02. 第七十六番村
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「外組だ! ゲートを開けろ!」
「警戒っ! 周りを警戒しろ!」
千葉県流山市・第七十六番村。箱庭のような私立大学のキャンパスには講義用の机や椅子などでバリケードが築かれていた。
その一部が解かれて裏門が開かれると、一行を乗せた軽トラックは村の中に入って駐車場に止まった。
「ニ十分の遅刻だぞ、森守班!」
車のエンジンが切れると、刺又を持った学生の一人が駆け寄ってきた。
その横柄な口ぶりに、運転席に座る矢口翔太が舌打ちする。
「ちっ、うるせぇな。何もしない内組が偉そうに……」
「何?」
「あん、やんのかよ?」
「――待て。押さえろ、矢口」
森守は二人を制すると、荷台から飛び降りた。男に今日の『狩り』の収穫が入った鞄を突き付けて、その目をじっと見る。
「〈喰人〉の大軍と出くわして迂回したんだ。……分かってくれ」
「……ちっ!」
見張りの男は森守を見て、それからふんと鼻を鳴らして去っていった。
「謝ることないですよ、森守さ……痛っ!」
「面倒を起こすな」
森守は矢口の頭を叩いて踵を返した。
「荷物を下ろすぞ」
「了解っす!」
刀を差したアホ毛の女子大生――愛宕萌花が勢いよく飛び降りて、その後に戸川江音、新入りの柏木悟倫が続く。
「ちっ、冗談じゃないぜ! なぁ、スーさん!」
「……気持ちは分かる」
助手席を降りた矢口はぶつぶつ言いながらもメンバーを手伝う。
「スーさん。頼むがこれをL棟の方まで届けてくれ」
「分かった」
森守は助手席から出てきた巨漢――スーさんこと広瀬鈴廣に米袋を手渡した。
現在、村の住民は二百人を超える。物資が常に不足している上に、電気や水道の供給が止まっていて復旧の見込みは薄い。辛うじてソーラー・パネルや発電機などを用いた地下水膜ろ過システムは生きているものの、電力不足で外部灯に回す余裕はないので夜は真っ暗だ。
「見ろ、悟倫」
森守は腕を組んで夕焼けに染まる西の空を見たまま、隣で作業していた悟倫に言った。
「何ですか?」
「〈壁〉だ」
悟倫が振り返って視線を移すと、太陽のやや斜め上の位置にオーロラのような虹色を帯びた微かな輝きが見えた。
この世界を覆う、〈壁〉と呼ばれる謎の物質。
〈喰人〉の感染爆発と共に突如として発生し、未だそれが何なのか解明されていない。〈壁〉によってほぼ全ての電波が阻害され、電話・インターネットを含む、ありとあらゆる電気通信が壊滅状態に陥った。
ネットやテレビからの情報が入らず、〈喰人〉による群衆パニックが各地で発生し、現代社会は脆くも半日で崩壊した。
高度情報化社会に生きる人類を近代前の文明レベルまで強制的に引き戻した〈壁〉。
あるいはこの〈壁〉がなければ、自衛隊や各国の軍隊は〈喰人〉を鎮圧できたかもしれない。
「なんか、キレイですね」
「……ああ」
普段は透明で空の色に同化しているが、太陽光の関係で日暮れの西の空に確認できる。それが悪質なものであると知っていても、その虹の輝きはとても幻想的だ。
森守は頷いて、段々と暗くなっていく空を睨みつけながら言った。
「これから夜が来る。気を緩めるな」