転校
俊のおじいさまが東京の九段下という処にマンションを持っていたので、三人はそこに住んで皇学園に通うことになりました。
保護者としてみるくのお母さんも一緒に住んでくれることになったのです。
一緒に住むにあたり名前も大津に戻してしまいました。
もともと大津から籍だけは抜かない約束でみるくとお母さんと二人で暮らすことが許されていたので、立原というのは通称だったようです。
お母さんはそれでも看護師さんを続けたかったのですが、三人もの子どもの保護者というお仕事の方を選んでくれました。
なのでみるくはちょっぴり嬉しかったりします。
転校の手続きは済んでいましたし、マンションの部屋には制服をはじめとして必要なものは全部そろっています。
みるくは東京はビルばかりだと思っていたのですが、すぐ近くには靖国神社や皇居もありますし、神田も近くて本が好きなみるくには嬉しいところでした。
守はみるくが従妹だとわかってからはとっても過保護になってしまいましたし、俊もみるくの保護者を気取っています。
ですからみるくは転校することに不安はありませんでした。
みるく達が学校の門をくぐると、驚いたことに人型になった御使いさまたちがあちらこちらにいらっしゃいます。
妖艶な着物姿の御使いさまはきっと鳳凰さまでしょうし、真っ白な着流しを着てこちらに流し目をされたのは九尾の狐さまでしょう。
「俊、すごいなぁ。あんなに高位の御使いさまを使役する術者がいるのか?すごいところだなぁここは。」
守が思わずそうつぶやきました。
「これはこれは、八咫烏さまや三峯の大神さまを御使いにしている方が、なにをおっしゃいますやら。」
そういうといかにも気位がたかそうな少女が階段のうえからこちらを見ています。
「あえて僕を無視するというのですか。さすがは厳島の姫君さまでいらっしゃいますね。」
みるくの側に控えていたみことが面白くなさそうな顔をしました。
「これは京の法林寺の黒猫どの、ようこそ皇学園へ。こちらには格式高い方も多いもの。黒猫どのにはすこし分をわきまえられてはいかが?」
「控えるのはそなたですよ。」
鈴をならすような清涼な声がして、あらわれたのは皇統の直系たる姫宮さまでした。
みなが自然に最敬礼をとってしまうほど威厳あるさまに、みるくは確かにみことなど雑多な黒猫と言われても仕方ないかと思いました。
姫宮さまは、それきりこちらに目をやることもなく、先ほどの少女姿の御使いさまを伴って姿を消してしまいました。
「守、俊、なんか格が違いすぎる。私、場違いなところに来ちゃったのかも。」
みるくがすっかり気おされているのを見ると、守と俊はお互いの顔を見合わせてにっこりとしました。
「みるくだってちゃんと長老さまに認められて術者なんだから、大きな顔をしていればいいんだよ。何かいわれたら、僕らに言っておいで。僕らがお話合いをするからね。」
俊のいうお話合いには絶対に参加したくないなぁとみるくは身震いしました。
二人とも過保護すぎるようです。
みるく達は中等部の1年に編入になりました。
術者となる素養がある人は限られているので目覚めたら妖のちょっかいを受けることのないように、すぐに皇学園に保護されます。
それでも1学年に5人も見つかればいい方です。
ですから中等部1年はみるく達を除くと、男女1人づつしかいませんでした。
それぞれ御使いを連れています。
男の子は少し足が悪いようで、銀色のステッキを持っています。
「ようこそ、僕ら2人しかいなくて寂しかったんだ。君らを歓迎するよ。僕は諏訪拓。御使いは諏訪神社の白蛇でみずちと言うんだ。」
みずちさまは、白い髪と赤い目をしたちょっと人を寄せ付けない雰囲気の美人さんでした。
「うちは白井まこと。マコって呼んでくれたらええよ。ごく普通の家に生まれたんでこの学校はけっこう敷居が高いんよ。御使いさまは住吉大社の兎さんなんよ。ハクって名前やねん。」
まこちゃんは関西人みたいです。
ハクは兎耳がかわいくてメイドさんみたいなエプロンドレスを身につけてます。
ちょっと恥ずかしそうにまことちゃんの後ろからペコリと頭を下げたのも萌え要素たっぷりです。
ハクの可愛らしさに俊や守だけでなく御使いたちまで、ほのぼのとした空気に包まれました。
ホント、男って単純ですね。
俊・守・拓という男の子三人組とみるく・まこの女の子が2人。
そして御使いさまは、大和・九鬼・みこと・みずち・ハクの男性3人と女性が2人、これだけが皇学園の1年制の全員でした。
これならすぐに仲良くなれそうです。
それにまことちゃんも普通の家の子だというし、みるくとは気があいそうです。
拓くんも素直そうな子ですしこのクラスになってよかったなぁとみるくは思いました。
「マコちゃん、関西出身なの?だったらどこに住んでるの?」
「ワンルームマンションを借りて貰ってすんでるんやけど、めっちゃ寂しいんよ。うち大家族でそだったから家に帰っても一人で、だれとも話をせえへんのは、ほんまにまいるわ。」
「そっかぁ、拓くんは家からかよっているの?」
「僕も実家は信州なんだ。やっぱり皇学園に紹介されたマンション暮らしだよ。自炊したことないからコンビニご飯ばっかりで、それが悩みかな。」
それを聞いてみるくが目をキラキラさせて、俊と守をみました。
守は俊とアイコンタクトを取ると、仕方ないなぁと言いたげな様子で二人に提案します。
「マコ、拓。良ければぼくらと一緒にすまないか。おじいさまが用意してくれたのは、マンションのペントハウスなので部屋数だけは多いんだ。部屋にはバス。トイレもついているから気をつかわなくてもいいし、食事はみるくのお母さんが作ってくれるから。」
それを聞くとマコも拓も大喜びしました。
お母さんには事後承諾になりますけれど、みるくのお母さんはたった12歳でひとり暮らしをしている子どもたちを見捨てるような人ではありません。
引越し荷物はおじい様が業者を手配して下さったので、みんなで一緒に帰ることになりました。
転校初日にいきなり友達を連れて帰ったのをみたお母さんは驚きもせずに出迎えてくれます。
すでにおじいさまが朝のうちに手配を済ませていて、お昼にはマコや拓の部屋の準備も整っていたようです。
マコたちが一緒に住むということは、ハクとみずちも一緒に暮らすということです。
なんだか賑やかになりそうです。
「寒くなりましたからね。今夜は鍋にしましたよ。チゲ鍋と雪見鍋、人数が多いですからね。大鍋を2つ用意しましたよ。たっぷり食べて頂戴。」
確かに人数は多くなりました。
子どもが5人に御使いさまが5人、それにお母さんで全部で11人です。
御使いさまは霊力が力の源ですから無理に食事をする必要はありませんけれど、それでも人型がとれる御使いさまは人間の食事が大好きです。
何もいわなくても九鬼とハクがテキパキとお母さんのお手伝いをしています。
九鬼は長年執事に身をやつしていたので、フットワークが軽くなっています。
そしてハクはきっとそういう性格なのでしょう。
わざわざメイド服を纏っているくらいですからね。
それを見てみるくは新しく同居する2人を部屋まで案内することにしました。
「守。拓くんを部屋に案内してあげてね。私はマコを案内するから。」
「わかった、拓、男子は東側に部屋を貰っているんだ。こっちだ。」
そう言いながら、拓を連れていきます。
「マコ、女子は西側よ。朝日はささないけれど、そのぶんお休みの日は朝寝坊が出来るわよ。それに夕日がとっても綺麗なの。ホラこっち。」
「しかし凄い豪邸やんか。あんたたちってお金持ちなん?」
マコが感心していますが、みるくだってこんなに広い家に住むのは始めてなのです。
「う~ん、俊はお金持ちの家の子だよ。」そうみるくが返事をすれば
「あんたら従妹同士なんやろ。」とさっそくマコに突っ込まれてしまいました。
「まぁ詳しいお話は、食後の女子会でね。ここがマコの部屋だよ。私の部屋の隣で、寝室と居間、予備室それとトイレとお風呂場ね。ベットはキングサイズだから御使いさまと一緒に寝ても十分に広いわよ。予備室にベッドを入れて御使いさまの寝室にしてもいいけどね。」
「むっちゃ広いやん。うち自宅では妹と同じ部屋やってんよ。こんなすごい部屋にすめるんやったら、術者もええかも。」
マコは大興奮しています。
そりゃそうだよねぇ。
みるくだって自分の部屋を見た時は驚いてしまって声も出ないくらいだったんですもの。
なのに俊や守なんて当然って顔をしてたんだから、しみじみ貧富の差というものを考えさせられたみるくだったのです。
「おじいさまがすぐに手配してくれたから、マコの私物は予備室に届いているみたいだよ。明日はお休みだから、荷物をとくのを手伝うわね。でも生活に必要なのは全部揃ってると思うよ。」
「ほんまや、せやけど今朝やんか。こっちで暮らすことになったん。せやのになんで服のサイズまでぴったりなん?なんや気味がわるいんやけど。」
マコが感じたと同じ感想をみるくも抱きました。
本当に術者の家系というのはどれほど優秀な人が揃っているのでしょうか?
みるくはマコが自分と同じことばかり言うので、ますます親近感を深めていきます。
「説明はあとあと、私も私服に着替えたら食堂にいくから、マコも着替えたら先に行っててね。」
そういうとみるくは急いで着替えのために自室に引っ込みました。
その後ろ姿を見ながら、マコは絶対にみるくにいろいろ問いただしてやると決めていました。
女子会が楽しみになりそうです。