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四話 婚約の儀

「ふ、フラン様! フラン様! わ、わたし、一体どうなっちゃったのですか!?」


 煌々ときらめく薄水色の目が俺を見ている。マリスの《厄》は太陽より輝き、体はぼんやりとした光に覆われていた。内なる魔力がマリスから溢れているのか、その影響で周囲の風景がゆらゆらと動いている。


「いや俺にも解らん。どうなっているのやらさっぱり解らん!」


 どんな幸運がマリスに起きたのか解らないが、少なくともそれが最高だという事は解った。マリスの無事に安堵したのも束の間、またも辺りが暗くなった。


「あ…!?」


 高速で飛んでくる大きな壁は今度こそ俺を押し潰す…はずなのだが、鈍い音が聞こえて瓦礫と化した。よく見るとマリスを中心として球状の見えない壁があるように感じた。


「まさか…結界か!? こんな高度な魔法を…!? マリス! お前は魔法が使えたのか!?」


「つ、使えません!」


「いや使ってるじゃん! どう見ても魔法じゃん!」


「違います! 私は魔法が使えなかったんです! でも、ああ、今…頭の中に魔法の言葉が泉の如く次々と湧き出ています…!」


「はい?」


「魔法が、ああ! 魔法が解ります! 手に取るように! うう、おじいさま。私に魔法が、魔法が…!」


 マリスは大粒の涙をこぼして嗚咽している。何となく彼女の事情が見えてきた。


「だがマリス! 感動はあとにしておけ! 今はモンスター討伐に集中しろ!」


「ううっぐすっ。はいっ!」


 蜘蛛と獣を足したようなモンスターは、建物の壁を蜘蛛の糸で絡めてむしり取り、ぐるぐると回して十分な速度まで上げてから俺の方へ投げてよこした。


「う、うおおおお! こ、怖い!」

 

アホみたいな事を呟いた後に壁は鈍い音と共に瓦礫と化した。とんでもない強度の結界だ。〈グランドフッド〉でさえここまで強い結界を張れる者がいるかどうか。


「フラン様!」


「んっ!? どうした!? さすがに結界が持たねえか!?」


「どうしましょう?」


「いや戦えよ! 魔法が使えるようになったんだろ? 火でも水でも雷でも一発どかーんとモンスターをやってくれ!」


「解りました!」


 マリスは数歩モンスターに近づくと両手を広げて空を仰いだ。


「…おじいさま。見ていて…」


 すうと息をして祈るかのように手を重ねてゆっくりと膝まずいた。辺りの空気がぴりぴりしている気がする。


『天の双眸(そうぼう)は理の外道を(ゆる)さず、御手(みて)なる雷を以《もっ》て汝を砕けり』


 呪文を呟きだした途端に空が陰り、太陽を黒い雲が完全に隠した。ただ事ではないと察したのか、モンスターも壁を放るのを止めて警戒している。


『天は汝を否定する! 魂までも千切り尽くせ!』


 マリスの周りに紫の雷が走り、それに呼応するように稲光が蠢いた。


雷獣爪破(ライジングウェイブ)!』


 世界が真っ白になり、続いて耳が潰れるほどの爆音が広がった。ちかちかする目を擦ってモンスターを確認しようとするが何も見えない。そうこうしていると急に空が晴れてさっきまでの厚い雲が霧散し、嘘みたいな晴天が現れた。


「は…?」


 元に戻った視界で大木を確認すると、そこにいたはずのモンスターはどこにもいなかった。そのかわり黒い何かが大木にこびりつき、それがゆっくりと下に落ちて砕けてばらばらになっていった。


「い、今のって…魔法だよな? あ、あんな強力な魔法を使えるのか?」


「え、あの、私も魔法を使うのって初めてで…それと…」


「何だ?」


「今のは初級魔法です…」


「んなわけあるか!〈グランドフッド〉にだってあんな強力な魔法使う奴は限られているわ! 世界最強の冒険者パーティだぞ!? それと同じ魔法が初級って…!」


 何とか体を起こそうとしたが体のあちこちが痛すぎて動けない。


「フラン様、動かないでください」


 マリスが何かを呟くと、体が内側から暖かくなるのを感じた。傷の痛みがみるみる引き、曲がった右腕も加齢からくる腰痛もすっかり治った。て言うか…


「回復魔法も使えるのかよ!? 嘘だろ!? 天賦の才能を持った魔法使いでもまともに使えるのは一系統だけだぞ!?」


「そ、そうなんですか? でも、ええと、何だか使えるみたいです…」


 治してもらったばっかりだが頭が痛くなってきた。とりあえずモンスターの確認が先だ。ぐるりと神木の周りを見てみたが、消し炭の破片しか確認できなかった。しかし調べていく途中で神木に違和感を覚えた。どこにも焼けた痕跡が無いのだ。


「あれだけの雷がモンスターに直撃したなら木だって無事じゃすまねえはずなのに…。神木の力か? それとも…ま、まさか…大木を避けてモンスターにだけに雷を当てたって言うんじゃねえだろうな?」


 後ろを振り返るとマリスは照れ臭そうに笑っている。笑顔が怖い。どっちなんだ。


「まあそのなんだ。とりあえずこれでマリスの仕事は終わりだな。《厄》も綺麗さっぱり白くなって大団えん…?」


 そのマリスの〈厄〉が濁り始めていた。


「フラン様?」


「な!? 馬鹿な! 確かに悪運を全て吸ったはず!」


 俺の声も虚しくみるみる内に〈厄〉が色濃くなり、漆黒へと塗りつぶされた。そしてまたマリスの全身を這いまわるムカデが現れた。


「あれっ? フラン様…あ、あれ? 魔法が…解らなくなりました…」


 きらめく薄水色の瞳から輝きが無くなり、全身を覆っていた光も消えた。悪運を吸う前のただの小娘のマリスへと戻ってしまった。


「これは…そうか! 呪いだ…!」


 俺の呟きにマリスはびくりと体を震わせた。目線を切って何か考えていたが、観念したように口を開いた。


「…私はフラグライト家の長女として生まれましたが魔法が使えませんでした。魔法使いの家系で魔法の才能が欠落している私たちは呪子のろいごとして末席に置かれる事になったのです」


「直系の血筋なのに末席かよ?」


「これでもおじいさまが便宜を図ってくださったのですよ。魔法の家系には魔法が全てなのです。そして私たちはその全てが無かった」


「…私たち?」


「…妹も…呪われております…。妹は私よりも呪いが重く、もう…余命幾ばくもありません…」


 鼻をすすってマリスは下を向いた。


「分家である現当主から私が神木のモンスターを討伐する条件で、領内で腕利きの魔法使いから治療を受ける事を許されました。だから…私が倒さなければならなかったのです」


「え? いや、そりゃ…」


 あきらかに分家がマリスを消そうとしている。末席だろうと直系の血筋がいるのは面倒くさい。直系の血筋であるマリスがフラグライト家所縁の神木を守るために殉職し、その直系の思いを継いだ分家が新たな本家となる。直系の妹はそのうち勝手にくたばる。実に簡単なお話だ。


「あの…フラン様、私をもう一度、魔法を使えるようにしてくださいませんか?」


「何…?」


「あの時の事はよく覚えていないのですが、かすかな意識の中でフラン様の御力を確かに感じました。魂まで安らぐかのような温かい力でした!」


 一瞬驚いた。かつての想い人に全く同じ事を言われたのを思い出した。


「もし私に魔法が使えるようになれば、フラグライト家当主に相応しいと思われるかもしれません! そうなれば妹の治療に割く人員やお金を増やせるのです! どうかお願いします!」


「…」


「だ、駄目ですか?」


 ここでマリスの望み通り悪運を吸えば一時的にだが魔法が使えるマリスを爆誕させられる。しかしそれはあくまでその場しのぎ。呪いがある限り何度でもマリスは悪運に襲われて魔法が使えなくなるだろう。つまり悪運に戻るたびにどこかの誰かが悪運を吸い取らなきゃならない。

 俺がいなきゃマリスは魔法が使えないし、魔法が使えれば俺を守ってくれるだろう。俺にとってもマリスにとっても最高の共生関係だが…。 


「マリス、どうしても魔法を使いたいか?」


「は、はい! 妹を救えるのなら何でもします!」


 地面に転がる雑貨鞄を拾い上げ、隠しポケットの中から小さく丸めた紙を取り出して丁寧に広げていく。


「俺と契りを交わしてもらおう」


「え?」


 親指を噛んで血判を紙に押すと、じんわりと赤く輝く難解な文字が浮かび上がった。


「これは古代遺物の…まあ、契約書みたいなもんだ」


 マリスは不安そうな顔で紙を覗いている。


「本当にどうしても魔法を使い続けたいなら俺が側にいなきゃならねえ。それはマリスの自由を奪う行為に等しい。一人の時間もねえし、恋仲と二人っきりにもなれねえ」


「…」


「それでもこれに判を押せるか?」


 マリスは少し俯いて俺を見上げてすぐに首を縦に振った。


「…お前の覚悟はよく解った」


 それでいいんだなマリス。ならもう何も問題ない。俺が覚悟を決める番だ。


「俺はずっとお前を助ける。だからお前はずっと俺の隣にいてくれ」


 俺の言葉を聞いてマリスは固まり、表情が青く…いや、赤くなった。「え? え?」と体の色んなところを触ったりきょろきょろしている。いくつか深呼吸をして俺に向き直った。


「…ほ、本気なのですか…?」


「ああ。渡りに船だ」


 耳まで赤くしたマリスの瞳が潤んでいる。その目は熱を帯びているように見えた。しばしの沈黙の後に小さくだが、透き通るような声がはっきりと聞こえた。


「ふつつか者ではありますが、よろしくお願いいたします…」


 そう言って頭を下げ、マリスは親指を噛んで紙に血判を押した。何だか妙な言い方だったが契約書…もとい、ダンジョンで見つけた古代遺物である血液相性占いの紙は空中に浮いて赤く光り、二重丸の光を残して消えていった。俺とマリスは相性がいいらしい。


「痛っ…ん?」


 左手にちくりとした痛みを感じた。虫にでもさされたのか手で払うとすぐに痛みは消えた。それより一瞬だけ神木が光ったような気がしたが…?


「どうかなさいましたか?」

「いや…」


 気のせいだろう。今日は色んなことがあったからな。


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