人面樹と笑う花
「参ったね。今の地震かなぁ」
「確かに揺れたけど、なんか地震とは違う感じがしなかった?」
「すげぇ風だったなぁ、突風っていうの?あれ。」
わいわいと賑やかな中で、そんな会話に加わらないのが2人いました。
俊とみるくです。
俊はみるくの顔を見ながら解説しています。
「ああいうのを、昔のひとは神渡りって言ったらしいよ。神様がお社にお渡りになるんだってね。」
「へぇ~、なんか神秘的でいいわね。」
とのぞみが楽しそうにすれば
「迷信だろ!そんなこと。」
と猛があっさりと切り捨てる。
のぞみはムッとした顔をしたが、すぐに俊に向かって
「俊君って、もしかしてそういう話が好きなの?」
と聞いていくる。
「別に、それよりみるくは、随分おとなしいじゃないか?どうかしたか。」
あっ、わざと話題を自分に持ってきたなとみるくは思う。
俊はどんな風にでもごまかす力があるのに,あえてみるくをこの話題に加えようとしている。
「う~ん、だってお山だもんなぁ。」
みるくが答えると、一同は唖然としてしまった。
「みるく、ひとつ聞きたいんだけど、山だと不思議なことがおきる理由になるの?」
守が全員を代表して尋ねてきた。
「う~ん、わかんないけど、そうなんじゃないのかなぁ」
みるくの答えを聞いて、全員が脱力する。
そうだこういう子なのだみるくは。
ただ、俊だけが面白そうな顔をしてみるくを見ていた。
「ねぇ、みこと。主夜神さまって、なんかみことと関係あるんじゃない。」
みるくは小声でみことに聞いてみる。
あの時、みるくの周りだけ、柔らかい風が包みこんだのだ。
みるくを守るように見えたけど、主夜神さまには心当たりがない。
だとしたらきっとみことを守ったのだ。
みことはそっとみるくの首筋をぺろりと舐めると、すぐに知らん顔を決め込んだ。
いいけどね、あやかしにしろ御使いさまにしろ気ままなものだから人間なんかの問いに応えてもらえるなんて思ってはいなかったもの。
みるくはそう思った。
「さぁ、出発するぞ。奥殿までは山道で2~3時間はかかるから、はやくしないと奥殿までたどり着かないぞ。」
守は、みんなの気を引き締めるように言う。
猛のお父さんとの約束で、12時には下山開始だ。
山の日暮れは早い。
のろのろしていて日が暮れれば、それこそ暗闇になってしまう。
だから山に登ったら遅くとも3時には下山を完了するように、猛のお父さんはいつも言うのだ。
「よ~し、先頭はオレにまかせろ、オレの後ろがのぞみ。そして俊、俊のあとにみるく。最後がリーダーの守。こういう順番でいくぞ!」
猛がいきなり仕切りだしたが、どうせのぞみと一緒に登りたいのだとわかるからみんな素直に従った。
それに猛にしては、随分適切な配分だなぁとけっこうみんな納得していたのだ。
けれどやっぱり先頭は猪突猛進の猛じゃなくて、冷静沈着な俊のほうがよかったなぁとみるくは思った。 なにしろ猛は山に咲いた人面花が楽しそうに笑い声をあげただけで、パニックに陥ったのだ。
しかも悲鳴をあげるのぞみを助けようとして、道を踏み外して斜面をすべり落ちてしまったのだから。
それに人面花が笑いだしたのだって猛のせいだ。
人面樹にさく花は一見すると人の首みたいだし、ちょっとは変かもしれないけれど特に悪さはしない。
人面花は人に話しかけてもらうと、それが嬉しくて笑うのだ。
だから黙って通りすぎるだけでよかったのに、猛はわざわざ「な、なんなんだお前は!」って声をかけるのだもの。
だから人面花が笑うのは、やっぱりしかたがない。
久しぶりに人間に話しかけて貰ったので、嬉しくてたまらなかったのだから。
のぞみは人面樹の首が笑うのを見て、泡を吹いて気を失ってしまいました。
人間って驚くと本当に泡を吹くんだなぁっと、みるくは感心しています。
マンガなんかではそういうシーンはよくみるけれど、みるくが本当に泡を吹いた人をみたのは初めてだったのですから。
すぐに対応したのは俊でした。
「守、僕と守とで猛を救助しにいくぞ。みるくはのぞみちゃんを見てあげて。」
「オイ俊、いいのかよ。女の子だけこんなとこに残して。」
こんなとこっていうのは人面花が笑いながらドンドン枯れて、そのせいで首の形の花がドスンドスンと落ちてきていることを言っているでしょう。
「守だけじゃ猛がケガでもしていたら助けられないだろ。どうしたって猛の救助には男手は2人は必要だ。それにのぞみちゃんは、どうやら気を失っているだけみたいだから、さしあたりできることはない。留守番ならみるくができる。どこか問題でも?」
「いや、お前のそうした沈着冷静なところが、時々無性に腹が立つだけさ。」
まだ中学1年生だというのに、まるで疲れ這ってた老人のような声で守は言った。
「みこと、来て。」
みるくが呼ぶとストンとみるくの膝にみことが飛び降りた。
そうして面白そうにポタリ、ポタリとおちる枯れた人面首を見ていた。
「どうしたのかしらね。みこと、おおかみの御使いさまが守る山に人面樹が生えるなんて不思議でしょう。それに主夜神さまは、なんの御用でこちらの社にこられたのかしら。奥殿に辿り着いたら何かわかるかもしれないけれどきっと無理ね。」
三峯山の守護は強い。
いつだって清明な霊力を纏っているから、みるくは人疲れがするとこのお山に遊びにきていたのだ、
けれども今日は、とても穢れがひどい。
パワースッポットにはよくあることだけれど、力を求めて俗人が集まりすぎると浄化が追い付かないことがある。
欲心や悲嘆穢れなどが一か所に集まって、瘴気が溜まることがあるのだ。
それでも三峯山でこのような経験をしたのは、はじめてのことだった。
「ねぇ、みこと。お前はどうして私のところに来たの?」
みるくは心底不思議そうに、小首をかしげた。
「術者に選ばれたのさ、なあみこと。」
そういったのは、いつの間にか戻っていた俊であった。
「俊、守や猛はどうしたの?」
「猛のやつ、気を失っていたんだ。身体を点検したがケガもないし、たぶん捻挫や骨折もなさそうだった。守は猛が気が付くのを待って一緒に上がってくる。守の奴、女の子だけにするのは心配だから先に上がれってさ。」
「そっかぁ、なら良かった。のぞみもケガはないよ。花もほとんど枯れたから、気が付いたら夢でも見たんだろうと思うでしょうね。」
「随分冷静だよな、みるく。それより現実逃避かい?みるくが術者に選ばれたのは、間違いないっていうのに。」
「だって、私そんなの知らないわ。術者っていえば陰陽師みたいに、式神を操ったり変な印を結んだりする人の事でしょう。私そんなのに興味ないもの。」
「興味ないって、言われたぞ。なんとか言えよ、みこと。」
「仕方がありませんよ、俊。みるくは未だ自覚していないんですから。」
「エッ、え~。みことが喋った。」
「驚くのはそこなの?人面樹が笑った時には平気な顔をしていたくせに。みるくってやっぱり天然なのな。」
「違うってば俊。私は本を読むのがすきなの。一番すきなのが神話・民話・伝承のたぐいよ。だから人面樹って妖については知ってたのよ。害はないってね。」
「ふ~ん、それでもかなり気味悪いと思うぞ。首が落ちたり花が笑ったりするのはさ。」
「う~ん、実害がないからじゃないですかね。人の念っていうかそういうもののほうが私には堪えるんですよ。それに比べたら無害のあやかしなんて……。」
「なんか今、ちょっとだけ人面樹が気の毒になった、」
「俊もか、僕もだよ。」
みことがちゃっかり俊に合意しています。
「みことは誰の味方なの。いっしょに暮しているのは私なのよ。」
みるくが文句をいうと
「それはそれ、これはこれさ、今のは俊に賛同しちゃったんだよみるく。」
みことの答えを聞いて、なるほどやっぱりみことは喋れるんだ。
みるくはそのことに感心しました。
「婆珊婆演底主夜神というのが、主夜神尊さまのお名前だよ。僕は主夜神尊さまの御使いなんだ。術者には神さまが自分の御使いを遣わすんだよ。僕は主夜神尊さまから、みるくの所に遣わされたんだ。しかもさっき主夜神尊さまが、契約にいらしたからね。これでみるくも立派な術者だよ。」
「うそ~、拒否権はないの~。クーリングオフします!」
みるくが叫ぶと
「やっぱりみるくは面白いね。僕は伊弉諾尊様からオオカミの御使いさまを遣わされていて術者としては君の先輩になる。術師協会からみるくの指導教官として君をしごく、じゃない導くことになったんだ。よろしくね。」
「俊、いま、しごくって本音だだ洩れてましたよね。」
「そんなこと言わないよ。なぁみこと。」
「俊どの、そのくらいにしておけ、みるくが怖がっているではないか。」
そう言ってあらわれたのは、狼でした。
「うっそー、あの博物館にいた狼さんですか?」
「いつもよく遊びに来ておったな。みるくどの。ワシは俊に遣わされて、ともに働いておるヤマトと申す。これからもよしなにな、みるくどの。」
「ヤマトさん、みるくでいいです。殿なんて柄じゃないし。」
とみるくが言えば
「それならワシもヤマトと呼んでもらおう。みるく」
「はい、ヤマト。よろしく。」
「みるくは動物に好かれるんだな。いいことだと思うぞみるく。」
俊はみるくの頭をポンポンと叩きながら言った。
「いっときますけど、俊くんと私は同い年なんですからね。子供扱いしないでください。」
「僕は4月生まれ、みるくは3月生まれだよな。という訳でみるくは1つ年下だ。」
俊とみるくの立ち位置が決定した瞬間であった。