第三話 少女の名付け親となった俺とクラスの女子
ファントムRってのは、さっきも言った通り、俺の憧れている音ゲーマーで、いま人気の動画投稿サイトの音ゲー部門ランキング一位常連、音ゲーをやっている人の八割は知っている、ネット有名人だ。
ただ、幽霊の仮面を付けているので、顔がわからないようになっている。一度くらいなら放送事故で顔バレとかもあっていいはずだけど、そんなことは一度もない。
ハプニング切り取り集みたいな動画も、全然見かけたことがない。それほど顔バレには気をつけているのだろう。
「なんだ、あなたと直接関わりのある人物ではないんですね......でも有力な情報を得られただけでも嬉しいです」
「ううん、俺はただ知っている事を言っただけだから......」
ちょっとだけ、アニメとかでよく使われるフレーズを使ってカッコつけてみた。あー! こういうの一度言ってみたかったんだよね、最高!
「でも、あなたとなら私の記憶を思い出せる気がします。宜しければ、是非協力して頂けませんか?」
「ああ、いいぜ......ってえ!? 俺でいいの!? こんな頼りがいのない男なのに!?」
「それ、自分で言うんですか......でもいいんですよ、頼りがいが無くても。
一人で探すより、二人で探すほうが絶対いいと思うんです。色々と知っている人がいるといないとで、大分結果は変わってきますしね。もしかしたら、ファントムRに会えるかも知れませんよ?」
──これは大きな選択だ。今後の音ゲー生活......いや、高校生活に支障がでるかもしれない。でもさ、こんな可愛い少女にお願いされるんだよ? こんなラノベ的展開きっともう二度とないかもしれないんだよ? ここで断って、こんなチャンス逃すわけにはいかないじゃない。
「た、確かに! 俺、部活もやってないし、毎日ほぼ暇だから、やってやるよ!」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
少女はとても嬉しそうな笑みを浮かべた。なんかそんな姿を見て、俺も少し照れた。俺は今まで間違った選択ばっかり選んでたかもしれないけど、今回は絶対に正解しただろう。そんな気持ちも含めて、俺は照れたんだ。
「そうと決まれば早速会議です! じゃあ、ここで話すのもアレですし、近くの喫茶店にでも寄りませんか?」
「そうだね。この店の店長が、店の前でたむろしてると鬼のように怒って来るからな。んじゃ、行こうぜ」
「はい!」
という訳で、俺は少女とすぐそこにある、近くの喫茶店へと向かった。
少女は髪が紺色のショートボブで、身長は153cmくらい。身長から推測する限りだと、恐らく俺の一つ、二つ下だろう。大人しめな性格だけど、興奮ぎみ。そんな感じだろう。
容姿は腕にリストバンドを付けていて、何故か白衣を着ている。どんなファッションセンスしてんだ? それともこれも何かのヒントか......?
「お客様......ご注文は何に致しましょうか? 他のお客様も待っているんでお急ぎいただけませんか?」
「何してるんですか、早く頼んで下さい。私はオレンジジュースにしましたけど」
「あっ、悪い......。んじゃカプチーノ砂糖多めで」
「かしこまりました。少々お待ちください」
フリフリな服を着た店員は、冷たい目で俺の事を見てきた。ていうか客は俺ら含めて二組しかいなかったから、俺らの声がよく店内に溢れている。
「カプチーノ砂糖多めって、意外と子供っぽい所あるんですね」
確かに砂糖多めじゃなきゃコーヒーなんて飲めないし、子供っぽい所あるのかもしれないな、俺って。でもな、オレンジジュースを頼んだお前だけには言われたくないわ。
「今更ですが、お名前は?」
「確かに言ってなかったな。俺は柳水咲斗。卯月高校一年生。咲斗って呼んでくれ。じゃあ今度はそっち......と思ったけど、君は名前忘れたんだっけ?」
「はい......そろそろ仮の名前がないと生きていくのに大変そうです......」
少女は大きなため息をついた。名前がないのか......キラキラネームで苦しんでる子供ってのはよく聞くけど、名前がないので苦しんでる子は初めて聞いたな......。
「そうだ咲斗くん! 是非私に名前を付けて貰えませんか?」
「ええっ!? 俺が決めるの!?」
「お願いします! 約束したでしょ、協力するって!」
「......確かに約束はしたけどさ......よっしゃ! いい名を付けてやるよ!」
──とはいえ、もしかしたら一生俺の付けた名前で過ごしていく事になるかもしれないし......いやいや、記憶はきっと戻してみせる! しかし、なかなか思い浮かばない......。
ふと視線を下にそらした俺は、少女の白衣の胸ポケットに付いていた三日月のワッペンが目に入った。なんで三日月?記憶があった頃は三日月に関することでもやってたのか?三日月……みかづき......みかつき......みつき!
「そうだ! 三月ってのはどうかな!? そのワッペンの三日月からとって三月!」
「......わあああ! とってもいい!ありがとうございます! 三月......三月! ネーミングセンスバッチリですね、咲斗くんは!」
「気に入ってくれた?嬉しいな!」
まぁ俺はゲームキャラの名前付けが昔から得意だったからねぇ。ギャルゲーとかのね。まさかこんなところで役に立つとは思わなかったわ! ハハハハハ!
「お客様、カプチーノとオレンジジュースです......ごゆっくりどうぞ......ちっ」
「咲斗くん、満面の笑みだったから店員が引いてましたよ」
俺は三月の一言で、一瞬にして、我に返った。
「えっ? しまった。またやっちゃったよ......」
「しょっちゅうやるんですねそれ......まあいいです」
三月は冷淡な目で俺を見ながら、オレンジジュースを飲んでいた。
なんか俺のせいで冷たい空気になってしまった。ここは責任取って俺が場の空気を変えなきゃ! えーっと、何を話したら......。そうだ! 質問したいことはこれじゃないか!
「ねぇ、いつ頃から記憶がないの? ずっと前から?」
「いえ、意識が戻ったのは3日程前ですね。気が着くと私は見知らぬ公園で倒れていました。すると近くのアパートの大家さんが来て、私に声をかけてくれたんです」
「公園の近くのアパート......ああ、花宮さんの事かな?」
花宮さんは、フラワーパレスというアパートの大家さん。普段なにしているのかよくわからないけど、見た目は結構怖い。それでも、まさか三月を助けるなんてねぇ......。人は見た眼によらずってことだね。
「そうです! 花宮さんは条件付きで家賃タダ+朝食と夕食を付けてくれる、私の命の恩人です!」
「朝夕付きってホテルかよ......ってか、その条件って何なんだ?」
「毎朝のゴミ出し、週一の買い物、それだけです」
「結構楽じゃねえか! 」
「ちっちっちっ。これが大変なんですよ意外と。特に買い物なんて記憶にある食材もあれば全く知らない食材まで......だからこの前行った時は、店員さんにメモを渡して、全部取ってきて貰いましたよ。何この子って目線で見られましたけどね......」
「ほ、ほう。それは確かに大変だったね......」
三月も三月で苦労してんだな。俺が三月の立場だったら、店員にも話しかけられずに、そのままあたふたするんだろうなきっと......。
そもそも記憶喪失ってどんな感じなんだろう。どんな思いで生きているんだろう。わかりたいけど、わかれない。俺は今、そんな複雑な気持ちだ。
「あれ、柳水くんじゃん? こんな所で何してるの?」
「な、なななな七咲さん!? どどどどどうしてここに!?」
いや、いくら何でも動揺しすぎだろと思ったかもしれないけど、コミュ障の俺だから仕方がないんだ。話しかけてきたのは、俺と同じクラスの、七咲愛佳。髪はオレンジ色のポニーテールでスタイルがいいと評判が良い。
クラスでは陰キャでも陽キャでもない、中間にいる人だ。でも、よっぽどな事がない限り、俺みたいな性格の人には話しかけてこない。そもそも、男子に話しかけてくる女子なんてあまりいないもんな。いやでも今はこうやって話しかけているじゃん? なんか矛盾してるわ。
「うちはなななな七咲じゃないよ! 毎週月曜から金曜は毎日会ってるじゃん! んで、理由? ちょっと喉がかわいて、ここに来て何か飲もうと思ったら、柳水くんがいてね。ちょっと声をかけて見たんだけど......てかその子は? 柳水くんの妹?」
「え? あっ、この子? えっと、なんていうか......その......」
実際に会話に成功したのはギャルゲーくらいだ。三月はまた別だが。
「妹? そんな、違いますよ。私は三月、咲斗くんと共に協力して、記憶という捜し物を探している者です」
なんでこいつは初対面の人と軽々話せるんだよ! おかしいだろ! 俺だってまともに話せるようになったのは12月頃だぞ!? え? それはまともじゃないって? うるせぇよ。
「ほぉー。三月ちゃんって言うんだ! で、名字は? 私ほとんどの人苗字で呼んでるんだけど、 教えて貰ってもいいかな?」
なんで苗字? 七咲さんのこだわりはなんなんだろう、何か深い理由でもあるのか?
「すみません、思い出せないんで......」
「え? どゆこと?」
「七咲さん、実は三月は......」
3分後......。
「なるほど、つまり三月ちゃんは記憶喪失してしまったと言う訳ね。理解理解」
「理解していただいてよかったです」
理解出来たのか......俺でも理解するのに、結構かかったぞ......。
「お客様、申し訳ございませんがそろそろ閉店時間ですので、店から出ていって頂けませんか?」
店長が厨房から出てきた見たいだ。てか言い方酷くね?それほど俺ら迷惑客なの? いや多分俺だけに向かって言ってるんだと思う......。
「あっすいませーん。てかもう8時!? 今日見たいテレビあったんだった! じゃあ私はこれで。じゃあね! 柳水くん、三月ちゃん!」
そう言って七咲さんは去って行った。はぁ......緊張した......。窓を見ると、なんか七崎さんがを笑いながら帰路をたどっていく姿が見えた。なんだか嬉しそう。