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みるくとみこと

 あれ、なんだか首すじがチクチク痛む。

 みるくは子猫を膝におくと自分の首を鏡で調べてみた。

 みるくの首の頸動脈あたりに小さな薔薇のような赤い痕があり、そこがなんだかチクチクするのだ。


 子猫の仕業だろうと、みるくは思いその赤い痕のうえに絆創膏を貼っておくことにした。

 子猫は親猫が恋しいらしく、みるくの首すじにちゅうちゅうと吸い付いてくるのです。


 けれども猫の舌はざらざらしているし、子猫とはいえ、吸われれば皮膚がただれて赤くなってしまっても仕方がない。

 絆創膏さえ貼っておけば、子猫だって首を吸ったりしないだろう。


「みこと、赤く痕が残っているのよ。もう寂しくても首に吸い付くのはなしよ。」


 みことの顔をしっかり見てお説教しようとするみるくだが、みことは視線を逸らして頑としてみるくを見ようとはしなかった。

 バタバタと身をよじってみるくから逃れると、尻尾をピンと上にむけて堂々と部屋をでていく。


「お母さんの部屋に入ってはだめよ、みこと。お母さんは猫が嫌いなんだから。」


 そう言えばと、みるくは首を傾げた。

 みるくの母親は猫を怖がっている。

 猫の瞳孔が暗闇に光るのが不気味だと言うし、瞳孔が縦に細くなるのも気味悪がる。

 なのになぜ、お母さんはみことを飼うことを許したんだろう。


 でもみことはとっても小さな猫だし、だからお母さんも平気なのかもしれないね。

 そんな風に決めてしまうと、みるくは宿題を済ませてしまうことにした。


 明日の日曜日、みるく達仲良し5人組で、近くにある三峯神社に参拝することにしていた。


 猛のお父さんが7人乗りのバンをもっていて、三峯神社の本殿のすぐ下まで連れていってくれるから、今回はがんばって奥殿までいこうというのだ。


 三峯神社の御使いさまは狼で三峯博物館にはオオカミさまや、宮様がたのゆかりの宝物が展示してあってひとけもないところが、みるくは気に入っている。


 みことはいつの間にかみるくの首元を自分の居場所としてしまっていたが、不思議なことにみるくはみことがいる気配を全く感じないで行動している。


 時々みるくがみことのことを思い出して「みこと」とよびかければいつの間にか首筋に、猫の柔らかな感触を感じて、みことが「みゅ~。」と返事をするのだった。


 そう言えば、みるくの首に貼った絆創膏はいつの間にかはがれてしまっていたが、首のちくちくするような痛みは治まって代わりにみるくの首筋には小さな花びらのような痣が残ってしまった。



 さてお待ちかねの日曜日は快晴!

 全員の家を回るのは大変だということで中学校の裏門の前で待ち合わせをしていると、いつも通り一番先にきていたのは、佐々木のぞみちゃんだった。


 のぞみちゃんはとても心配性というか慎重な性格なので、どうしても遅れることができない。

 いつも30分前には、集合場所に到着してしまうのだ。


 それがわかっているから、たぶんみんなも少し早めに集合するはずだ。

 みるくものぞみちゃんをひとりで待たせたくはなくて、急いで裏門まで走っていった。


 裏門には、眼鏡をかけたちょっと賢そうな女の子が、ぼんやりと空を眺めている。

 11月とはいえ、一昨日は初雪が降ったというのに、やっぱり早く来ちゃったんだな。

 のぞみちゃんの姿を見つけると、みるくは自分の考えがたっていたことを確認して、嬉しくなった。


「のぞみちゃぁ~ん。お待たせ。」


「みるくちゃん、私が早く来てしまっただけよ。」


 5人組で女の子はみるくとのぞみの2人だけだ。


「お~い、」


「やっぱり、先に来てた。」


 やって来たのは、国見俊と大津守。

 この2人はいつも一緒にいる。

 俊は色白でほっそりしているが、みんなから一目置かれているかなりの策士だ。

 5人組の冒険は、いつだって俊が計画をたてる。


 守はとても実直な優等生タイプ。

 俊が参謀型だとしたら、守はリーダーだ。

 実際、学校ではいつも級長をしている。


 ブッ、ブッ、遠慮がちなクラクションが鳴って、来栖猛が到着した。

 猛のお父さんは刑事さんで、猛はとてもお父さんを尊敬している。

 だから猛は、剣道と柔道を習っていて、5人組の中で唯一の武闘派だ。


 それでいえば、のぞみはお母さんみたいなしっかりタイプ。

 みるくは本人いわく癒し系、周りの評価は天然系だ。


「よーし、さぁ乗った、乗った。」


 猛のお父さんは大きな声で、子供たちをうながした。


「失礼しま~す。」


「お邪魔します。」


「よろしくお願いします。」


「ありがとうございます。」


 子どもたちが次々と乗り込むと猛のお父さんと


「夕方の4時までには、駐車場まで迎えにいくから、けっして無理はしないこと。」


「あぶないとおもったら、自分達で解決しようと思わないで、周りの大人に助けを求めること。」


「山は12時には下山を始めること。」



 などなど沢山の約束をさせられた。 

 猛の父親の車が見えなくなると、みんなはようやく緊張をといた。

 友人の父親なんてけっこう煙ったいものだ。


「あ~いった、いった。いなくなるとホッとするなぁ」


 猛がそんなことを言うと。


「何言ってんの、せっかく送ってくれたのにお父さんにわるいでしょ。」


 ってのぞみが注意したけど、猛はみんなの気持ちを代弁しただけだ。

 猛以外に誰もそんなことは言えないものね。

 みるくがこっそり心の中で呟くと、同意とばかりにみことが小さな声で


「にゃぁー。」と鳴いた。


「うん?今猫の鳴き声がしなかったか。」


 俊が言えば、守が


「いいや、空耳じゃないか、猫なんていないだろ。」と、断言した。



 え、なんで?ここにいるじゃない。

 そう思ったみるくだが守がいないと断言したのを聞くと、みことの事が言えなくなってしまった。


 みるくも薄々察していたのである。

 もしかしたらみことは他の人には見えないんじゃないかって。


 レジのお姉さん。

 みるくのお母さん。

 そして今の守の言葉が決定打になった。


 みことは見えない黒猫なんだ。

 でも絶対に存在している。

 みるくの首の痣がその証拠だ!


 みるくにしても痣がなければ自分の妄想かと思うところだ。

 けれど確かに痣はあるし、みことは人間のご飯を食べることができた。


 みことはどういう訳か、みるくの首を住処にきめた。

 でもきっと悪い子じゃない。

 それだけは、不思議なくらい確信できるみるくだった。


 何とかしてみんなにみことの存在を知ってもらわなきゃいけない。

 みるくはそう思っていた。

 みるくよりも仲間の方が、ずっと利口で行動力もある。

 この5人組ならみるくの首に住み着いた、黒猫の秘密がわかるかもしれないとみるくは思うのだった。


「よし、とりあえずは本殿に行こうぜ。」

 と守がいえば、みんないそいそと歩き始める。

 なんといったって、このチームのリーダーは守なのだ。


「守、博物館には寄らないの?」

 とみるくが問えば俊が


「帰りの時間調整に使えばいいだろう。駐車場でぼんやり待つのも芸がないからな。」

 とこたえる。

 このソツのなさ加減が、俊の俊たるゆえんだ。


 本殿に行くだけなのに、すでによろよろと杖をつく人がいる。

 元気が有り余っているみるくたち一行は軽やかに、そんな人々を追い越してゆく。

 背中のリュックがカサコソ動いて、みるくは中に詰め込んだおやつを思い出して顔がにやけている。


「おーい、しまらない顔してるな。みるく。どーせおやつのことでも考えていたんだろう。」

 と猛がからかえば


「猛、女の子の顔をからかうなんて、失礼よ。」

 とのぞみが応じる。


 この2人はいつもこんな調子なので仲間からは夫婦漫才と言われているが、そう呼ばれると本気で怒るので一応禁句ではある。


 でも、みるくは思うのだ。

 本気で怒るってことは図星なんじゃないかなぁって。

 そんなことを口にださない代わりに、みるくはほんの少しだけ猛とは距離をおいている。


 これが女の友情を長続きさせるコツなのだ。

 みるくはそういうことに気がついた自分を、大いに褒めてやることにした。


 あれ?ああやっぱりそうだ。

 木漏れ日の中に役小角エンノオズノという呪術師の姿を認めて、みるくは軽く頭をさげた。

 この神社には、ああやって役小角が時々姿を現す。


 もしかしたら神渡りがあるかも知れない。

 みるくがそう思った時いきなり雲が凄い速さで流れだして、ゴゴゴ―と大きな地鳴りがすると竜巻のような突風が吹いた。


 主夜神さま?みるくには聞いたことのない神の御名が、ふっと脳裏に浮かびました。


 今お渡りになったのは、主夜神さまなのかもしれませんね。

 帰ったら少し調べてみましょう。

 みるくがそんなことを考えていると、俊がじっとみるくをみています。


 みるくは小さい時からみんなが見えないものを感じることがありました。

 それはどちらかと言えば迷惑な話で、もしも身近な人が死の影を見ることができたとしたらどう感じるかを考えれば、どれほど迷惑かわかるでしょう。


 幸いなことにみるくは聡いこどもだったので、そのようなことを上手に隠すことを覚えました。

 それでも変な子どもと言われたり小学校の先生から薄気味悪い子と言われれば、その子どもがイジメの標的になるなんてあっと言う間です。


 中学になってようやくみるくは友達グループに滑り込むことに成功したのです。

 過去を思い出したみるくは、みことのことを紹介するなんてなんて馬鹿なことを考えたんだろうと、自分を叱りつけました。


 首に黒猫を飼うなんて、またもや薄気味悪く思われてしまうことは間違いありません。

 やっぱり全てをひとりで抱え込むことに決めたみるくは、重い溜息をつきました。


 

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