第九話 春平町行きの電車
そしてやってきた土曜日。とても暖かく、外を出る分には充分な天気だと感じながら、俺は卯月駅前の赤信号が青に変わるのを待っていた。呆然と立っていると、駅前に三月と七崎さんの姿が見えた。
......にしても何故、七咲さんは友達と一緒に行動しないんだろう? いや、嫌味じゃなくて、 昨日だって友達らしき人がいなかったし、一人でゲームやってたし。てか普段もあまり友達と一緒にいないよな......。こんな陽キャみたいな喋り方なのに、そんなんじゃキャラとして成り立たないよ! 俺の偏見かもしれないけどさぁ!
「やほーお待たせ! わー! 三月ちゃんのコーデちょー可愛い!似合ってるよ!」
「そ、そうですか? 実は咲斗くんにセレクトしてもらったんです。七咲さんもとてもおしゃれに決まってますよ」
「えっ本当!? ありがとー! あっ柳水くーん! もう何時間待ったと思ってんのー?」
「いやさっき来たばかりですよね? 信号待っていた時見えたんですが......」
冗談をかます七咲さんは、カーディガンとかオシャレな服を着てくると思いきや、至って普通のTシャツに短パンというスタイルで来た。あれぇ?なんか思ってたのと違う。やっぱ俺のイメージってちょっとズレてんのかな?
「いやぁ流石にバレたかぁ! アハハ!」
なんだこのしょうもない嘘は......やっぱり七咲さんはよくわからない......。
「さあ、お話はまた後で。もう事前に切符という物を買っておきました。早く改札通って駅のホームに行きましょう! まもなく電車が来ますよ!」
時計を見ると九時三分を回っていた。こうやって話し続けて遅れたら元も子もないので、俺らはさっさとホームへ向かった。
「なんか三月ちゃん、すっごいはりきってるね。こんな感じの子だとは思わなかったよ」
「ま、まあ余り三月と接してない人からしたら、意外かもしれないですよね......」
「ほら二人とも何してるんですか! 早くしないと電車来ちゃいます!」
アハハ......そんなに焦らなくたって普通に間に合うし、まだ駅のアナウンスかかってないし、ホントに三月はせっかちだなぁ......。
*
駅のホームに着いたら、案の上電車はまだ来てなかった。卯月駅にはNew〇aysみたいなコンビニはないのはもちろん、自販機すらない。だから飲料は事前に買うか、他の駅に着いてから買う、というのが卯月町の常識となっている。ただ、まだそういう常識を知らない人がいる。
「あぁ......喉が渇きました......なんでこの駅自販機ないんですか......」
そう、三月だ。昨日言おうとしたんだけど、なんか急にその事を忘れちゃったんだよね。そういうことよくあるでしょ? そういうことだよ、しょうがないでしょ? ね?
「三月ちゃん、ここ来たばっかだっけ? 若い時の苦労は買ってでもしろってことよ。あ、よかったら、私の水飲む?」
「そ、そんなの申し訳ないですよ! これは私の不注意なのでお気になさらずに......」
「いい、三月ちゃん? ここで脱水症状起こしたら私達だって困っちゃうでしょ? 私達も三月ちゃんも嫌な思いしないで済むからさ、ね?」
七崎さんはお母さんのような口調で、三月に話した。テンション上がりすぎてあんなこととか言わないと思ってたけど、意外とこういう面もあるんだな。
「じ、じゃあ、お言葉に甘えて頂きます......」
水滴が沢山付いたペットボトルを七崎さんが三月に渡すと、とても美味しそうな表情で三月は飲んだ。CM依頼が来そうなくらいだ。言い過ぎ?
「ぷはぁ! 七崎さんがくれた水だから、倍以上美味しいです」
「い、言い過ぎだよー。でも、なんか三月ちゃんが飲んだから私も飲みたくなちゃった! 私も飲む!」
そういうと三月はペットボトルを七崎さんに返し、それを七崎さんがこれまた美味しそうに飲んだ。ああ、尊い......。三月と七崎さんの間接キ......おっと、血圧上がってきた......。
「ぷっはぁ! 三月ちゃんが飲んだ物だから美味しいよ! ......なんて、冗談冗談! って二人ともどうしてそんな顔赤いの?」
「い、いや冗談でもそれは反則です......」
「は、鼻血出るかも......いや、大丈夫です」
の、飲んだから美味しいは無いでしょ......百合好きの皆さん、息してますか? あ、昇天しそうですか、水飲んで生き返って。
*
一騒動が起きてすぐ、電車が来てくれた。この空気は恥ずかしいので、電車内で雰囲気チェンジと行こうじゃないか。
「涼しいですね。ってか意外と電車内に他のお客さんがいませんね......」
「まあ、卯月駅で乗り降りする人は少ないし、大体隣町で降りてくるからね」
休日なのにこの少なさだから、運営大丈夫か? って心配になるくらいだ。まあ他の駅で取り返しているんだろう。
「大体、この町は過疎化になってきてるからねー。若い子はあまりいないし。学校に来ている子は大体よその市街から来てるんだよね」
「そ、そうなんですよね......」
「ねーえ! 咲斗くん! いい加減敬語使うのやめてよ! 同い年なんだからさ、気を使わなくていいのっ! あと七咲さんも禁止! 愛佳って呼んで!」
「そ、そう?じゃあ、愛佳......」
......なんか気恥ずかしい思いになった。七咲さんに敬語で話さないなんて罪悪感を感じるけど、相手がそう望むのであれば、それに従うべきだよね。なんかのラノベで読んだ気がする。
「そういえば三月ちゃん、今日もそのリストバンド付けてるね。ちょっと気になるから、見せてもらってもいい?」
「え......いいですよ」
三月はなんかあまり浮かない顔をして、七咲にそのリストバンドを渡した。
「へぇー。なんか凝ってる作りだね、三月ちゃん......あれ、三月ちゃん?」
「えっ......そ、そうです......ね......ま、満足したのなら......返してくだ......さい...」
三月は何故か顔が熟した林檎のように真っ赤っかになった。そして、口調も人格が変わったかのように変だった。一体どういうことなのだろうか?
「えっごめんごめん! はいっ、返すよ!」
愛佳は急いでリストバンドを返した。三月も急いでそれを付けた。
「......ごめんなさい......実は、意識が戻ってから気づいたのですが、これがないと上手く話せないんです......でも折角友達が出来たんですし、なかなか断れなかったんです......」
「ううん、私こそごめんね。そんな事情があるなんて思ってなくて......そうだ! 仲直りにこれあげる!」
そう言って愛佳がカバンの中から出したのは、ごく普通に売られているピン留めだった。やっぱり女子は普段からこういうグッズを常時しているのだろうか。
「ヘアピン......ですか。私なんかに似合うでしょうか?」
「絶対似合うに決まってるよ! ほら、顔かして?」
愛佳はそう言うと、真綿のようにふわふわした髪とした三月の髪に、隠れていたおでこが見えるようにヘアピンを付けた。
「わあああ! ちょー可愛いじゃん! ね、咲斗くん!」
「う、うん。ヘアピン付けた三月も悪くないね......」
「二人ともありがとうございます。で、でもちょっと照れますね......」
そんなことを言ってたけど、顔は笑顔だった。まだなったことの無い自分になれて嬉しいだろう。
......それで、さっきスルーしてたけど、三月はあのリストバンドを肌から離すと急に上手く話せないと言っていた。つまり、あれがないとコミュ障になってしまう、ということだ。
......そういえば三月と初めてあった時から白衣を着ていたけど、ただのコスプレ的なものとしか捉えてなかったな。白衣=発明家みたいなのがあるし、もしかしてこれは三月が......いや、まだこの考えは定かではない。現地に着いてからだってゆっくり考える時間は設けられる。一つの仮説として抑えていこう......。
「あの、さっきから貰ってばかりで申し訳ないですので、私からも何か......」
「ん? なになに?」
三月が鞄からがさごそ探して取り出したのは、あのすりおろし大根だった。てかまだ持っていたのか......。
「こんな物しか渡すことができませんが、よかったら受け取ってください」
「す、すりおろし大根かぁ......美味しそうだね!後で頂くね☆」
☆までつけた完璧な対応を見せてくれた愛佳だが、俺には一瞬だけ引いていた顔が見えた。すりおろし大根を持ってる大人しめの女子なんてギャップが強すぎるから、まあそうなるわな。
「にしても、これから相当時間かかりますよね......一応春平町の事について事前にパソコンで調べて来たので、その資料を読みましょうか」
「え、三月パソコン買ったの?」
「なわけないでしょ! 大家さんのパソコン借りて調べて来たんです! それくらい察してください!」
三月に怒られてしまった。こういう空気読めない自分を殴りたい。
「まあいいです、早く進めますよ。えっと、春平町には、おいしいお好み焼き屋さんがあって、中でも[マルエン]という店はトップクラスらしいです。あと、ここの「一腹どー屋」という店はは美味しいわらび餅もあ」
「み、三月ちゃん、お好み焼きとかも美味しそうなんだけど、なんか他の物とかない?ほら、町の特徴とかさ!」
「も、もちろんありますよ!えっと、その資料は......」
愛佳が食べ物の話題にストップをかけてくれたおかげで、話が脱線せずに済んだ。やっぱり女子は誰でも美味しい食べ物を一目散に調べてしまう傾向があるのだろうか。
「ありました! 春平町の案内です。春平町は名前の通り、春になると山が平べったくなるように感じるらしいです。だから夏、秋、冬に行くと危険な道ができて、中々地上へ戻ることができないようです」
「ほお。ってことはさ、俺らはとてもいいタイミングで来たって事だよね? よかった!」
「ですね。でも、春だけが安全ってわけじゃないんです。春は春で危険ですので、足元には充分気を付けてください......だそうです」
「そうか......」
山が平らになるなんて信じられないけど、なんかの比喩表現とかなのかな? ふと横を見て見ると、スマホをいじっている愛佳の画面に、山の画像が映し出された。
「お、調べてるの? 見せて見せて......本当に春の時期は平べったいね......」
「......私も春と夏のワンシーズン違うだけでこの変化は信じられない......コラ画像じゃないよね?」
「公式HPからの引用だから、その可能性はないと思う......」
俺も名前だけ知っていたものだから、まさかこんな奇妙な町だとは想像もつかなかった。はたして、俺らは無事に生きて帰れるのだろうか?




