第一章vol.1「大臣就任」
␣␣␣冬明けの春、日が丁度真上を通過する時間帯。ジュプトという名の巨大な王国の周辺地区、王都と呼ばれるそこは今、沢山の人で賑わっていた。夜中と違い大勢の人が街道を行き来している中で、金髪の男が少しだけふらつきながらだらしない顔で歩いていた。
「うぇえ······人に酔ったぁ······こういうの無理だわぁ······」
␣␣␣青白い顔をしながら下を少し突き出しながら、かなり気分を悪そうにしながらも周りを見渡す。
「あれからもう1年たってるのかぁ。王都に来るのも久しぶりだからなぁ······おぇ」
␣␣␣彼は嘔吐しそうになりながらもかつての自分が仕える身として住み着いたこの町を懐かしむ。
「あいつら元気にしてっかな。一応俺失踪扱いらしいし、もう忘れられてたりしてなっ。はははっ······」
「············笑えね」
␣␣␣王都とその周辺の都市は人口密度が非常に高く、昼間であればもはや個々人の判別がつきにくいほどの人で溢れかえる。しかも大通りでは各所で所々に露天商や武器商人などといった冒険者用品、生活用品店の店主達の売り込みなどのの声によって音の認識すらもし難くなっていた。ゆえに、普通の声はもちろん物音・足音ですら聞き取れない。――――――――――――――――彼に近づいてくる足音も。
「コセイさぁああん!!!」
␣␣␣高く透き通り、それでいて少し甘えるような可愛らしい声音は、コセイと呼ばれたその男に向かってものすごい勢いで近づいてきた。咄嗟に状況を把握したコセイは左足に力を込め、後ろにステップするように軽く跳躍する。
「ぐぇ!」
␣␣␣蛙を踏みつけたような声を上げ、赤紫色のローブを身に纏い薄灰色の長髪を腰まで伸ばした女性はヘットスライディングのように飛びついてきた体勢のまま石造りの地面へ飛び込む。そして、その体勢のまましばらく動かなくなる。
「うぅぅ······なんで避けるんですか」
「本能」
「本能で避けないでくださいよ!意味わからないです!」
␣␣␣顔面から飛び込んだのか、未だ両手で鼻を覆い若干目尻に涙を貯めながらローブの女性が起き上がる。その女性に頬を掻きながらコセイが手を差し伸べる。
「ほれ」
「あっ、ありがとうございますぅ」
␣␣␣差し伸べられた手を拒むことなく掴み、ローブの女性は立ち上がる。立ち上がった後でローブに付いた土を両手で払いながらコセイの正面へ向き直る。
「それでは改めましてぇ。おかえりなさい!我がファミリーのマスター、サナダコセイさん!」
「おう、久しぶりだな。アリシア」
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「ねぇねぇコセイさん。さっきはほんとぅに、本能で避けたんですかー?嘘ですよねぇ?嘘だと言ってくださいよぉ」
「口説いなぁ、本能って言ってるだろうに」
「いや、久しぶりの感動の再開にまさか避けられるとは思いませんでしたので······」
␣␣␣先程の感動の再会、かどうかは分からないがともかく再会の後、2人は大通りの端あたりを肩を並べて歩いていた。
アリシアと呼ばれたこの女性はコセイが1年前、勝手に立ち上げた自らのファミリーの1人である。アリシアはジュプト王国での職柄は、『王国兵団』の魔法部隊隊長である。『王国兵団』とは王城近辺の護衛、ではなく王都その他周辺都市の事件事故の収拾または帝国その他侵略者への都市防衛が主な役目である。その兵団の魔法部隊隊長であるアリシアな訳だが、隊長を任されるだけあって魔法の実力は凄まじい程であった。単独戦力で国一つを降伏まで追い詰められるほどの実力があるとされ、王国も彼女を国の重要な戦争戦力の一員と正式に表明している。
「それで、他の皆は屋敷にいるのか?」
「ほぇ、あーいえ。皆さん、特に『近衛騎士団』のお二人は夕方までお仕事らしいですよぉ。何でも最近治安が悪いとかなんとか。後はメグちゃんはいつもの酒場にいると思いますよー」
「そうか」
␣␣␣そう言ってコセイが顎に手をやり、何かを考えるような仕草をする。アリシアが何事かと割り込んで話しかける。
「何か急ぎのよぅですかー?」
「ん······あ、いや。その······あれだ、俺って1年間勝手にファミリーなんてもん作り上げて勝手に失踪しちまっただろう?」
「えぇ」
「だから······許してもらえるかは知らないけど、一応皆に謝っておいた方が良いと思ってな」
「皆さん夜には帰ると思いますけど、夜も用事があるみたいな言い草ですねぇ」
「あぁ」
コセイは顔の表情を変えずに顎から手を離すと
「夜は私用で城に出向くからな。でも、どうしたもんかな」
と、コセイが考えていると横からふふっと笑う声が聞こえ、思わず振り向く。見るとアリシアが口を片手で隠しながらくすくす笑っていた。そして見つめるコセイに顔を向け、口を未だに歪めながら
「そんな事気にすることないですよぉ。皆さん、特に私なんかはコセイさんに付いていきたいからファミリーという形で同意してるわけなんですから。それに、コセイさんのワガママは今に始まったことではないですからぁ」
「そういうもんかな」
「そういうもんですよーぉ」
そう言いながら進行方向に、顔を真っ直ぐ向け歩くアリシアコセイは戸惑いを隠せない。少しだけ足取りが遅れたコセイは頬を掻きながらアリシアに歩く速さを合わせ、また肩を並べる。
「そう思われてるのは嬉しいがやっぱり後で謝っておきたいな。俺の気が晴れねぇ」
「そぅですかー」
未だ口を歪めてるアリシアを横目で見ながら、コセイは話を変える。
「じゃあとにかく、今は屋敷に戻ろうかな。メグが少しだけ心配だが、あいつももう大人だろうしな、暗くなる前に帰ってくるだろう」
「そんな事言っちゃってぇ。ほんとーは心配なんじゃないんですかー?」
「ん?どういう――」
「ほらぁ、よく見てくださいよぉ」
␣␣␣コセイはそう言われ歩く道を見る。そしてその後すぐに、しまったと思う。今歩いている道は、人の賑わう大通りではなく、その大通りから横にそれた暗く細長い一本道であったからだ。一本道であるため、この先には一つだけ行き止まり代わりに一つだけ店があるだっけだったからだ。
「この先は盗賊ギルドさんの集まる酒場。コセイさんも、なんだかんだでまだメグちゃんをすっごーく心配してたんですねぇ。コセイさんってもしかしてツンデレなんですか?」
そう言われた直後アリシアは両腕をコセイに掴まれ、思い切り真上に投げ飛ばされた。
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␣␣␣その店は西洋のアメリカのカウボーイなどがよく通う酒場のような場所であった。扉が胸から膝上の当たりと小さく、手前に押すと古めかしい軋んだ音を奏でながらゆっくりと開き手を離すと元の位置に戻る。
「ご注文は何にするよ」
「俺んとこの可愛いうさぎを一匹」
␣␣␣入った後にすぐに店主であろう大柄なタンクトップを着た男が話し掛け、コセイがそれに即答をする。店のカウンターの一番近い丸テーブルの席に細身にも関わらず筋肉質の若い男と一緒に居た黒い髪の毛を後ろで縛り、ポニーテールの小さな少女が振り返り、コセイの元へと駆け出す。
「コセー!!」
␣␣␣コセイの名を読んだ少女が目を輝かせながら彼の胸元へ飛びつこうとする、が
「はいメグちゃん残ねぇーん!相変わらず可愛らしいですねぇ!」
␣␣␣コセイの隣に居た店に入った時から荒い息を上げ顔を赤くしていて、こいつさっきぶん投げられた時に当たりどころ急所だったんじゃねえかと思えた女が少女をキャッチする。キャッチされた少女は女に思い切り抱きしめられ、大きな胸に埋め込まれる。
「アリシア。程々にな」
「ぐへへへへへへへへへへ」
「うぅ·····くるじい·········」
␣␣␣メグと呼ばれた少女は胸に顔を押さえつけられ、じたばたともがいている。コセイは歩きながらカウンターに腰掛け大柄の男と拳を付き合い挨拶を交わす。
「久しぶりだなぁ、コセイ!元気してたかぁ!」
「あぁ、メグが世話になったな。てんちょ」
␣␣␣2人は笑い、店長の男は氷に薄茶色の液体を注ぎカウンターに出す。それをコセイは一息で飲み、ふっと息を吐くと、コップを置き丸テーブルに座っている男に体を向け、声をかける。
「久しぶりですね。団長」
「団長はよしてくれ。コセイ」
␣␣␣団長と呼ばれた細柄の彼は椅子の背もたれに肘を乗せながら振り返る。細柄の男はドクスと言い、盗賊ギルドの団長としてたくさんの盗賊を従えている。――――表向きは。
␣␣␣コセイは3年ほど前にここのギルドにお世話になっていたため、ある程度の顔馴染みがギルド内にいた。
「君がここに来たのはメグを連れ戻しに来た、という訳ではないのだろう?一等兵」
␣␣␣コセイはお手上げの仕草をして、少し息を吐く。ドクスは的確にコセイの目的を理解し口を歪ませながら質問をした。事実、コセイには報告と目的があってここに来ていたのだ。勿論メグが心配であったかことも否定出来ないが。
「少し報告をしたいことがありましてね。それに先立ちギルドの皆さん、特にドクスさんには話しておきたくて」
「まずは報告の方を聞こうか」
␣␣␣真剣な表情でドクスが耳を傾け、話の続きを促す。コセイは一呼吸置き、息を吸いこみながら
「それじゃあまずは報告を。つい先日ジュプトの王様から通知が来ましてね。2年前の事で礼をしたいのじゃが、何か欲しいもの・したい事は無いかねという話だったんですが」
――――――――――――もう一度、息を吸い込み。
「大臣職に就きたい、と言った次第でして」
␣␣␣と言いながらコセイは、悪戯な表情で笑う。
――――まるで何か企んでいるかの様に。
サナダコセイの5年間の経過の物語は話の都合上、番外編として後々書いていきたいです。
もう作ってあるので♪