03. 終末の夕餉
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日が沈んで、辺りが完全な闇に包まれる。それでも気温は相変わらずで、夜になってもまだ蒸し暑い。
悟倫は学食でカップ麺を受け取ると、薄暗い建物を出て中庭に向かった。村に外灯はなく、唯一の出入り口である裏門と、住民たちが食堂に使っているL棟の周囲に数本の松明が焚かれている。生憎、松明の周りは他の住民たちに占領されていたので、悟倫は仕方なく少し離れたベンチに座った。
「……いただきます」
基本的に村の食事はいつも同じだ。ほとんどが狩りで手に入れたカップ麺や缶詰で、新鮮な肉や野菜はまず食べられない。たまには別の物が欲しいが、そんな贅沢は言ってられない。
「本当、この生活はいつまで続くんだろ……」
しばらく悲しい気持ちになって麺を啜っていると、食堂から江音がやってきた。
「悟倫くん、隣いい?」
「どうぞ」
江音は隣に座ると、蓋を開いてはふはふと息を吹きかける。猫舌なのか、麺を口に運ぶのに結構な時間がかかった。
会話もなく、ただ夕食を啜る音だけが聞こえる。
「…………」
先程のこともあってかなり気まずい。生まれて初めて女子から告白されたことになるのに、手放しで喜べないのはどうしてだろうか。
悟倫は半分ほど減ったインスタント・スープを飲み干して、それから意を決して口を開く。
「あの、江音さん。さっきの話なんですけど……。やっぱり、他に選択肢がないから付き合うってのは少し違う気がするんです。いえ、僕の方は全然構わないんですけど……」
「そうかしら? 私は全然不思議じゃないと思うけど」
「えっ、そうなんですか?」
「そうよ」
「…………」
きっぱりと断言する江音に、悟倫は何も言えなくなった。もしかしたら間違っているのは自分の方で、ほとんどのカップルは非選択的にくっついて離れるを繰り返しているだけなのかもしれない。
「で、でも……。ほら、いつ死ぬか分からないですし……」
「逆よ。いつ死ぬか分からない、こんな時代だからこそ、パートナーが必要なのよ」
「パートナー……」
その言葉は、何か恋人よりも遥かに強い意味合いを持つような気がしてならなかった。
「あー、もしかしたら付き合うって言葉が悪いのかもしれない……」
思わず考え込んでしまう悟倫に、江音は頭を掻いて言う。
「これは、そうね……え~っと、パートナー契約とか、そんな感じ? 彼氏彼女とか恋愛とか、そんなロマンチックなものじゃないわ」
「えっと、それはつまり……その、どういうことですか?」
「その、ちょっと村の男連中がうるさくてね。ほら、こんな世界だからハラスメントに関する法律もないわけだし、最近は村長派がどんどん勢力を伸ばしてるし……まー、要するにフリーの女は狙われやすいってことよ! 特に私みたいなイケてるJDは特にね!」
「JDって……」
「だから、悟倫くんには『彼氏』の代わりを頼みたいの。パートナーとして、私のことを庇って欲しいのよ。もちろん、悟倫くんが望むなら抜いてあげてもいいし……。どう?」
「いや、どうって訊かれても……」
悟倫は頭を掻いて目を逸らした。ナニを抜くのかは定かではない。
「ダメ?」
「いや、ダメってわけでは……」
悟倫はたっぷり考えて頷いた。
「まぁ、彼氏役だったら引き受けてもいいですよ。その……というか、それなら最初から言ってくれれば……」
「――それじゃ面白くないじゃない」
江音はいたずらっぽく笑うと、ラーメンの容器を置いて立ち上がった。
「察してよ。女から付き合うって訊かれたら、普通は理由なんて聞くものじゃないわ」
「確かに」
「……ねぇ、悟倫くん。人と人の出会いに必然ってあると思う?」
江音は歩きながら半月を見上げて訊いた。
一体、何の話をしているのだろう。悟倫はベンチから立ち上がって、その後に続く。
「さあ。どうでしょうか……」
「私はね、この世界に必然はないと思うの。恋愛も同じ。運命の出会いとか赤い糸とか、そういうのは結果論でしかないと思ってる」
江音は踵を返して悟倫の顔をまじまじと覗き込んだ。
気のせいか、月明りに照らされた頬が微かに赤くなっている。
「今更だけど、悟倫くんから見て私ってアリなの? その、彼女的に」
「……えっと、どうでしょうね。積極的なのはいいと思いますけど……その、僕よりも背が高いですし、今までお姉さんみたいな感じに思っていたので……。すみません、よく分からないです」
むしろ身長の差は埋まらないと困るのだが、歳の差はどうしようもない。高校生と大学生とでは色々と立場が違い過ぎる。
「別に謝らなくていいわよ。……そっか、お姉さんか」
「…………」
最期の呟きが嬉しげに聞こえたのは、きっと悟倫の気のせいなのだろう。
「あの、江音さんはどうして僕をパートナーに選んだんですか? その、仕方がないのは分かりますけど」
「そんな卑屈なこと言わないで。私はあなたが来てからずっと人となりを見てきたわ。それで任せてもいいかなって思ったの。それと……」
「それと?」
「えっと、これって言っていいの?」
「僕は気にしませんのでどうぞ」
「そう……」
江音は言い淀んで、もじもじと指を絡ませながら続ける。
「悟倫くんは……似ているのよ」
「誰に?」
江音は恥ずかしそうに視線を逸らして、今にも消え入りそうな声で、
「……その、お、弟に」
「え」
予想外の答えに悟倫は目を丸くした。
聞き間違いではない。一瞬だけ処理落ちした少年の脳は、数秒おいてからその意味を理解する。
「いや、江音さん、それって……」
「分かってる! 分かってるの! 分かってるから何も言わないで!!」
「…………」
俗に言うブラコンというやつだろうか。まさかそんな弱点を抱えていようとは夢にも思わなかった。
「ほ、ほら、人との出会いって偶然だし? 弟の代わりって言ったらそれまでだけど……せ、せっかく悟倫くんに出会ったんだから、パートナーとして一緒に行動した方がいいんじゃないかなーって!」
「……なるほど」
あたふたしながら言う江音を見ていると、何だか気が抜けてしまった。
同等の関係というよりは姉の庇護下に入れということなのだろうか。一人っ子の悟倫には、そこら辺のことはよく分からない。
ただ、別に悪い条件ではない。彼女やら恋人とやらとはまた違うが、この姉貴と組むことによって何らかのメリットが得られるなら、素直に頷いておいた方がいいだろう。
「あの、それでは、江音お姉ちゃんって呼んだ方がいいんですか?」
「えっ、いいの?」
「いや……」
冗談のつもりだったが、ぱあっと顔を輝かせる姉(仮)。
悟倫は何だかおかしくなって、笑って手を差し出した。
「まぁ、これからもよろしくお願いします。江音さん」
「よ、よろしくね! 悟倫くん!!」
……こうして、柏木悟倫に姉らしきものができたのだった。
ブラコンの。






