第二話 卯月町の高校生 咲斗
冷たい冬が終わり、卯月町も少しずつ暖かくなり始めた今日この頃。ふと目に入った教室にあるカレンダーで今日の日付を確認してみると、もう3月の後半に入っているという事実に気がついた。
この1年間思い返してみれば、全くと言っていいほど成長してないなーって感じる。未だに人との接し方がよく分からないし、でもそれを直そうと思わず、自分の個性だから仕方ないと開き直っている自分もいる。こりゃもう救いようのない人ですねはいいいです気にしないで。
「咲斗...... おい咲斗! 聞いとるんか!」
「えっ? あっ竜騎か、ごめん聞いてなかった」
「何ぼーっとしとるんや、シャキッとせなシャキッと!」
「んなこと言われても......」
こいつの名前は梅雨宮 竜騎。関西弁で話す、唯一俺がまともに話せる奴。とあるきっかけがあって、俺と仲がいい。確か中学二年の頃にこっちへ引っ越して来たんだっけ? まぁいいや、そんなこと......。
「ほらまた! 一体何考えてるんや?」
「いや、もう3月も後半に差し掛かってきてるじゃん? なのに俺、まともに話せるのお前くらいしかいないからさぁ......」
「......じゃあ、なんで他の人とまともに話そうと思わんの?」
「え?それは......」
「お前なぁ...... 少しは俺以外の人と普通に話そうとする努力しないんか? 少しでもいいからよ、実践してみたらどうや? そうじゃなきゃ一生その性格直らなくて、社会に貢献出来ないぞ?」
「ま、まぁそうかもだけど......」
「おい竜騎、部活始まっちまうぞ! 早く行こうぜ!」
俺と竜騎が話していると、竜騎の部活友達が教室迎えに来たようだ。当然だが、俺は一切ない。
「おー悪ぃ! ちょっと待ってな! ......それじゃ俺部活行ってくるから、ほな!」
「うん、頑張って」
努力、かぁ......俺にとっては難しい言葉だ。俺は人生で最低限必要だと思う物しか努力しない人間だ。友達だって、そんなに作らなくたって生きていけると思ってるし、今の時代チャットっていう便利な物があるから、直接口で話す必要なんてほぼないのだ。てか、大体なんだよ、社会に貢献って、あいつだってまだ社会に貢献した事ない癖に、あんな偉そうな態度とってさぁ、なんなの?
そんな愚痴を頭の中で繰り広げながら、俺はさっさと教室を出ていった。
*
そう言えば友達の紹介はしておいて、自己紹介をしてなかったな......。まあ話すタイミングなかったから仕方ないよね!
おっと、気を取り直して......俺の名前は柳水咲斗。卯月高校に在学中の一年生、もうすぐ二年生。殆どの人は咲斗って呼んで......るっけ? 教室の隅にいる存在で、たまに名前を忘れられてしまう。もう一学年も終わるよ? 友達と認識してないかと思うけど、いい加減名前くらいは覚えて欲しいなぁ?
趣味は、リズムゲーム。俗に言う音ゲーってやつだね。特に好きなのが、約2ヶ月くらいに稼働開始した『リズムトレジャー』っていうゲームで、とっても面白んだ!
あとある程度はアニメを見る。リズムトレジャーでコラボしたアニメとかだけど、やっぱりそういうのって当たりが多いよね。まあ、ある程度面白くないとコラボなんかしてくれないか。
勉強はねぇ......ある程度はできるよ、人並みにはね。あ、こんな事知っても何にも役に立たないよね。だからどうしたっていう部類に入る疑問。
こんな感じかな? じゃあ、俺はこれから『ショット』に向かうか。え? 一体何の店かって? まあおいでよ。着いてきたら分かるって。
「よう咲斗、らっしゃい! 今日こそうち自慢の『Dark shooter』やってくか!?」
「今日もリズムトレジャーだよ、店長」
そう、ここは卯月商店街内にあるゲームセンター、「ショット」だ。この店長、木乃 泰造さんが20年前にオープンさせた店だ。昔はガンシューティングゲームが盛んな店だったから、ショットって名前をつけたらしいんだけど、今は音ゲーの方が盛んで、ガンシューティングゲームは5,6台くらいしか残ってない。だからこの店名は今は似合わないと思う。
んで、さっき言っていた『Dark shooter』ってのも、その生き残りのうちの一つってわけ。リズムトレジャーがこの店に来る前は、すっごくやり込んでいたんだ。
「む......お前かやりこなせる奴はいないし、そろそろ寿命が来そうだから、遊んでやってくれてもいいと思うんだが......」
「まあ仕方ないじゃない? それも時代の流れだと思うし」
「あ、友梨」
裏方から出てきた女性は店長の娘、木乃 友梨。この店を手伝っている、同じ卯月高校二年生。昔からの幼なじみで、よく遊んでもらっていた。
「たまには勉強したらどうなの? テスト赤点とるよ?」
「大丈夫大丈夫、一回やったら覚えるタイプだからさ、平気だよ」
「もう、その能力、私も欲しいよ全く......」
「へへ...... じゃあ俺は最新曲が入ったリズムトレジャーをやってくるからさ。あー早くやりたい!」
「はいはい、今日も楽しんでね......」
俺は真っ先に『リズムトレジャー』に行った。
「全くアイツは......昔はあんな楽しそうにうち自慢のDark shooterをやってたのになぁ......あれ入荷しなきゃよかったか?」
「まあ、いいじゃない。咲斗みたいに少しでもこの店で遊んでくれる人が居ないと、本当に潰れちゃうよ?」
「それもそうだな......」
*
「よっしゃ!フルコンボ!いやぁ、この曲レベル13とかやばすぎ......ふぅ、今日は何回やったかなぁ? まだマップ完走していないけど、そろそろ手が疲れてきたから、今日はこのくらいにしとくか。また明日来たら、続きができるしね」
「さぁ! 次はDark」
「やりません」
「........けっ。そんな食い気味にいわなくてもよぉ.......明日こそやっていけよ!」
「ハイハイ......明日ですね.......」
「フフフ、まぁまた明日ね」
そんなやり取りを終えて、俺はショットを出ていった。冬が終わったとは言え、当たりは足元が見えないくらいもう真っ暗だった。今日もこんな時間まで遊んでいたから、きっと親が心配してるだろう。あっマザコンってわけじゃないからね!?
「さて、家に帰ったら俺の憧れのファントムRの動画見まくってリズムトレジャー上達出来るようにしなきゃ!」
「!? ふ、ファントムR!?」
突如後ろから少女の声が聞こえた。そして俺をめがけて全力疾走で走ってきた。
「うわぁ!? な、なに!?」
「はぁ......はぁ......あ、あなた、今ファントムRって言いましたよね!? 知ってるんですか!? どんな人物か! どんな性格か! ていうかそもそも生きてるのか! それからそれから......」
謎の少女は息を切らし、俺の服を掴みながら必死に質問してきた。急な出来事だから、おれの頭は一瞬思考停止した。
ていうか、何この空から女の子が落ちてきた感。でも飛行石はつけてないし、空からは降ってきてないんだな、うん。それだけは理解できた。いやでもまだ理解できん。ああ、頭がこんがらがってきた!
「ど、どうしたんですか、わ、私何かいけない事でもしました......か?」
「い、いや全然大丈夫! 気にしないで! 見知らぬ人に急に服掴まれるってのはちょっとどうかと思うけど、待って待って、一回落ち着いて! 君は一体何者なの!?」
「......それが、わかりません」
「は?」
「ですから、わかんないです。記憶がないのです。名前もどこで生まれたかも......」
な、何この子。まさか、記憶喪失しちゃったの!? マジでいるんだこういう子......。
「え......で、でも! 何かしらは覚えているはず! じ、じゃあ、十二支は?」
「ね、うし、とら、う、たつ、み、うま、ひつじ、さる、とり、いぬ、い......これくらいは流石に言えますよ。馬鹿にしてませんか?」
「そ、そんなことないよ! 十二支言えるだけなら、まだ他の事も覚えているはずだよ! ほら、ファントムRは覚えているんでしょ?」
「それはですね......これを見てください」
そう言うと少女はポケットに入れてた一枚のメモを俺には見せてきた。紙には、
(ファントムR、す......のく......く...... )
と、一部汚れていて、完全には読めない字が書いてあった。
「ここにファントムRって書いてあったものなので、もしかしたらファントムRさんって人が、私の記憶について知ってると思って。そうしたら、ファントムRの動画が何とか~ってあなたが独り言を言ってたので......」
「──なるほど、俺の憧れの人と君の探してる人が一緒なんて奇遇だね」
ってかなんで俺話したこともないのに少女と普通に話せてんだ?いつもなら俺ここら辺でコミュ症発動して黙っちゃうのに、不思議だな......。