮さんの暖かい手が置かれ、ポンポン、と頭を撫でてくれた。
「あ、ありがとうございます……」
「花宮さん……湿布の変え……」
「ネマチもありがとな。私の勝手でこんな事になったのに、怪我の手当てしてくれて」
そして花宮さんは、ネマチの頭にも、ポンポン、と頭を撫でた。
「頭ポンポンされるの、好き……」
「誰だって、頭を撫でられたら嬉しいさ。私だってな……さ、二人も早く寝ろよ。おやすみ」
と言って、花宮さんは背をこちらに向けて、ソファに寝っ転がった。
さっきよりも、気持ちが落ち着いているような気がした。
「咲斗お兄ちゃん……ネマチ、もう寝るね……」
「え、最新のゲームはやらなくていいのか?」
「いい……そんなの、明日でも出来るし、この時間帯に起きてる人だって限られてるし……何より、折角花宮さんの事を聞けるんなら……聞く時に寝落ちしないように……寝れる時に寝ようと思って……」
「確かにな。……じゃあ俺も寝るか」
「うん……おやすみ……」
眼を擦りながら、ネマチは自室へと戻っていった。
ネマチの言う通り、今日はもう早く寝よう。話を聞きそびれたら、いつ聞けるかわからないし。
明日の事を楽しみにしながら、俺は体に毛布を掛け、花宮さんの寝息が聞こえる中で、瞼を閉じたのだった。




