あれとそれ
私は、祖父母の会話に憧れていた。
小さいころは、優しい祖父母によく遊んでもらっていて、私が成長するのに比例すかのるように、小さくなっていった。祖父は、私の名前をよく忘れた。弟の名前は憶えていられるのに、なぜ私だけ、と思っていたが女ばかりの家系に生まれた男だからこそなのだと、今なら理解ができる。祖父母が二人で話をしているところは見たことがなかった。だからこそなのか、家が近いことも、両親が共働きだということもあり、高校に上がっても、暇があれば、祖父母のところへと遊びに行っていた。祖父が何も言わなくても、タイミングを見計らったように茶菓子を出す祖母に一度だけ聞いたことがある。
「おじいちゃんのことなら何でもわかるの?」
すると祖母は、優しく微笑んで、祖父に聞こえないように
「何もわからないわ。何も言わないんだもの」
と言った。しかし、祖父が文句を言っているところも見たことがなかった。何十年も一緒にいると何でもわかってしまうようになると思っていたので、祖母の言葉の衝撃は大きかった。しかし、祖母は、祖父のお茶を切らすことなく注ぐ。お菓子も、祖父が好きなものが机に並んでいる。私がいないとき、どんな会話をしているのか気になってしかたがなかった。
「おじいちゃんはおばあちゃんのどこが好き?」
祖母が夕食の準備を始めたので、聞いてみた。祖父は、読みかけの新聞を机に置き、メガネを外した。
「お前は、たまに突拍子もない質問をしてくるな」
祖父は、少しうれしそうに私を見た。
「思春期だから」
と歯を見せて笑って見せると、祖父は、ふっと鼻で笑って、頭を掻いた。
「もう忘れた」
そう言って、祖父はまた新聞を持ち直してしまった。私は、もうと短く言って頬を膨らませてみたが、祖父にこれ以上踏み込めないような気がした。
それからしばらくして、テスト期間も終え、ようやく祖父母のところへ出向くことができた。めずらしく、家には祖母しかいなかった。
「おじいちゃんは?」
「今日は病院よ」
おばあちゃんがそう言ってキッチンに行くと、ミキサーの音が響き渡った。そして、ニコニコとしながら、クリーム色の液体が入ったコップを二つ持ってきた。
「おじいちゃんがいると、ミキサー使えないからね」
ありがとうと言って受けとり、一口のむと、程よい甘さのバナナジュースだった。おばあちゃんの好物だと、母に聞いたことはあったが、実際に飲んだのは初めてで、あまりにも美味しくて、一気に飲んでしまった。
「そういえば、みくちゃん。好きな人でもできたの?」
祖母は、ゆっくり味わいながらバナナジュースを一口ずつ飲んでいた。
「どうして?」
祖母からの突然の一言に、思わずコップを机に叩き付けてしまった。
「おじいさんがね。珍しく話すもんだから」
祖母は、クスクスと笑いながらつづけた。
「みくに恋愛相談をされたって動揺してたよ」
「ちがうよ! あれは、ちょっと気になったからで」
そう弁解すると、祖母は、優しく笑いながら、ありがとうと言った。
「おじいさんがね、本当に珍しくいつもありがとうなんて言うものだから。私びっくりしちゃった」
「いつもは言わないの?」
「いつもは、んとか、あれだのそれだのよ」
少し祖父の真似をしながら言う祖母がかわいくも感じた。
「でもそれでわかってしまうんだもんね」
私も思わず笑みがこぼれてしまう。なんてない日々の中で、いくら年を取っても、幸せは転がっているものなのかと改めて感じることができた。そして、いつまでも恋愛しているような祖父母に憧れも、誇りも感じた。改めて、こんな夫婦になれるような相手がほしいと感じた。
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