第四十三話 夏一の日常
朝から蝉の鳴き声が、公演中に響き渡る。日々疲労が溜まっている人間とは真逆に、蝉たちは一生懸命元気に鳴いている。
蝉が輝ける期間は、たった七日間。そんな短い期間で、自分のアイデンティティを生かして、精一杯自分のやるべき事を成している。
それに対して、自分はどうなのだろうか。蝉より長い人生になる予定であって、ちゃんとやるべき事を成そうとしているだろうか? 人間に生まれてきて、ちゃんと人間らしい事は出来ているのだろうか?
「咲斗くん……? 考える人みたいなポーズしていてどうしたんですか?」
「……ちょっとした哲学的なものをやってたんた。三月は、ちゃんと’人間らしい事’出来ていると思う?」
「はぁ……そんな事考えていたら、脳がパンクしちゃいますよ。ほら、早く行きましょう?」
呆れた三月の後に続いて、俺も三月の背中を追って歩き始めた。日陰にあるベンチに座っていたものだから、日向に出た瞬間、太陽の日差しで一気に身体の体温を奪われた。
ずっと下を向きながら考え事をしていた俺は、三月が帽子を被っていた事に気づかなかった。それも、メンズ用のだ。
「……あ、これですか? 大家さんに、今日は暑くなるからって言われて、貸してもらったんです」
「だからか……なんで花宮さんって、女性らしい生き方をしないんだろうな」
「……堂桜子さんに聞いた話なのですが、高校生の時点でもう、今のような感じだったみたいです。もっと詳しい話を聞きたかったのですが、大家さんがストップかけて、続きの話を聞かせて貰えないんです……」
──高校生の時から、か。堂桜子さんって人が、鍵を握っている訳か……何度も言うけど、この話は無理矢理聞かない方が……。
「咲斗くん、やっぱりこのままじゃいけません」
「ど、どうしてそんな事言うの?」
「私と大家さんは、同じ屋根の下で過ごしていると言っても過言ではありません。今後長い付き合いになる上で、相手の過去を知っておくのも大切だと思うんです」
「三月……」
「……まぁ、今すぐとは言いませんけど。いずれかです」
──確かに、三月の言う通りかも知れないけど、俺としてはあまり良く思わない。
例えば、花宮さんの過去を知るのであれば、俺も花宮さんに過去を教える覚悟をするべきではないのだろうか。
三月は過去を覚えてないからそう言えるのかも知れないけど、我々としてはちょっとな……という感じである。
「言っておきますけど、私は本気ですよ。仮に咲斗くんが協力しなくても、私だけでやりますので。じゃあ、学校頑張ってください」
学校……? あ、気づけばもう、卯月高校の前まで来ていたようだ。
「あ、ああ! 三月も……な……」
俺がそう言ってる頃にはもう、三月は5メートル先まで遠ざかってしまったようだ。そんな三月を呆然と見ながら、俺は一人、校門の前に立っていた。
※
教室に着いても、まださっきの三月の言葉が、脳裏を過っていた。
三月は本気。それも、俺の力で頼らないでやる。……今までのパターンとは違うのだ。
いつもなら「勿論、咲斗くんもやりますよね?」みたいな感じで頼ってくるが、あそこまで言うのは、かなり本気なんだな、と思う。
まあ、自分一人でやるのは悪い事じゃないんだけど、頼られなくなった自分がいることにも嫌悪感を感じたりして……。
「咲斗ー、飲み物買いに行こかー……またボーッとしてんのは夏バテのせいか?」
「いつもの事だよ、龍騎」
そんな龍騎の提案で、鞄にしまってある財布から小銭を出し、ポケットに入れて教室を離れた。
最近、龍騎とあまり関わってない感じがするが、これも幼馴染み枠の特権だから仕方ないねうん。
「……部活は?」
「言わなくても分かるやろ? こっちはエブリデイやで? 言ったら悪いがなぁ、帰宅部の咲斗とは違うんや」
本当に言ったら悪い事だなおい。こっちは月魄という組織で色々と活動してるんだぞ? ……なーんて事、口が裂けても言える訳ないから、黙って過ごすしかないのだ。
そうこうしてる間に、自販機の前までやって来た。
喉が乾いた同じ学生達が、廊下の前で屯っている。龍騎が居なきゃ絶対に通れない場所である。場違い感が凄いからだ。
「さて、何にしようか……」
龍騎が飲み物を選んでいると、誰かがぶつかってきた。意図的ではなさそうだけど、一応顔を……。
「あっ、すみません……あ、咲斗くん。ごめんね」
どうやら当たってきたのは、蓮くんだったようだ。ここは人通りが多くて通りづらいから、仕方ないよね。
にしても、当たってきたのが蓮くんでよかったぁ! 先輩とかだったら気まずいの極みだし。
「蓮先輩、大丈夫ですか? 気をつけてくださいね」
……蓮先輩? それも女後輩に言われてる? 蓮くんは部活にも入ってないから先輩関係とかも気づけない筈じゃ……。
「……どーいう事だ? 蓮くぅん?」
「か、彼女とかじゃないよ!? 本当にたまたま仲良くなった娘だよ!」
「そ、そーよ咲斗さん! あ、私は……えーっと、氷蘭々って言うの! 蓮先輩からよく話を聞きますよ!」
そんな氷蘭々ちゃんは、眼鏡をかけていて元気そうな顔をしている……いや、何だかこの顔を作っているような感じがするが……。
にしても、どこかで見たことがあるような……でも、一応初対面として挨拶を……。
「あ、氷蘭々……さん……宜しく……」
挨拶が第一印象を決める、と言うけど、コミュバンを付けてない今の俺は、たどたどしい言葉遣いでしか話せない。付けてくりゃよかった。
「あー喉乾いた……あれ、龍騎くんに柳水くん、それにレイレ……蓮くんじゃーん! あとおまけに……」
「……あぁなんだ、愛佳じゃん」
ここに来て、愛佳がやって来た。普段は明るくしてくれるムードメーカーだが、なんだか今回は暗い雰囲気になってしまった。
「氷蘭々ちゃんさぁ、あまり先輩とかと一緒にい過ぎるとさ、同級生の友達とかつくれないよ?」
「余計なお世話よ。何年も友達作れなかった愛佳に言われる筋合いはないわ」
「その何年も友達作れなかったっていうソースはどこ? ねぇ教えて?」
「いいわよ言ってやるわよ!」
……どうやら愛佳も知り合いだったようだ。にしても仲悪いなぁ、氷蘭々ちゃんに至ってはもう敬語なんて使ってないし。女って怖。
「まあまあ二人とも、喧嘩はやめようよ! ほら、早く先生の所に行かなくちゃ。氷蘭々、行くよ!」
喧嘩の仲裁をしてくれた蓮くんが、氷蘭々ちゃんを連れて職員室まで歩いていった。とんだ災難でした。
「愛佳さん、どして氷蘭々ちゃんとそんな仲悪いんや?」
「あいつだけは許せない理由が会ってねぇ……ま、気にしないで気にしないで!」
愛佳はそう言うけど、何だか裏で有りそうだな……。ま、愛佳の言うとおり、気にしないしておこう。




