第一章vol.3「大臣就任式Ⅰ」
␣␣␣まだ外が明るくならない明朝、コセイは屋敷の玄関の前で大きく伸びをする。コセイの朝はかなり早めで、日本に居た頃の習慣が未だ抜けていない。
軽く準備運動をした後、屋敷前の砂利道を道なりに走り出す。この世界で未だ一度も欠かした事の無いランニングは、コセイの現状の運動能力にも合点がいく。
␣␣␣風を感じながらアスリート顔負けの速度で、地平線に微かに映る街の建物へと向け走る。
――――――――昨夜の会話を思い出しながら。
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␣␣␣屋敷は静かに朝を迎える。早朝の習慣のランニングに出掛けるコセイを抜いて一番早く起き出して来るのは、シーナであった。
␣␣␣ シーナは眠そうな様子も見せず、明け方に届く新聞に目を通す。この世界にも新聞、と呼ばれる物はあるようで日本とは違いひたすら堅苦しい内容の新聞になっているため、一部の博識と役柄上時事を把握しておかなければならない様な人がよく読んでいる。
␣␣␣シーナがコーヒーを片手に新聞に目を通していると、ライアーとアリシアが階段を同時に降りてくる。シーナはリビングに入ってくる2人を見ると
「アリシア、ライアー、おはよう」
と、声をかける
「おはよぅございますぅ」
「おはよう」
␣␣␣2人もそれに答える様に朝の挨拶を返す。アリシアが屋敷を見渡しながら
「コセイさん、久しぶりに帰ってきても朝は走っているんですねぇ」
「あぁ、そうらしい。全くそういう事に関してはついつい尊敬してしまうな」
␣␣␣ アリシアの関心した様な台詞を、同じく関心した様な声音でシーナが返す。コセイのファミリーは皆、コセイは普段自由気ままにも関わらず、やる時にしっかりと仕事をこなし、ランニングを毎朝欠かさずに続けている様を見て、全員関心・尊敬していた。
␣␣␣シーナが立ち上がり、台所で朝食の支度をし始める。アリシアは寝癖のある長髪を撫でながら大きなあくびをする。ライアーはアンダーシャツのような上着を着ると、木製の鉈を片手に玄関に向かう。シーナが玄関で靴を履くライアーに向かって
「ライアー、朝食はどうする」
「あぁ、頼む」
短く返答し、ライアーはそのまま外出をする。
␣␣␣シーナが調理台で火を使う音が聞こえ、アリシアは卵がジュゥッと焼ける音を聞きながら食卓テーブルの椅子に座り、うつ伏せになる。未だ眠そうに目を擦りながら頭を横に倒しシーナを眺め
「コセイさん、昨日すっごくトギマギしてましたねぇ」
「······あぁ、そうだな」
「どぅ、受け止めたんですかね」
「――――――」
暫くの間、シーナがフライパンの上で器用に卵を踊らせ焼いている音以外、沈黙が続く。
その暫く後、玄関のドアが勢い良く開く音が沈黙を破る。
「たっ、だいまー!」
␣␣␣ 元気良く、威勢よくドアを開けたのはコセイだった。その左手には買い物をしたのだろうか、野菜や果物の入った手提げ袋を持っていた。アリシアがその声を聞くやいなや玄関に駆け寄り
「コセイさん、おかぇりなさぁい。あと、おはよぅございますぅ」
「おう、ただいまー。おはよー」
␣␣␣ アリシアと目が会い若干目を逸らし、またアリシアを見て挨拶をするコセイ。アリシアが「持ちますかぁ?」手を差し伸べてくる。コセイはそれを「重くないから大丈夫大丈夫」と言い遠慮をする。そして食卓のテーブルに荷物を降ろしながら
「ライアーは?」
「朝から槍の稽古みたいだ。朝食を頼むと言っていたからすぐ戻ってくるはずだぞ」
␣␣␣コセイが質問をし、それに料理を大体済ませたシーナが返答する。コセイは「そっか」と呟くような声音でリビングのソファに座る。そして一つ、ため息の様に一息吐くと
「なあ二人共。その、なんだ。あの······昨日は、ありがとな」
「「――――」」
␣␣␣ 2人は何も答えない。しかしアリシアはテーブルに突っ伏しながら、シーナは皿をテーブルに置きながら、2人で顔を見合わせ口を歪める。コセイは横目でその2人の様子を眺めながら頬をぽりぽりとかく。アリシアが「ふふふ」と声に出して笑いながら
「どういたしまして、ですよぅ」
その後シーナが鼻で笑い
「そうだ。お互い様というやつだ」
と言って、コセイに微笑みかける。コセイはそれに釣られて思わず頬を緩め、2人に笑いかける。
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␣␣␣ライアーが屋敷に戻ってきて、メグが気だるそうにふぁあとあくびをしながら階段を降りて、最後に躓いて頭から倒れ起き出して来た後、皆で朝食を取った。
␣␣␣早々に騎士団、兵団出身の3人は清掃に着替え、出掛ける。少し遅れるようにコセイとメグの2人は王城へと向かい屋敷をあとにする。
␣␣␣途中から竜車という、現代のタクシーの様な物に乗り込み王都の商店街を2人して見渡す。メグはいつもの盗賊っ子衣装では無く、珍しくおめかしした小さなドレスの様な物を着て、いつも以上に目を輝かせながらきゅっとコセイの手を握りながらキョロキョロしていた。コセイは社畜さながらのスーツにネクタイ姿で頬杖を付きながら竜車の窓から外を眺める。メグが未だキラキラした目でコセイを見ながら
「コセー。きょーは何しに行くの?」
「ん?俺は王国の大臣になるんだよ。王国の為にお仕事するんだ」
「ほえー」とおどけた声を出しながら首を傾げる。メグは今年で10歳になるはずなのだが、妙に抜けている所がある。なのでコセイは心配し、一応側に置いている訳だ。アリシアに昨日、指摘されてしまった矢先いきなりこういう行為にでてしまうのはコセイ自身考えものであった。
「······どうしたもんかなぁ············」
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␣␣␣ 王都東区域。『近衛騎士団』はここ最近治安の悪い東地区の見回りを命じられていた。中心区域と違い人の通りが少ない東地区の薄暗い通りに紅蓮の炎を連想させる真紅の髪を肩の辺りまで伸ばした美女とその細身からも充分なほど鍛え上げられた肉体が分かる茶髪のオールバックの長身の男2人が歩いていた。今日の見回りはシーナとライアーの2人であった。『近衛騎士団』のシンボルマークでもある紋章入りのマントを翻しながらシーナが口を開く
「まったく······。平和だと思っていた王都でも、平和という文字とは程遠い場所があるとはな······」
「そう弱気になるなよ。いつかマスターがこの世界をきっと、変えてくれるだろうさ」
「――――お前······あの言葉を信じていたのか?ライアーは何かコセイに誑し込まれたんじゃないのか?」
そう言ってシーナは口元を歪める。ライアーは表情一つ変えずにシーナの顔を見る。そしてマジマジとその顔見つめる。シーナの顔が笑顔から引きつった顔に変わり口を開く。
「ど、どうした。私の顔に何か付いているのか?」
␣␣␣若干戸惑い気味にライアーに恐る恐る尋ねる。ライアーは「いや」と前置きをして、表情を無から少しだけ笑顔に変えながら
「そういう、意地悪っ子みたいににやける時の顔。本当に可愛いなぁと思って。マスターが惚れるわけだ」
「なっ!?············ぉ······前までアイツみたいなことを言うなぁー!い、い、言うなぁー!」
␣␣␣と、顔を真っ赤に染めながらシーナはライアーに殴りかかる。ライアーは「おっと」と言いながら軽やかにその拳を躱す。とても楽しげなやりとりで、見ていてほのぼのしてしまう様な会話を2人は交わしていた。そんな楽しげに弾んでいた会話は突如終わりを告げようとしていた。
――――――――――――背後の建物の影に隠れていた、1人のフードの人物の乱入で。
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␣␣␣竜車が少し粗めに止まる。その衝撃でコセイの体が少し浮く。そしてそのまま座席から床へと飛び出し、尻もちをつく。竜車の扉が開き竜車の操縦者とでも言うべき人物が「毎度、ありがとうごぜぇやす」とペコペコ頭を下げる。コセイは尻をさすりながら、「よっこらせっ」と立ち上がり、メグはぴょんっと座席から飛び降りると、
「コセー、早く早く」
「まぁそう焦るなって。――なぁおっちゃん、この竜者止まる時どうにかなんないのかね?」
「こればっかりはどうも、あっしも数10年やっている身ですがこの苦情は耐えないんでせぇ······」
「そっか、大変だな······はいじゃ、これ」
「ありがとごぜぇあしたぁー」
␣␣␣ 王城の門の前まで竜車は走らせてもらいお代を払いそそくさと降りる。竜車のおじさんが「ほんじゃあ」と言って坂を下っていくのを見送り、見えなくなった所で振り返り王城を見上げ
「よし······いくか!」
「おー!」
と、拳を2人で握る。
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␣␣␣ 突然後ろから音もなく白いフードを被った人間がライアー目掛けて飛び出してくる。たった2歩で間合いを1mまで縮めて来たそのフードの人間は右手に煌めく銀色の鋭利な物体をチラつかせライアーの首元を目掛けて切り払う。
「!?」
␣␣␣突然の奇襲で若干戦くが、ライアーは刃物らしきものを突き出した右手首を掴み後ろに投げ飛ばす。フードの人間は逆さまに床に落ちる体制になったが即座に体を反転させ、左手で受け身をとる。ライアーはふぅっと一呼吸置いたあと右肩から掛けていた白銀の氷柱を連想させる程、透き通った槍を手に取る。そして斜め後ろにいたシーナにその槍を突き出し預ける。
「······いいのか?」
「ここで使うような事はなるべく避けたい。······あと、恐らく問題は無い」
␣␣␣そう言って腰を低くし構える。
␣␣␣お互い睨み合い、暫く沈黙が流れる。先に近郊を破ったのは白いフードの人物だった。斜め前に跳躍をし、横の建物を蹴りライアーに向かい跳躍をする。ライアーは微動だにせずそのまま立ち尽くしている。動けないのではない、動かなかったのだ。下手に動くよりこの方が楽に対応が出来た。ライアーは突き出された刃物を左足を引き、体を右肩を前にしながら横に向き、無駄なくその攻撃を避ける。そして体ごと自らの横を通るフードの人間の腹落ちを右足で真上に蹴りあげる。フードの人間はぐはっと唾を吐きながら目を開け、驚愕した。
ついさっき自らを蹴り上げた人物が目の前で両手を掲げ、中心で拳を握り合わせ、目の前に居たからだ。
「!?」
␣␣␣ ライアーはそのままうつ伏せで浮いていた白フードの人物を思い切り叩き落とす。接触音がした後すぐにフードの人物は地面に叩きつけられ、その拍子にフードから顔が覗く。その後フードの男はうつ伏せで倒れながら動かなくなった。
――――たった数秒の出来事である。
「ふぅ、手強かったな。かなり」
「相手が聞いたら泣くから辞めてあげな······」
␣␣␣ライアーが額を拭う。しかしその額は、汗一つ、かいていなかった。呆れたようにこめかみを押さえるシーナ。
␣␣␣戦闘は終了に見えた。だが、ライアーは目だけで物陰を目視し、シーナに顔だけ近づけ、できるだけ相手に聞こえないよう、呟くように一言だけ
「シーナ」
と言う。シーナはたった一言を理解し腰に手を当てて「ふっ、大丈夫だ」と言って片足を地面に1回、つま先でタップする。その直後シーナの周りに火の粉が出現し、シーナを包む。『鳳凰の領域』だ。『領域』とは人が生まれつき持っている特殊能力の様なもので、生まれつきに持っている以外にある条件を満たしたり、ほかの『領域』の力で別の『領域』を得たりと色々ある。『鳳凰の領域』は獄炎の鳳凰の力を司る『領域』で、その炎に包まれた生物は、地獄の火に焼かれるか不死鳥の業火に生かされるか『領域』保有者に委ねられる。
突如建物の複数の物陰から火柱が上がる。シーナはそれを肉眼で確認したあと「ふむ」と呟きながら
「3人ってところだな。他に人の気配はない」
「そうみたいだな」
と言い、それにライアーも応じる。
と、2人の戦闘が終了すると、『近衛騎士団』のマントを羽織った別の男が2人に駆け寄る。ライアーは自ら捕らえたフードの男を縛り上げ他の3人も引きずり出しに行く。男がシーナに近寄り声を発する。
「こっちから火の手が上がったが、あれは君の『領域』か?シーナ」
「アーク」
アークと言われた男は質問に答えろと言わんばかりに顔で促してくる。シーナは分かったと肩をすくめて応じ
「ああ、そうだアーク。突然賊がライアーに襲って来てな。それをあいつが素手で抑えた後、残党は私が『領域』で始末したといった感じだな」
␣␣␣ アーク・ウィリアムは「ふむ」と顎に手をやり考え込む仕草をする。シーナはそんなアークを暫く見つめた後、軽くため息を吐きライアーの帰りを待つ。
␣␣␣ しばらく経ってから、ライアーが3人のフードを被った人間を引きずってきた。どのフードの人物も焼け焦げたように黒い煙を出しながら引きずられていた。ライアーが自らが取り押えたフード男の前に残りの3人も放り投げる。重い石が布に包まれたまま地面に投げつけられる様な音がする。シーナが4人のフードをまじまじと見ながら
「どうやらライアーが沈めた男はこの小隊の隊長格みたいなものだったらしい。見てみろ、この男のフードに紫色の線が引いてある」
␣␣␣ そう言われてライアーとアークが、かがみ込んで覗く。するとシーナの言う通り、ライアーの取り押さえた男の肩から腕にかけて2本の紫色の線が伸びていた。アークがその男のストライプをじっと眺めながら「ふむ」と呟くように言葉を吐く。
␣␣␣ ライアーはシーナから銀色の槍を受け取り肩に担ぐ。そして周りを見渡した後、自分の顔をじっと眺めていたシーナと、未だフードのストライプを見つめているアークに向かい
「後処理はどうする?見回りはもう少し続けた方がいいだろうし······」
␣␣␣そう言って肩の上で槍を弾ませながら2人の顔を交互に見るライアー。口を先に開いたのはアークだった。アークは立っていたライアーに目線を合わせるように膝に手をやりながら立ち上がると、若干乾いた下唇を口の内側に引っ込ませ湿らす。そしてその後「そうだな」と一言前置きをして
「見回りは続けよう。後始末は俺が1人でやっておきたいが、経緯を断片的に聞いただけだから詳しく説明は出来る自信が無いな」
そう言って肩をすくめる。ライアーが「そうか」とすぐ返答してシーナを見ながら口を開く。
「シーナ、アークと一緒に行って報告をしてやれ。他にも残党が潜んでいてもこの程度なら俺一人でも問題なさそうだ」
「なっ······。問題なさそうだが、心配だな······」
シーナが嘆くように不安をライアーにぶつける。暫く考えるように唸りながら俯き、それからライアーを真剣な顔で見つめながら
「分かった。だがいつも以上に用心しろ。さっきみたいな状況はいくらでも起こりうるからな」
「――あぁ、分かった。」
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␣␣␣ ジュプト王国王都中心部に大きくそびえ立つ一つの城、ジュピター城。数10メートルはある大きな正門を潜るとそこには赤土レンガで敷き詰められた石絨毯が広がる。
両サイドにはしっかりと手入れされた庭が石の道が伸びた先に幾度と無く広がる。幅が一段と広い中心の道の先に王城の入口が見える。
その入口の扉の前に黒いスーツ姿の青年とヒラヒラなスカートに全身がエメラルド色のドレスを身につけた少女が立っている。青年が髪の毛を手ぐしでときながら咳払いで気合を入れる。
「ん、んん。」
「んん」
␣␣␣それを真似するように少女も咳払いをする。青年コセイがその姿を横目で見た後扉を開けようとした時
「お、やぁ。コセイじゃないか」
␣␣␣突然後ろから声をかけられる。コセイと少女メグはその声で後ろを振り向く。
そこに立っていたのはコセイと近い歳くらいの若い青年であった。その青年は藍色の髪の毛をしていて、前髪を右側を7左側を3の割合に分けていた。
いかにも紳士的な立ち姿をしていた青年は髪を揺らしながら続けるように口を開く。
「久しぶりだね。何故この時期に帰ってきたんだい?」
␣␣␣嫌味のように聞こえるが、実際は別で今の王国はあまり良い環境ではない。そして現状、暗躍している『暗黒心教』のような輩も登場しつつあるため。かなり不穏な空気が流れていた。その青年はその現状を最前線で知らなければならない立場であったため。コセイにこのように問うたのだ。
コセイは「ん。久しぶり」と一言言ってから
「こんな時期だからこそ帰ってきたんだよ。俺、この国で大臣をするんだー」
「最後のだー、が気になるが······。そうか、まぁ君なら適任だろう」
␣␣␣青年が苦笑いをする。と、その青年は隣で首を傾げている少女に気づく。青年は目線を合わせるようにしゃがみこんで頭だけで挨拶をする。
「初めまして、だね?メグちゃんだったかな。私はゼスティリス・ネプトゥーヌスだ。以後お見知りおきを」
␣␣␣メグは未だ首を傾げたまま目の前の青年ゼスティリスを見つめながら「ほぇー」と、赤ん坊みたいな声を上げる。そしてコセイの手を握っていた右手をきゅっとより強く握りしめる。
ゼスティリスは困り顔で立ち上がるとコセイの顔を真顔で見る。コセイは何だとばかりに見つめ返す。するとゼスティリスがふっと肩の力を抜くに鼻で笑い、コセイの肩を軽く叩く。
「それじゃあ僕はこれで。君も頑張ってくれ、コセイ」
「随分と上から目線だな『剣客』さんよ?」
「ははっ。その名前はよしてくれよ」
␣␣␣『剣客』とはゼスティリスの、というかネプトゥーヌス家がそう呼ばれている。『剣客』とは異名の事で剣の使い手と言う意味で用いられ、呼ばれている。ゼスティリスの家系は代々『神剣の領域』という『領域』を受け継ぐ。その『領域』を受け継いだ人間がその代の当主となるのだが、ゼスティリス若いうちにこの『領域』を受け継いだ。と言うのも、先代の『領域』保持者はゼスティリスが生まれてまもなく帰らぬ人となった。―――――――――『暗黒心教』の手によって。
␣␣␣先代から受け継ぐ『領域』というのは、『神剣の領域』だけではない。ライアー・グリザイアのグリザイア家の保持する『一閃の領域』である。どちらの『領域』も体内の魔力を8割身体能力に置換される。ただし『神剣の領域』は剣術の腕も上昇する。先代の剣の腕を『領域』自身が記憶しているらしい。一方、『一閃の領域』は槍の力が吐出する訳では無い。槍の突く動作をする時、任意で強力な範囲攻撃に変化するというおまけがつく。それについては『神剣の領域』も同様の力がある。とにかく『剣客』というのは、先代から続く異名であった。
␣␣␣ ゼスティリスが凄まじい跳躍で王都へと消える。それを見送ったすぐ後、入口の扉が開く。コセイとメグがその音に振り向くと、そこに居たのは金色のひときわ目立つドレスに金髪碧眼の絵に描いたような美女が立っていた。その女性はコセイを見るなり、唇を思わず奪いたくなるその桃色の唇が開かせる。
「あら、コセイじゃない。お久しぶりですね」
「こ、これは王女殿下」
「もう、エレンでいいって言っているのに」
「そ、それではエレン姫で」
␣␣␣その金髪碧眼の女性エレンは「ふふふ、よろしい」と愛らしく笑うと、メグの顔を見るなりメグの頭を優しく撫でながら
「メグちゃん、お久しぶりですね」
「おー久しぶり、エレン」
␣␣␣子供らしい馴れ馴れしい態度でエレンを呼び捨てにするメグ。相変わらずのその親近感に満足したのか笑顔でメグの頭をくしゃくしゃ撫でる。メグが「うー」と少し嫌そうに呻く。
――――が、コセイはその2人のやり取りを見て、悲しくなった。
␣␣␣その2人のやり取りを見ていたコセイは話題を変えるように
「そういえば国王様から聞きましたか?」
「えぇ、聞きましたよコセイ。御国のために務めてくれるそうで」
␣␣␣ 20歳の女性とは思えない優しい敬語で話すエレン。その弾けた笑顔に思わずやられてしまいそうになりながら、コセイは頭を掻きながら話を続ける。
「それで、俺の新任式的なのって」
「いつですか?」と聞こうとしたが被せるようにエレンにこう言われた。
「今日ですよ」
「······えっ?」
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「はっはっはー!いやぁ、すまんすまん!」
「いや、すまんじゃないですよ!何も準備とかしてないんですけど!」
␣␣␣エレンに新任式が今日と唐突に言われて、慌ててゲルニオに確認をとったコセイは、今現在底辺まで落ちこんでいた。というのも新任式と言えば新任の挨拶などがあるためそれなりの準備が必要であった。
␣␣␣ゲルニオと別れた後、コセイは王城の自分専用の作業用個室で新任の挨拶を即席で書く。メグは疲れたのかベットの上でウトウトしていた。コセイが頭を掻きながら良い案はないかと考えていると
「失礼しまーす。コセイさん頑張ってますかー?」
「おぅ、頑張ってるよ〜」
␣␣␣扉をノックして入ってきたアリシアに、空返事で答える。「ほんとぅですかー?」とニヤニヤしながらコセイの近くに寄りながら、コセイの肩を揉んでマッサージをする。
␣␣␣少しした後コセイが「よしっ、出来た······」と後ろに大きく伸びをする。アリシアが後ろに下がりベットにメグの頭を撫でながら何も言わずただニコニコ、コセイを見ていた。
␣␣␣ するとまたも突然ドアがノックされる。コセイは「どうぞー」とノックに対して返答をする。ドアが勢い良く開かれ赤い髪の女性が部屋に入ってくる。
シーナは「いきなりですまないな」と前置きをして紙を何枚か渡してくる。コセイはその紙に目を通して、口を歪めながら「へぇ······」と呟く。シーナが何かおかしな所でもあったのかという顔で書類を覗く。コセイは最後まで目を通した後、両手を頭の後ろで組んで考え込むように斜め上をぼぅっと眺める。シーナが本当にどうしたとばかりに唸っていると、上に賊襲撃の報告を終えたアークがドアをノックして入ってくる。コセイは先程の体制から顔を横に傾けながら
「お、アークじゃん。久しぶりぃ」
「アークさぁん、こんにちはー」
「コセイ久しぶりだな。これはアリシア殿、ご無沙汰しております」
␣␣␣アークの登場で沈黙が溶けたため、遂に痺れを切らしたシーナがコセイに尋ねる。
「なぁコセイ······、何か良い案でも思いついたのか?」
␣␣␣シーナが恐る恐る心配そうに尋ねる。シーナの言っている案というのは演説内容の事であっただろうが、コセイはおそらく考えている事は全く違うのであった。
␣␣␣コセイはシーナに向かい「ふっ」と笑うと、腰に手をやり企み顔でにやける。
「あぁ······すっげぇいい案をな」
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␣␣␣太陽が丁度真上に上る真昼時、王城のある高台の前に広がる大きな広場で、新任式の会場が着々と準備されていた。広場には大勢の人が賑わい、その周りを『王国兵団』が取り囲んで警備をしている。その中にはローブ姿のアリシアも居た。
␣␣␣ざわざわしていた会場が突如スッと静寂に包まれる。そして観衆は正面の壇上に視線が一斉に集まる。
␣␣␣ その数秒後、金髪碧眼の女性がドレスをたなびかせ壇上横の階段を上り正面の音拡張魔石で出来たマイクらしきものの置かれた机の前に来ると観衆から盛大な拍手が湧く。その拍手に答えるように一礼すると、右手を指先を揃えたまま心臓あたりにすっと突き出す。すると、拍手が一瞬で止む。
「ごきげんよう皆様、今日はお忙しい所お集まりいただきありがとうございました」
␣␣␣そう言ってエレンは先程より浅めに礼をする。言動一つ一つに人々は美しさを覚え、息を呑んで見蕩れてしまう。
␣␣␣ エレンは若干前屈みになりながらマイクに口を近づけ、にこやかに笑いながら口を開く。
「今日はこのジュプト王国に、新たに国務大臣が誕生しました」
␣␣␣観衆が若干ざわつく。「本当に信用出来るのか?」や「国務大臣ってなんぞや?」などと言った様々な声が聞こえる。
␣␣␣しかしエレンが「おほん」と一つ咳払いをすると、また静寂に戻る。
␣␣␣ エレンは静かになったことを確認した後、「それでは」と言って先程自分が上がってきた方に右手を出し
「立候補と言えど、我が王国でとても信用の高い方です。それでは挨拶をして頂きましょう」
と言う。観衆は一斉に階段の方を見る。そこには、黒スーツの金髪の青年であった。
␣␣␣その時一瞬エレンはまたざわつくのではないかと思う。自らと同じ王族の血を継ぐ象徴であった、金髪の髪の毛をした彼が民衆にはきっと、新たな王族の一族と思われてしまうと。
␣␣␣しかし、その後エレンは民衆を見て驚愕した。
␣␣␣ 民衆は――――静かだった。しかも妙に納得した様な顔をした人々も見られる。エレンは確信した。
␣␣␣これがサナダ コセイがこの王都で培ってきた信頼なのだ、と。
␣␣␣1年失踪して行方をくらまし、人々を不安にさせ、唐突に帰ってきた。そしてその数日後の新任式であったのに、人々は反論をする気配すら見えない。それがただただ、エレンにとって驚きであった。
␣␣␣ コセイが正面に立つ。マイクの前で「あ、あー」と先程エレンが話して異常がなかったというのにマイクテストをする。そして、「えー」と声を出してから新任の挨拶をする。
「この度、国務大臣として立候補させていただいた、サナダコセイです。······皆様は私を知っておられるでしょうが、力の限りを尽くすので、優しく見守っていただくと、嬉しいです。······よろしくおね」
「堅っ、苦しいなぁ!もうちょっとお前らしく喋れよ!」
――――――――それは何処からか聞こえた罵声。
しかしその空気の読まない一言が、民衆を湧かせた。
「そうだ!堅苦しいぞ!」
「もっと楽に話せよ!」
「いつも通りにやれ!」
␣␣␣それは罵声なのか声援なのかもう何なのか分からない民衆達の言葉。しかしエレンはこれは王都の住人達流の、声援なのだと思った。
␣␣␣コセイは、「えー······」と困り顔で頬をかくと、口を歪める。そして観衆を一通り見渡し、息を吸うと
「――――――よろしく!お前ら!」
␣␣␣観衆はどっと湧く。今まで以上、エレンが入場してきた以上に。エレンは思わず尊敬してしまいそうになった。
エレンはここまで人の心を動かせる人は見たことがなかった。そして俯き微笑みながら、コセイと入れ替わりで机の前に立った。
――――――――その時、
␣␣␣ 魔力が少し高まる反応があった。上等の魔導士すらも極めて感じ取るのが難しい程の僅かな反応であったが、この広場の何人かが反応に気づく。
――――だがしかし、遅かった。
「―――――――――!」
氷の刃が一直線へ矢の様に飛んで行く。
――――――――エレンの心臓に向けて。
長文で申し訳ないです。
次回から本編、開始です。