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みるくと子猫

 雲が重く垂れこめて、真っ暗な空の合間から、ひらひらと舞い落ちるのは、まるで羽毛のような牡丹雪。


「う~、初雪が降っちゃた。晩秋というよりも、もう初冬だなぁ。」


 まるで季語にでもこだわるような口ぶりの少女は、中学1年生の立原みるく。

 ちょっとばかり、難しい言葉を使ってみたいお年ごろの平凡な少女だった。

 そう、この時までは、確かに彼女は、ごく平凡な少女でしかなかったのだと言えるだろう。


 時間を節約するために、学校からも親からも禁止されている、うっそうとした森林を有する公園を突っ切ることを、少女は選んでいた。

 確かにこの公園は宮内庁の管轄だけあって、とても整備が行き届いている。


 だからと言って、夕方に子どもがひとりで通るには、あまりにも広大で、しかも森に入り込めば、その姿は立ち並ぶ木々に隠されてしまうだろう。

 心配性の大人たちは、そんな理由で子どもがひとりでこの公園を通学路として使うのを禁止してしまうのだった。


「ミュー、ミュー。」


  というかすかだけれども何かを呼んでいるような懸命な声が、風乗って流れてきた。


「あ、猫。」


  と、みるくは呟く。

 そのまま通り過ぎるには、猫の鳴き声はあまりにも頼りなげであったし、しかも雪が降り始めている。

 みるくは猫の声を頼りに森に分け入っていく。


「いた!」


 まるで生まれたてのような黒い子猫が、大きな木の根元で、

「みゃぁ、みゃあ」と頼りなげな声で鳴いている。


「どうしよう。」


 ほんの数瞬ばかり、みるくは迷ったが、この寒さと降り続く雪が、彼女の迷いを吹き飛ばしてしまった。 

 みるくは、自分のマフラーを外すと、子猫をくるみ、大事そうに抱え上げた。

 子猫は暖かいみるくの懐に安堵したかのように、鳴くのをやめている。


「小さいなぁ」


 その子猫はきっと生まれてそれほど経っていないに違いない。

 みるくはそう思った。

 だって、そう大きくはないみるくの手にすっぽりと収まるぐらいの大きさだったのだから。


 帰りにペットショップに寄ろう。

 みるくは動物が好きで、動物からも懐かれる性質である。

 みるくのお気に入りの場所として、そのペットショップはマーキングされていた。


 この時までは、みるくにペットはいなかったのだけれど……。


「小さな子猫用のミルクと哺乳瓶をください。」


 初めて客として、このペットショップを利用できることに、みるくはちょっぴり自尊心が高まっている。

いつもなら、散髪しているペットや、あまりおもてに出ない犬猫の姿を遠目に眺めているだけなのに、いまやみるくにも自分の猫がいるのだから。


 ミルクや哺乳瓶を受け取りながら、みるくは自慢げにその手を広げて、子猫を店員にみせた。

 店員は投げやりに、ミルクの手をみると、


「あー、手の平サイズなのね。それならこのミルクで大丈夫よ。」と言う。


 いつもなら客のペットに猫なで声をだす、動物好きのお姉さんなのに。

 みるくはちょっぴり不満だった。


 店を出ようとする瞬間、誰かがみるくの腕を強く引いたので、みるくは思わずよろけてしまって、自分の腕をひく人物を睨んでしまう。

 そうしてすぐに、自分が間違ったことをしたと感じていた。


 なぜならみるくの腕を引っ張たのは、このあたりでは猫ばあさんと知られている、みるくも良く知っているおばあさんだったのだから。


「どうしたの?おばあさん。」


「あんた、猫を持っているね。」

 おばあさんはみるくの目をはっきりと見て言った。


「いいかい、その猫はダメだ。不吉なんだよ。それは足袋をはいているだろう。足袋は旅に通じるもの。すぐに捨てるんだ。間に合えばいいがね。」


 それだけ言って、おばあさんは消えてしまた。

 今のは一体何だったんだろう。

 不信に思いながらミルクは猫の足をじっくりと観察してみる。


「なるほどね、」


 確かに黒猫は、全体が真っ黒なのに、足先だけが真っ白で、それはまるで足袋を履いているように見えた。


「なんだ、迷信じゃない。昔の人は村の中から一歩も出ずにその村で生涯を過ごしたって、習ったわ。もしも村を抜けたら無宿ものになってしまうんだって。だからきっと昔の人は、足袋を履いた猫を嫌ったのよ。」


 そうつぶやくとみるくは、何だ迷信だと何度も繰り返しながら、その迷信に気づいた自分が、とっても偉くなったように感じていた。

 それでも、ちょっと疑問に思ったことがある。


「あのおばあさんは、どうやって、子猫を見たのかしら?子猫はマフラーでぐるぐる巻きにして、しっかりと抱きかかえていたのに……。」


 そんな風に呟いたことすら、すぐにみるくは忘れてしまった。

 なにしろ懐には、腹をすかせた子猫がいるのだ。みるくがすべきことは、なにをおいてもまずは、温めたミルクを子猫に飲ませることだったのだから。


 子猫は哺乳瓶にむしゃぶりつくと、器用にミルクを飲んだ。

 ミルクを飲むときに、しきりに両前足で、みるくの手を押している。

 目を細めて見ているみるくであったが、その動きが、母親のおっぱいを押しているのだと気が付いた。


「私のこと、お母さんだと思っているのね。たんとミルクをおあがりなさいな。」


 みるくの幼い母性本能がくすぐられてしまって、この子猫のお母さんは私なんだと心に決めた。

 お腹がいっぱいになると、子猫のお腹がぽっこりとふくれている。 

 あとは3時間ごとに授乳を繰り返すだけだ。


 目覚ましをセットして、子猫の寝床に子猫に触れないように、温めたお湯を入れたペットボトルを入れて、みるくは眠りについた。


 ジリリリリ、けたたましい目覚まし時計を止めると、母親を起こさなかったかと、みるくは心配する。

 みるくの母は看護師で、家にはみるくと母しかいない。

 父親のことは話題にのぼったことがないから、みるくは聞かないようにしている。


 だからこそ、母親が目を覚ますことが怖かった。

 昨日は準夜勤で、みるくが寝た後に、帰ってきているはずだ。

 そろりと寝床から起きて、子猫の寝床をみると猫はどこにもいない。


「猫ちゃん、どこにいるの?」


 半ばパニックになりながらも、みるくはこっそりと部屋をさがす。

 あんなに小さな猫が箱から飛ぼ出していなくなるなんて!

 怪我でもしたら大変です。


「みゃぅ。」


 みるくの呼びかけに応えるように、子猫がみるくの首元から、這い出してきた。

 あれ、首もとに猫のぬくもりは感じなかったんだけどなぁ。


「いったいどこにいたの?もしかして私と一緒に眠りたいの?」


「みゃーう。」


 猫は満足気に一声なくと、みるくの首でまるくなった。

 まるでそこにいるのが当然であるかのように……。


「お腹は空いていないのね。」


 みるくはそう決め込むと、大きなあくびをして自分のベッドに潜りこむ。

 何しろ眠たいさかりの年頃なのだ。


 しかし奇妙なものだ。みるくが調べた通り、生まれたての子猫ならば、頻繁に授乳が必要になるもなのだか、いったい子猫は何を食べたのだろうか?



 今日は土曜日で学校はお休みだし、母親は昨日は遅かった。

 そんな日は、朝食とも昼食ともつかないブランチを一緒に食べるのが、ふたりの決め事だ。


 だから、朝はゆっくりと子猫の面倒を見ることができる。

 温めたミルクを与えようとするが、子猫は飲もうとはしない。


 みるくは小首をかしげると、小皿を持ってきて、そこにミルクを流し込んでみた。

 そうすると、子猫はチロチロとみるくを舐めて、ミルクのついた口まわりもぺろりと舐めた。


 大慌てで、みるくは、箱からティッシュを全部ひきだすと、くしゅくしゅと丸めたティッシュを詰めて、簡易トイレを作って子猫に提供する。

 子猫はその箱をみると、嫌そうにそっぽを向き、すぐにみるくの首元に陣取ると、くるりと丸まってしまった。


「必要ないなら別にいいけどさ。」


 みるくは肩をすくめると、子猫に聞いてみる。


「名前がいるとおもうんだけど。」


 なんだかだんだんみるくには、この猫がはっきりとした意思を持っているように思えてきたのだった。


「みこと」


 なんとなく頭に浮かんだ言葉を述べると、子猫は気にいったらしくぽとりと手の平に落ちてくると、みるくの顔をじっと見つめ、


「にゃぁ~。」


 と一声ないて、またぞろ首に戻ってしまった。

 その様子は嬉し気にも楽し気にも見えたから不思議だ。

 何をそんなに満足したのだろうか。




「ブランチならパンがいいよね。」


 みるくはせっせと食事の支度をしている。

 ブランチはみるくが作るのだ。

 みるくは手早くサラダを作ると、ナッツや干した果物がたっぷりと詰まった重いパンをきりわけ、オーブンで温め、バターを室温に戻しておく。


 コーヒーとたっぷりのミルクを用意して、カフェオレの準備も万端だ。

 ハムエッグと、オニオンスープを添えれば、ブランチの用意はおしまい。


 ちょっと考えて、パンとハムエッグの切れ端を小皿に置いてみたら、子猫が素早くやってきて、全部綺麗に平らげる。

 子猫が満足したのは、前足をぺろぺろと丁寧に舐めていることからも、わかった。


「みことは、人間の食事が好きなの。」


 みことは当然と言わんばかりに、ピンと尻尾をまっすぐに持ち上げて、ぺろりとミルクの手を舐めた。

 どうやらお礼のつもりらしい。


 母親が起きてきて、食卓に座るといつもと同じように言う


「おはよう。今日も美味しそう。いつもありがとう、みるく。」


「お母さん、私猫を飼いたいの。ホラ見て!みことって言うのよ。飼ってもいいでしょ。」


 みるくが首を指し示しながら、みことをみせると、母親はすこしみるくの顔を不思議そうにみていたが、


「そういうねこならいいわね。」

 と、自信なさげに頷いた。


 簡単に母親から猫を飼う許可が下りて、みるくはほっとして、まずはカフェオレを楽しむことにしたのだった。


 けれど、とみるくはこれで何度目になるのかわからない疑問を抱いている。


 さっきお母さんはまったくみことの方を見てはいないように、みるくには見えたのだ。

 そういうことはこれまでにもたびたびあったから、みるくにはわかるのだ。

 時々お母さんはみるくが見えているものが見えなくなることがある。



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