守の事情
「う~ん、」
のぞみが気が付いたみたいです。
「大丈夫、のぞみ。」
みるくが声をかけると、のぞみはハッとしたように起き上がり、みるくにしがみつきました。
「花が、花が笑ってたのよ。みるく!どうなったの?みんなは?」
「大丈夫ですか、のぞみと猛が狭い道でぶつかってしまって、のぞみちゃんはその時転んで頭を打ったみたいで、今まで気を失ってたんですよ。どこか痛いところはない?。」
俊が心配そうにのぞみに声をかける。
「転んだの?花は?、ねぇ人間の首みたいな花が咲いてたでしょう?」とのぞみが言い募る。
「のぞみ、やっぱり頭打っておかしくなっちゃったよ。俊」とみるくが言えば
「馬鹿なことをいうんじゃないよ、みるく。のぞみはきっと夢でもみてたんだよ。」と俊。
「夢、そうかぁ、夢だよね。嫌な夢みちゃったなぁ。ところで猛は?」
「猛は斜面を転がっていって、やっぱり気をうしなっちゃたんだよ。なので守が今付き添ってるよ。もうすぐ上がってくるとおもうけど、のぞみの変な夢の話は猛にしない方がいいよ。猛きっとのぞみのせいで落っこちたって思ってるし、それなのにのぞみが呑気に夢をみていたなんて知ったら……。」
「わかったわよ。みるく。私だって頭が変な人だと思われたくないしね。今の夢の話はみんなには内緒よ。いいわね。みるく。俊君もよ!」
「了解!ぼくちょっと猛たちを見にいってくる。」
そう言うと素早く俊は守のところまで駆け下りました。
「おう、俊か。のぞみちゃんの様子はどうだい。」
「気がついたけど、おびえるといけないから、あの花のことは夢だといってある。だから守」
「わかった。皆まで言うな。夢ってことにしとくのが一番いいさ。面倒なことにはしたくない。まして精神を疑われるなんて御免だ。猛にも夢だって思わせておくよ。俊。」
「頼りになる相棒を持って幸せだね。じゃぁ先に上に行ってるぞ。」
「俊、いまはそういうことにしておいてやるさ。けれどわかってるだろうな。」
俊はため息をつくと、肩をすくめて応えました。
「守にはお見通しって訳か。ちょっと込み入ってるんだ。落ち着いたらぜったい説明する。」
「ならいい。早くいけよ。彼女たちが心ぼそい思いをしたら、気の毒だからな。」
「はい、はい。」
そう言いながら、斜面をのぼる俊でしたが、守のやつみるくが人面樹より人間のほうがやっかいだって言ったのをしったら、びっくりだろうなぁなどと思い、ひとりでにやにやしていた。
「わかってるって守。オレだって馬鹿じゃない。そんな話するわけ……」
守と猛がなにやら騒々しく話ながら、斜面を上がってきました。
「猛、もう平気?」とみるくが声をかければ
「いやぁ~ドジちゃった。ごめんごめん。のぞみも悪かったな。オレお前にぶつかっちゃって。」
「私は平気よ。それより猛こそ落っこちたんでしょう。大丈夫?ケガはない?」
「オレさまがケガなんかする訳ないだろう。」と、へんなところで威張る猛はすでに平常モードのようです。
「さてこれからの予定だけど、かなり時間をロスしたし、アクシデントがあったから、今日の奥殿行きは中止にする。このまま戻って、本殿で昼飯。それからゆっくり博物館でも見学してたら、3時になるだろう。」
と守がリーダーとして決断する。
「でも、猛のお父さんは4時に迎えにくるっていってたでしょう。」
「いや、3時には下山していろって散々注意してたろ。多分おやじさんは3時にはくるとおもうが、どうだ猛、」
「守の言う通りだよ。のぞみ。4時までは待つつもりだろうけど、おやじの到着時間は3時だ。うっかり4時にいったら大目玉を食らうことになる。」
「ふ~ん、あんたのお父さんって、結構めんどくさい人なのね。」と、のぞみは言い切ってしまった。
思っても絶対に口にできないことを言われて、男たちは、女ってすげぇなぁと心底感心した。
「帰るまえにおやつにしようよ。」
とみるくが楽し気に提案したが、他の4人は絶対にうんとは言わなかった。
どう考えてもこの場所は薄気味がわるいと思っていたし、ましてこの場所でのんびりおやつなんて食べるきがしないと思っていたが、だれもそれは口にしなかったから、おやつのお預けをくらったみるくは少し不機嫌であった。
帰りは順番を入れ替えて俊が先頭、猛が中盤、守がしんがりの役割をはたし、その間にのぞみとみるくが挟まる感じで歩いていく。
しんがりの守はリーダーとして、みるくを気を失ったのぞみと2人にしてしまったことを、申し訳なく思っていた。とはいえ今は暗黙の了解で人面樹のことは話さない雰囲気が出来上がっていたので、どうしても無言で歩くことになる。
そうするといやでもみるくのひとりごとが聞こえてしまう。
「どうしたの、みこと。そう、じゃあ狐狸の類ね。それでヤマトが向かってくれるのね。助かるわ。まさか大きな岩なんかは、転がしてこないとはおもうけれどね。小石だって当たればいたいのだし……。」
みるくは少し不思議なところのある少女だった。そうは言っても、こんな風にまるで誰かと会話しているような独り言をいうような子じゃあなかったのに。
そこまで考えて守はちょっと、不安になる。やっぱりあんなところにみるくを置いてけぼりにしたから、みるくがおかしくなっちゃたんじゃぁないかなぁ。
その時、「にゃぁ!]というまるで警告でもするような猫の声が聞こえたかた思ったら、ピシッという音がして、守の右腕に石がぶつかった。
「いたっつ!」思わず右腕を抑え込んで、周囲をみるがどこにも石が飛んできた痕跡がない。どういうことだと思っていると前方からも
「痛い、なんか飛んできた!」
「おい、誰だいたずらするのは、出てこい!」
猛がどなる声もする。
「かまうな!ここは危険だ、足元に注意しながら少しいそぐぞ!」
俊のそんな声がして、皆は急ぎ足になる。
「下り坂だから、足を滑らせるなよ。足元に気を付けて浮石に注意しろ。踏み込むと転ぶぞ!」
山に慣れている猛が警告を発している。
「あ~もう、ヤマトは何してるのよ。みことちょっと見てきて。」
それに対して「にゃ!」という応えを確かに守は耳にした。
こいつは……。質問する相手は守だけじゃない。みるくも仲間なんだ。 そう守は、確信すると、もう待ってやる義理はないと思った。
僕ら5人が仲間になったのは、いったいどうしてだったのか、今ではあまり思い出せない。猛と守は幼馴染でいつもつるんでいた。だから一緒にいるのは不思議でもなんでもない。
のぞみは猛の想い人で、それは幼稚園の頃から変わらない。いつもいじめたり、からかったりするから2人が甘い雰囲気になることはないが、猛は一途な男なのだ。
みるくは……。そういえばみるくは小学校の時にはイジメられ子だったっけ。みるくがイジメられたのは、先生が薄気味悪い子、人の心を読んでるみたいだ。なんて言って率先してつらくあたってたからだ、
そういえば、守も猛ものぞみだって、そんな理不尽なイジメが大嫌いだったはずなのに、おかしいなぁ、なぜあの時はそれが気にならなかったんだろう。
そして俊。あれっ?俊って小学校の時はどうしてたんだろう? 覚えてないなぁ。そうか違う学区の子だったんだ。
守が級長をしていると、いつの間にか俊がいて、俊がいると守の仕事がとってもうまくまわるんだ。それで守がリーダー、俊が参謀ってことになったんだよな。
守はいつの間にか、過去に思いをはせていた自分に気がつくと、いけないいけない今はそんなことが問題なんじゃない。
僕たちは仲間なのに、俊とみるくがなにか隠しているのが問題なんだ。だから本殿についたら、みんなの前でそれを、はっきりさせるんだ。そう、守は決心していた。
そこから先は変わったこともなく、守たち一行は無事に本殿の方まで、辿りついた。
「やっつたぁ~戻ってきたぁ。」
「何か疲れた気分だわ。」
「お腹すいたよ~。」
とりあえず昼食をとることにした守は、さっきの不思議について話あおうと思っていたのだが……。
「オッ、から揚げうまそ~、も~らいっと。」
「あっ、馬鹿、猛それ私も好きなんだってば、かえせ!」
「俊、おにぎりあげるから、サンドイッチ頂戴。」
「守、食べねぇの?オレたべたげよっか?」
「うるさい、食べる!」
「お前らは、動物園の猿か!、少しは静かに喰え!。」
守が耐えきれずに、怒鳴り声をあげれば
「守がおこったぁ。」
「逃げろ~。」
「えへへ、鬼さんこちら。」
そのまま鬼ごっこになってしまった……。そうしていつのまにか3時になり、今は猛の父親の車の中だ。ここじゃぁまずいだろうなぁ。守は大人のいる場所では話せないと、機嫌よく運転している猛の父親に視線をおくる。
のぞみと猛は、仲良くならんで、なにやら話し込んでいるし、みるくはいつも通り、ぼんやりと外を眺めていた。
「守、そうあせるな。」
俊がまっすぐに猛を見て言う。
「守は高校、どうするんだ?」
「どういう意味だ。俊。」
「いや、東京の学校にいかないのかと思ってさ。」
どうして知っているんだろう。と守は思った。守の家は、代々医者の家系で、地元では大きな総合病院を守の祖父が経営している。みるくの母親も、そこの看護師だ。だから中学進学の時、東京の私立学校受験の話は出たのだった。
だけど守は友人と離れたくなかったし、東京になんか行かなくったって地元にいても医学部ぐらい合格してみせる、という意地もあった。若干のトラブルはあったが、守は地元に残ったのだ。
けれど俊は、何もかも見透かした目をしている。ちょっぴり守は後悔しはじめていた。友達も小学校の時みたいに、無邪気なままではいられない。
お坊ちゃんで成績も優秀な守君。守くんは医者になるんでしょう。そんな悪気のない言葉に傷つく自分がいる。
煩わしい。東京なら、きっと自由になれる。そんな気持ちを、俊に見透かされた?守は、カッと頬が熱くなった。
その瞬間、俊が守の肩をポンポンと叩いた。
「違うよ守。そんな意味じゃない。」
守が何か言おうとすると
「大丈夫だよ、守。黙って家に帰って。すぐにわかるから。」
謎めいた俊の言葉に、守は黙ってうなずくしかなかった。俊のことばには、それだけの確信に満ちていたから。