17. 村からの脱出
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日が沈んで内組から配給された惨め極まりない夕食(小皿のコーンフレークに醤油をかけたもの)を食べてから、村人が寝静まった深夜に森守班の面々は動き出した。
着替えや個人的な持ち物を纏めて鞄に詰めて、見張りや他の村人に気づかれないよう密かに森守の部屋に集合する。
「……よし、みんな集まったな」
森守は緊張の面持ちの四人を見て頷くと、部屋の隅に放置されていたロッカーから一挺の拳銃を取り出した。
日本警察の要請に応じて設計された『S&W M360』のカスタマイズ・モデル。通称『SAKURA』の名で知られている三十八口径の回転式拳銃だ。
「そ、それはチーフ・スペシャル……っ!!」
「隠していたんだ。こんなこともあると思ってな」
興奮したように目を見開く矢口に、森守はふっと笑った。ケースから取り出した.38スペシャル弾を装填して、残りをポケットに突っ込む。
「……今から武器を取り返しに行くぞ」
「えっ、どこにあるか知ってるんですか?」
「裏門のバリケード横にあるプレハブ小屋だ。夕食の時に運び込むのを見た。……全員、周りに〈喰人〉がいると思って音を立てるな」
森守は腰のベルトに拳銃を差してシャツで隠した。
講義室横の非常階段から出て、足音を立てないように一階に降りる。建物の陰から村の中央にある広場に顔を出すと、数十メートル先にある正門バリケードの上に数人の見張りが立っているのが見えた。
「先輩、どうするんっすか?」
「こっちを見ている者はいないな。……月が隠れた瞬間に一気に突っ切るぞ」
松明が所々に置かれているが、そこ以外は全体的に薄暗い。広場を照らしている月明りがなければ闇に紛れることができる。
「今だ!」
森守は月が雲に隠れる瞬間を見計らって合図を出した。その後に続く四人も腰を低くして広場を横切って、向かい側にある建物の陰に入る。どうやら成功らしく、正門の見張りがこちらに気付いた様子はない。
五人はそのまま建物の陰に潜んだまま、壁伝いに裏門に向かった。
「……待て!」
プレハブ小屋の近くまで来た時、森守が短く言った。
全員がピタリと動きを止めて辺りの様子を伺う。
「えっ? ……どうしたの、リーダー」
「変だ。見張りの姿がない」
普段なら内組が交代で警備を固めているはずだが、今日に限って一人もいない。
これではバリケードが破られた時に、どうぞ侵入してくださいと言っているようなものだ。
「確かに……」
普通ならあり得ない状況。妙な違和感に悟倫は首を傾げた。
「おいおい、サボってんのか? 流石は内組サマだぜ。普段はあんだけデカい面しといて、夜はぐうぐうお休みかよ?」
「これってチャンスっすよ、先輩!」
「いや、これは……」
「――来ると思ってましたよ、森守班のみなさん」
その時、懐中電灯から放たれた光が一行を照らし出した。声の主に引き連れられ、建物の角から武装した内組の面々が出てくる。
俗に村長派と呼ばれる厄介な集団。その数は二、三十人ほどで、武器を威嚇するようにガチャつかせながら森守班を取り囲む。
「まさか予想が当たるなんて、あなたも単純な人だ」
群衆の中からスーツの男が出てきた。愉快そうに肩を揺らして、森守に向き直る。
「こんな夜遅くにどうしました? ……ちなみに、その中は空です。弾薬などは私の部屋に移しておきました」
「…………」
「どうしました? 聞いていますか、森守さん?」
「……降参だ」
大げさに手を広げて近づく村長に、森守は拳を開いて両手を挙げた。
「俺たちをどうする気だ?」
「さあ。どうしましょうかね。……あなた方は規律を乱した。当然、この村の秩序を乱す者には、相応の罰があって然るべきです」
「罰だと?」
「ええ。深夜に出歩くのは禁止されています。夜間徘徊、ならびに窃盗未遂って所ですかね? ……ああ、クーデター未遂の罪状も考えられますね。一体、武器を取り返して何をしようとしていたんです?」
村長は森守の周りをくるくると回って、顔を近づけてニヤリと笑った。
芝居がかった村長に調子を合わせず、森守は視線を真っ直ぐ向けたまま言う。
「俺たちはこの村を出る。武器を返してくれ」
「村を裏切るのですか? それはいけませんね……。村長として、それを認めるわけにはいきません。外組の中でも森守班の活躍は特に優れています。それを率いるあなたは……はっきり言って有能だ。私としても、そこは大いに認めているのですよ」
「…………」
「森守優率いる外組は村に食料と物資をもたらす。……あなた方の貢献は実に素晴らしい! どうぞ、これからも続けてくださいよ。この村にはまだ幼い子どもや動けないお年寄りがいます。どうぞ、その方たちのためにも!」
「……村長、俺は前にも言ったはずだ。この村は、もうもたない(・・・・・・)。それは、あんたが一番分かっているはずだ。それなのに、何故だ。どうしてそこまでしてこのコミュニティーを維持しようとする?」
「それが、人間の性だからですよ」
村長は低い声で言い切って、森守にそっと耳打ちをした。
「……私はね、根っからの『支配者』なんですよ」
「な、に……?」
「東大出の、俗にエリートとか呼ばれる人種。……本来なら、この国を支配する側に回るはずでした。……しかし、四月のあの日、全てが壊れた」
体を離した村長の顔は、腹の底から滲み出る怒りに歪んでいた。
「絶望しましたよ。霞ヶ関で起こっている混乱や未知への恐怖よりも、この私が今まで必死になって築き上げてきた階段が崩壊していくことに。それから私は、必死になって逃げました。秩序なき混沌とした村々で、我先にと醜い争いを繰り広げる衆愚どもともに。絶望の中を逃げて逃げて……そんな中で、この村に辿り着いたのです」
村長はふぅっと深呼吸をして、それから口調を落ち着けて続ける。
「この村を治めろという天啓だと思いました。……確かに最初は環境が整ってなくて相当酷い状況でしたが、それでも東京よりはずっとマシでした。私は村長としてこの村を支えて、今日まで生き延びさせて来たのです」
「だからと言って……」
「さっきの質問の答えでしたよね? 人間の性。……森守さん、人とヒトの違いを知っていますか? 漢字で書く『人』と、カタカナ二文字の『ヒト』です」
「違い?」
その唐突な質問に森守は黙った。
少し黙って考えて、口を開く。
「普段生きている俺たちと、生物学的な意味合いでの人間、ということか?」
「正解ですが、不十分です。我々は人と人の間に生きるからこそ人間でいられるのです。その間に広がっているのは……そう、社会だ! 〈喰人〉は人と書きますが、人間ではありません。話の通じない化物です。我々の社会にいないものは、全て人間ではないのです。……過去、世界の国々がそのように隔たれていたように」
「…………」
「先程も言ったでしょう。この村は小さいながらも立派な社会なんですよ。確認できる唯一の、我々が頑張って維持してきた社会です。それから外れるということは、すなわち人間を捨てるということと同義! 裏を返せば、この村の一員として存在しているからこそ、我々は人間として正常に生きていけるのです!」
きっぱりと言い切る村長に、森守は首を振った。
「現実を見ろ。正常な世界なんて、もうどこにも……」
「私も馬鹿ではありません。来るべき限界に備えての用意はしています。ここが崩壊すれば、また別の場所に新天地を求めてさすらいましょう! この村のみんなで! だから……また、私について来て下さいよ! 今まで通り、村人のためにも!」
そう言って村長はにこやかな笑顔で手を差し出した。
それを見て、森守は小さく頷いてからその手を握り返す。
「村長、あんたは確かに正しい。支配者って字は『支えて配る』と書く。村人のことを第一に考えて合理的に行動するあんたは……村を率いる長に相応しいよ。もし総理大臣にでもなったら、きっと良い国になったはずだ」
「あ、ありがとうございます。そこまであなたに褒めてもらえるなんて……」
「……だけどな。崩壊してからでは遅いんだ」
「えっ?」
次の瞬間、森守は村長の首元に拳銃を突き付けていた。
「――全員、動くな! 武器を捨てて両手を上げろ! 銃を持っている奴は弾倉を抜いて地面に置け!」
森守が簡潔に叫ぶ。突然のことに、周りの内組たちは動けなかった。
内組だけではなく、森守班の四人も、そして銃を突きつけられている当人も、ポカンと口を開いている。今まで村長が説得に当たっていたと思えば、次の瞬間には人質になっていたのだ。この反応は当然だろう。
「どうした、言ってることが分からないのか!?」
森守が再び命じる。その時になって始めて、内組の面々は何が起こったのかを理解したようだった。
「えっ、ああっ!」
「お、おい! 銃を下ろせ!」
五人を取り囲んでいた内組が持っていた武器を次々に捨てていく。命令通りに弾倉を抜いて、両手を上げて距離を取るように後ろに下がった。
「そ、その銃は、どこから……」
「前に殉職した警官から貰ったんだ。隠しといて正解だったよ」
森守は獰猛な笑みを浮かべて、それから村長の腕を後ろに捻って動きを封じた。背中に銃を突きつけたまま、他の村人に目を向ける。
「俺たちの武器を返してもらおうか! 今日取り上げた分、全部だ」
「し、しかし……」
「いいから早くしろ! 命令通りに動けば、村長は無事に返す。……だが、少しでも変な動きをすれば村長の背中に穴が開くぞ!!」
森守の迫力に押されて内組たちにざわざわと混乱が広がる。完全に形勢が逆転したと見ると、森守は他の四人に小声で指示を出した。
「萌花、お前は刀を取り返せ。矢口、お前は自分の狙撃銃と俺の八九式だ。この際、エア・ライフルは重いから捨てろ。悟倫と江音、お前たちは自分の武器、それと弾薬を集めろ。必要なのは九ミリ弾と五・五六ミリ弾……分からなければ、とにかく鞄一杯に詰めとけ! だが、弾倉だけは忘れるな!」
「「「――了解!」」」
全員が頷き、即座に行動を開始した。おろおろと戸惑う内組たちを押しのけて、地面に山になっている武器の中から自分たちの物を取り返す。そのついでに手ごろな銃を拾って構えて、逆に威嚇するように対峙した。
しばらくすると内組の数人が弾薬箱と矢口のライフル・ケース、萌花の日本刀を持ってきた。
「近づいたら……バラバラにしてやるっす!」
萌花は鞘を腰に吊るし直すと、ニヤリと笑って刀を抜いた。森守班の中でも特に危険視されている狂人に、内組は更に間を広げる。
「こんなに近くだとサプレッサーは邪魔だが……音が響くから仕方ないな」
矢口はケースから取り出したブローニング SA‐22をその場で組み立てると、銃床の横から弾薬を入れて内部の弾倉に押し込んだ。ライフルを革紐で肩に吊って、森守の八十九式小銃と幾つかの弾倉を纏めて回収する。
「はい。これって悟倫くんが使ってた銃でしょ?」
「あ、そうです。ありがとうございます」
「う、弾を全部奪うつもりですか?」
村長の悲痛な声に、森守は首を振った。森守としても内組の備蓄が常にギリギリなのはよく理解している。
「そうしてもいいが、俺はそこまで非情になれない。――悟倫、江音! 弾は俺たちのだけでいい! 村の分には手を出すな!」
「はいっ!!」
「分かったわ!」
二人は村で元々集めていた弾には手を出さず、今日の狩りで手に入れた分だけを鞄に移した。
「村に対する情け(・・)ですか?」
「さあな。別に俺は村を恨んでいるわけではないからな……。武器はやれないが、代わりに手に入れた食料をやるよ。それで許してくれ」
「…………」
出発の準備が整うと、森守は村長を盾にしたまま後ずさってバリケードに向かった。内組は遠巻きに見ているだけで、やはり何かをしようという気はないようだ。
「萌花、先に出て裏門の〈喰人〉を処理しろ」
「いえっさー!!」
「みんな、萌花に続いて外に出ろ。村を出たら駅まで懐中電灯だけが頼りだ。充分に目を慣らしておけ!」
道路の方から〈喰人〉の呻き声と、萌花が刀を振る音が聞こえてくる。
森守は矢口から自分の銃を受け取って、全員が道に出たのを確認してから村長を離した。
「俺たちはここを出る。あんたは……崩壊のその時まで、自分の王国を維持すればいい」
「……そうしますよ」
「こう言えた立場じゃないが……。まあ、ここでの日々は悪くなかった」
裏切り者たちを率いる長はそう言い残すと塀を乗り越えた。
村長が解放されたのを見て内組が急いで駆け寄るが、その時には既に〈喰人〉の死体が月明りに照らされているだけで、五人の姿はどこにも見えなかった。






