第一章vol.6「突然の来訪者」
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␣␣␣欠けた月が上り始め、辺りが一層暗くなる。時刻は進んで夜になる。少しだけ整備されている道があるだけのだだっ広い平野にぽつんと石塀で囲まれた少しだけ大きな屋敷が佇んでいる。
␣␣␣その屋敷には修練場の様な設備が備え付けられていて砂で敷き詰められた修練場の床が月の明かりに照らされている。屋敷全体は月の光を浴びて明るく輝いていた。屋敷はリビング以外の部屋は全て真っ暗だったため、より一層光は明るく屋敷を照らしていた。
␣␣␣その唯一使われていた、明かりがついていたリビングで、数人が集まっていた――――。
␣␣␣コセイは自らのファミリー4人にじっと見つめられていた。
――否、その膝の上に乗っていた白い毛玉の生き物を見つめていた。
「えっ、とですねぇ······これはその」
「コセイ、隠さず話してくれよ?お前にそんな趣味があったのかとこちらも驚きなんだ」
「ちょ!俺に動物フェチはねぇから!······これはだな」
␣␣␣コセイは気持ちを切り替えるように前置きをして理由を語る。メグが凄く目を輝かしてこのひよこをじっと眺めていたため、コセイも言葉を濁すのを躊躇い、真実を語った。
「こいつの名はトロイア。このひよこ姿は仮の······」
「ちょちょちょちょ!待ってくれ!今トロイアと言ったか!?そのひよこは仮の姿で名前はトロイアと言うのか!?」
「ん、そうだけど。どうしたんだシーナ、そんなに慌てて」
␣␣␣このひよこ――トロイアの名を話した途端、シーナが驚きの声をあげる。ライアーも目を丸くして頬をこわばらせていた。アリシアとメグだけがおっとりした様子であまり驚かずにしていた。
――いや、メグはトロイアに釘付けだったからか。
「コセイさぁん。トロイアと言うのは伝説の『トロイア戦争』のトリガーとなった伝説の王国、パリスのトロイア王子と同じ名前なので驚くのも無理はない訳で、というか寧ろ驚いて当然ですしぃ。しかも、仮の姿って事はとても考え深いじゃないですかぁ」
「へー······、ん?俺の記憶だとパリスってのは人の名前な気がするんだけど、気にしたら負け?」
「負けですねぇ」
␣␣␣アリシアが間を置くことなくコセイの惚けに相槌を打つ。コセイは一方、パリスとトロイアに関する自らの知識を振り絞っていたが、どうも違和感がした。がしかし、考えない事にした。
「んで、その名前が付いたひよこなんてやばいー、みたいな?」
「あぁ·········」
␣␣␣ シーナが息を吐く様にに声を出す。コセイは「ふーん」とあまり興味がなさそうに相槌を打ちながら、頭の後ろで手を組む。わざとらしさもあったため、シーナが余計にその言動に疑問を抱く。
「······お前、事の大きさが分かっているのか?」
「――シーナこそ、事の大きさを測れる立ち位置にいるのか?」
――――。
␣␣␣ 突然逆に質問を返されたため、シーナが「は?」と、間抜けな声を上げる。コセイは「だから要するにだな」とシーナの顔、そして他の3人の顔を見回して
「その『トロイア戦争』?っつーやつのトリガーとか何とかがこいつな訳、事実今は力を失って人間の姿になれる時間は数秒しかなってられない、らしい」
␣␣␣ シーナはじめ他の3人も目を丸くし、驚いた表情をしていた。(メグに関しては驚いてトロイアの首あたりを締めて白い毛玉を悶絶させていた。)
␣␣␣コセイは鼻でため息をし、今まさに死にかけてるトロイアの方へ向いて少しおちょくるように話しかけた、
すると············
「んだよな?毛玉野郎」
「誰が毛玉野郎だ、ぶっ飛ばすぞ」
··················。
␣␣␣数秒の沈黙が続く。そしてぽかんと口を開けて、トロイアを見ていたメグが
「シャ、シャァベッタァァァァァァァ!!!」
と、叫んで時が動き出す――――。
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␣␣␣白い毛玉はなんと言葉を発した――。などという衝撃の事実の後、つまりシーナやメグが謎の奇声を発してパニックに陥った後、場面は変わらずコセイファミリー宅である。
␣␣␣シーナが完全にだらけきった様子でくたぁっとソファーにもたれかかり、メグとアリシアが2人で風呂で騒いだ汗を流しに行き、ライアーが涼しい春時の季節の夜風に当てられに行った。
␣␣␣ コセイは晩飯時という事で夕食の用意をして、ライアーの様子を見に行こうとした。若干ライアーが気になったためだ。それはコセイ自身にも理由が分からない行動でもあったが――。
なんとなく、話がしたかったのだと言う事は分かった。
「うぉっふ、すっずしーなー」
␣␣␣玄関のドアを開けた途端、吹き抜けた春の夜風がコセイの金色の髪の毛をわさわさと靡かせながら駆け抜けていった。コセイはきょろきょろと暗い自宅の石レンガの敷地を見渡す。
「敷地ん中には、居ないのか?」
␣␣␣少し探しに行こうとした時、ライアーが屋敷の玄関を出て、右手側にあった修練場から出てきた。大粒の汗をぽたぽたと垂らしながら、タオルで顔を拭いながらコセイを見ては言葉を交わす。
「あ、もう夕飯でしたか?」
「え、あ、いや?今から準備しようかなって」
「今からですか?」とタオルを首に掛けながら首を傾げるライアー。どうやら呼びに来たと思ったらしい。コセイは肩を並べて何故外に出てきたのかを簡潔に述べる。
「いや、ちょっとな。さっきの事でお前の意見――つーかなんつーか。とにかく喋ってなかったからさ」
␣␣␣ ライアーは納得したように「あぁ······」と反応する。そう言えばそうですねと言わんばかりな反応をとったためか、コセイは何か言いたかったのかと思い、耳を傾ける。ライアーはそんなコセイの様子が自らの意見を聞こうとしているのだと気付き慌てて否定の文を述べる。
「あ、いえ特には。············まぁ、気になると思ったのは、『強さ』ですかね·······」
␣␣␣やっぱりそうかとコセイが納得する。しかしコセイは、そのライアーの発言に対する返答は愚か、相槌すらもしなかった。ただ単に······自分で噛み砕いて納得しているのだと思ったからだった。
␣␣␣その後2人はそれ以上会話をせずに玄関のドアを開ける。
そして玄関に入ったのだったが――――。
␣␣␣ ゴーンという大きな鐘の音を聞き、コセイとライアーは顔を見合わせた。
その――――――――
『敵襲、警戒態勢』という事を知らせる鐘の音に。
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␣␣␣ジュプト王国東地区は東京ドームの広さで表すと······表したくないほどの広さはある。その東地区は東、と言われるだけあり国境警備として大きな壁とともに監視役として『近衛騎士団』などが関所の警備を請け負っている。その東地区最東端の関所の鐘が鳴り響いたのだ。何か起きていることは間違いなかった。
␣␣␣コセイ宅の玄関の前ではシーナとアリシアが走ってコセイの元へ近寄る。揃うと同時にライアーは玄関のドアを開け飛び出していった。
「あっ!おい!······たくっ」
␣␣␣呆れた声を上げるとコセイは、シーナとアリシアに目配せで「ライアーは俺が追いかける。2人は待機」と伝える。2人も理解したらしく無言で頷く。コセイは開けっ放しドアをそのままに、ライアーを追いかけ飛び出していった。
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「――っ、······あいつっ!速すぎだろ!」
␣␣␣コセイは全速力でライアーの後を追っていた。ライアーが飛び出してすぐ後に追いかけたコセイだったが、もう既にライアーの背中は見えていた。今は無駄に体力を消耗しない様に『暗視』スキルで豆粒ほどのライアーの背中を尾行していた。
「まったく······っはぁっっ、はぁっ。こっちの世界にもスキルの概念があってよかったぜ·········」
␣␣␣暫く走り続けて、明かりが見えててくる。そこにはたくさんの人だかりがいたが、それが一般人でない事は分かった。
「っ!はぁっ、はぁっ·······」
␣␣␣ コセイは息を整えて人混みの先頭に向かう。人だかりをかき分けようやく先頭が開ける。そこにはライアーが右手に白銀の槍を手にして立っていた。
␣␣␣コセイはライアーを横目で手を出さない様に牽制を入れながら、全員の視線を集めている2人に近づく。
「いやぁどうもどうも、お初にお目にかかります」
␣␣␣ わざとらしい喋り方で腰を低くしてコセイはその2人に話しかける。一歩前に出てていた見た目がメグと似たような容姿をした黄緑色の髪の毛の少年が、鼻で笑う。単に馬鹿にされた訳では無く、コセイの対応に関心をした様に。
「どうもご丁寧に。君が噂の大臣か。成程、なかなかいい目をしているな。おっと失礼、名乗るのが遅れてしまったね。」
そう言って腰を斜めルート2分のパイラジアンほど曲げて礼をしながらコセイ以外の人間を驚愕させた発言をする。
「改めて僕は『リヒト教中央教会』神官、デルフォイ・マギだ。以後お見知りおきを」
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「『リヒト教』っ!」
␣␣␣ライアーが激昂しながら一歩前に出る、が。コセイがその間に割って入りデルフォイに話しかける。ライアーはコセイの顔を刺す様に睨みつけるが、すぐに表情を崩し顔を怖ばらせる。その視線の先には、コセイのにこやかな表情に対して、
――目が恐ろしく鋭かったからだ。
「っ!」
␣␣␣言葉が出なかった。今までで一番鋭い視線だっただろう、ライアーは顔の緊張を解くことが出来なかった。
␣␣␣はたして自分はこの我がマスターのこれ程鋭い目を見た事があっただろうが。いや、無い訳では無い、無かった。だが昔も時々思い知らされたこの眼力は、どうも戦慄してしまうものがった。それは紛れもない事実で今ある現実はまさに――それだった。
␣␣␣それからライアーは一言も喋らなかった。我がマスターに全てを委ねた。
␣␣␣委ねられたら当のマスターは、企みに笑いながら腹の奥から黒い何かを吐き出すかのような声音で
「王城の方には足を運ぶのは控えていただきたいですから······そうですね。私の自宅に致しましょうか」
␣␣␣いつになく真面目な口調で淡々と話を進めるコセイ。デルフォイと名乗った少年の容姿の男は、にやっと笑いながらコセイの様子を伺う様にコセイの目を見つめ返す。ライアーの背中が震え緊張が再びライアーを襲う。ライアーはやっとの事でこの今目の前に立っている二人の男達に銀槍を突き立ててやりたくなる衝動を抑える。
␣␣␣デルフォイはコセイを暫く見据えていたが、すぐに目を瞑り肩をすくめる。コセイも、ふっと鼻で笑う。
「それではそうさせてもらうよ。大臣殿?」
と言ってデルフォイはコセイらと共に同行することを肯定した。
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␣␣␣用意された竜車2台にデルフォイと付き添いの大柄で肥満気味というか手遅れなほどの肥満での男――――竜車に乗り込む前にポスタと名乗った男が1台、そしてコセイとライアーの2人が1台に乗り込む。コセイは車の窓から顔を覗かせて、外の竜車を手配してくれたアークに手を振りながら
「悪いなアーク君、有難く使わせてもらうよ」
と言う。アークは対して
「持ってけ泥棒」
と、素っ気なく挨拶を返す。
␣␣␣竜車は今現在コセイファミリー宅に向かって走らせていた。竜車を暫く走らせて緊張がほぐれてきたライアーが、隣に座っているコセイに話し掛ける。
「マスター······あの」
「なんだい?」
「あの二人組を、こうも簡単に通してしまって良かったのですか?正直危険な気がします。もしもの事を考えて、疑わしきを罰した方が――――」
「違うよライアー。疑わしきは――――殺せ、だよ」
「――――」
␣␣␣ライアーは絶句した。自分が思っているほど以上に、異常に、コセイが真剣慎重に物事を判断していた事に。
␣␣␣決してマスターは即決した訳では無かったのだ。ただその時間が本当に異常な程に速かっただけで、自分の何倍以上もマスターは考えに考えに考えてそして、この結論に至ったのだろう。そしてもし判断を見誤った場合、全力でこの状況を切り捨てる覚悟を決めている。
――――恐ろしい。恐ろしすぎる。
␣␣␣コセイが前の竜車を見据えてすぱっと言い放った一言は、とてつもない意味をなして、そしてそれはライアーには到底理解出来ないレベルの考え・意思・決断だったのだろう。否、前の竜車など見ていなかったのかもしれない。もっと先の何かを見据えていたのかも知れ――――――――
「おーいライアー?」
「え?」
␣␣␣コセイに突然呼ばれてライアーが驚きの声を上げる。いや、突然ではなく数秒前から呼ばれていたようだった。ライアーは顔を上げて暫く呆然と真っ直ぐを見ていたが、すぐ後に半開きの口のままコセイの顔を正面から見る。
「······どした?」
␣␣␣ライアーを心配する様に、コセイは下から顔を覗き込む。どうやら相当険悪な表情をしていたらしい。ライアーは「いえ」と言って首を振る。
「何でもないです。······いや、何も無いです」
形はどうあれ貴方を疑う事など何も無い――とは口には出さなかった。だが、それで自己解釈は十分であった。
␣␣␣コセイはふぅんと怪しむ顔をしながら覗き込んだ姿勢から元の姿勢に体を戻す。ライアーはその動作を始終確認した後、前に向き直る。
――――もうすぐ屋敷に着く。
␣␣␣ライアーは目的地の終着と同時に自らの先走った考えも、戯れ言も終着させた。
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␣␣␣屋敷の前に2台の、竜者を停める。ライアーが小型の竜2体、ギドラという個体の頭を撫でて餌をやる。コセイは横目でそれを見ながら自宅のリビングへ二人を通そうとすると、
「いや、私一人だけで良いよ」
と、デルフォイが言い放った。
␣␣␣コセイは少し驚いたが、すぐに「分かりました」と言って玄関のドアを開ける。家に居た他の3人は外で待機をしていたためコセイは説明が簡単についた。
␣␣␣コセイはドアを手間に引いてゆっくりと紳士的に開ける。そしてリビングへ入り、そしてデルフォイをソファに腰掛けさせて、自分は向かい側に腰掛ける。いつの間にか中に入ってお茶を沸かしていたアリシアが長テーブルのそれぞれ座っている目の前に湯呑みを置く。
「玉露です。冷めぬうちにお召し上がりください」
「お、玉露か。香りが好きなんだよね」
······何故この世界に玉露というものが存在するのか、そしてアリシアは何処でそんな言葉遣いを覚えたのか突っ込みたいところがとてもあったが(何故ライアーは竜に好かれるのか、等)、それを全て無視して話を進める。
「それでは、今回の件。用件を伺いましょう」
「その前に、だ」
コセイが淡々と司会進行しようとした矢先、声変り途中の青年の声音が話の腰を折る。コセイは眉間にしわを寄せ、まではいかなかったが顔を顰める。デルフォイが肩を竦めながら、悪いねと謝罪する。
「その前に、ちょっと報告させてもらおう」
「······どうぞ」
疑り深く目を据えるコセイ。――――先程の竜車内の目つきよりは優しめであったが。デルフォイがやれやれと言わんばかりの表情を見せ、気にせず話し始める――が、話は一言だった。
「さっきここに来る途中で『邪教会』と接触、戦闘に至った」
「――――!」
␣␣␣コセイは今度は心底驚く。と同時に頭の中で『邪教会』の情報を引っ張り出し、計算を始める。否、ただの考察だ。
␣␣␣······待てよ?『邪教会』は確か少数精鋭の教徒共だったな。だから元々司教クラスしかいないから············。
「それで?撃退してきたと?」
「あぁ、1匹だったからな」
――――考えが追いつかない。精鋭と戦闘になったと言えど2対1ではこの連中の勝利は間違いない。だが、だがどうかんがえても
――――――――無傷じゃないか。
␣␣␣コセイが戦慄している央、デルフォイが今度は淡々と話を進める。
「それでなんだけども、ここで提案がひとつある」
「············なんで······しょう···か」
「手を組まないか?」
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次回、時間遡ります。