08. 決別
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「テメー悟倫! 銃持ってたんだろうが!!」
「うっ!!」
「やめて、矢口!」
突然、悟倫の頬に鈍い痛みが走った。
はっと我に返った時、森守班の面々はスーパーマーケットから少し離れたドラッグストアの駐車場にいた。あれから、一体どれだけの時間が経ったのだろうか。頭がぼんやりとしていて、時間の感覚がよく分からない。
目の前には涙目で顔を真っ赤にした矢口がいて、自分を庇うように萌花が矢口の拳を掴んでいた。軽トラの荷台にはスーが苦しそうに横になっていて、その横で江音が必死に何かを呼び掛けている。
「そう、か……僕は……」
自分はスーを助けられず、見殺しにしたのだ。ふと隣を見ると、森守が腕を組んだままじっとたたずんでいた。
「森守さん。群れの中に走るタイプの〈喰人〉がいました」
「そうか」
「それで、その、僕……僕、は……」
それ以上、言葉を続けることができなかった。
悟倫の内情を分かっているのか、森守は頭に手を置いて静かに頷く。
「泣くな。お前のせいじゃない」
「で、でも……森守さん、僕……」
「もう、何も言うな……」
森守は眼鏡に手を当てて、それから涙を堪えるように上を向いた。
「ゴホッ! ゴホッ!」
「スーさん!!」
スーはやや吐血しながらも何とか頭を上げた。全員の顔を見て小さく微笑む。
「み、みんなありがとう……俺、は……ゴホッ!」
「く、〈喰人〉の『毒』が……」
「スーさん、死ぬなっ!!」
「矢口……君の、ゴホッ! しゃ、射撃の腕はぴか一だ……。萌花さんは、刀……江音さんは……ゴホッゴホッ! な、何が起きても冷静に対処……できる。……そして、悟倫くん、君は……ゴホッ! ゴホッゴホッ!」
スーは身体をくの字に曲げて、口を押えて大きく咳込んだ。噛まれた部分に包帯を巻いているが、それも今や血が滲んで赤く染まっている。
「き、君は……勇敢だ。みんなのために、自分から進んで倉庫に……ゴホッ!」
「ぼ、僕は……」
自分が冒したのは、ただの蛮勇だ。あれは、あの行為は、ただ――
「自分を……ゴホッ! 自分、を……責めるな……。ひ、人は……死ぬ……ゴホッゴホッ! ゴホッ! ガフッ!」
「スーさん!!」
「お、おい! スー!!」
「も、もう……目が……」
スーの涙に血が混じって赤くなり、その瞳が次第に白濁を始めた。
〈喰人〉に噛まれた者は、死んで新たな〈喰人〉になる……『転化』と呼ばれる、死神の絶対的な宣告。これは、その第一段階だ。
「も、森守……」
「…………」
宙に這わせた手を、森守はしっかりと両手で握り締めた。
その感覚を通して、スーは微笑む。
「みんな、を……」
「ああ。もちろんだ」
「…………」
そして、微笑んだまま死んだ。その命が尽きた瞬間、ギシっと荷台が軋んで大きな身体から一気に力が抜けるのが分かった。
悟倫は何もできなかった。何も、できなかったのだ。
頭の中で、『死は常に近くにある』という森守の言葉が鈍く反響した。
「悟倫……銃を貸せ」
「は、はい……」
悟倫はホルスターから拳銃を抜いてリーダーに手渡した。
森守はスライドを引いて、銃口を屍者の額に向ける。それから祈るように目を閉じて、ゆっくりと引き金に触れた。
「……さよなら、スーさん」