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「雪苑様。宜しいでしょうか」


雪靉宮の敷地内にある、東屋で書き物をしていた雪苑の元に、大花が現れた。一体何事だろうか。口ぶりがいつも落ち着いている彼女らしくない。


「どうかしたの?」


「鄭賢妃が宮までお越しになっています! 何やら、話しがあると」


「鄭賢妃が……!?」


賢妃。

皇后に次ぐ地位であるとされる、四夫人の、4番目の位。

余程身分が高く、それでいて皇帝の子を成した程の功績をもたなくてはあがることの出来ない身分。


子を為さずに、九嬪の最下位である充媛から賢妃まで成り上がったという彼女。淑妃、徳妃の皇后位争いに興味も示さずに暗黙を貫いていた彼女。宮廷の行事にも姿を現さずに、雪苑の入内宣旨の時ですら顔を出さなかった彼女が。


「来たというの……!?」


「はい。房室へと通しても宜しいですか?」


「勿論よ。今すぐ行くわ」


鄭賢妃は、謎の多い人物である。

彼女は、あの徳妃の出身国である李国に、皇帝の姪として生まれ、13の時に後宮に上がった。つまりは徳妃の従姉妹である。そして現在、雪苑と同い年であるという。


……そして彼女は、雪苑が入内する直前まで義龍が通いつめていた珖繧宮の主である。つまり、おおよそ、2ヶ月ほど前は義龍の寵姫といっても過言ではない存在であった彼女が、雪苑の存在を恨み、何らかの形で危害を加えようとしているのかもしれない。





「貴妃様に御挨拶申し上げます」


急ぎ戻った雪苑の前に艶やかな笑みを浮かべる彼女は、とても美しかった。婀娜っぽい、というのだろうか。見ているこちらがどきどきとしてしまうような雰囲気を纏っている。


「面をおあげ下さい。ようこそおいでくださいました、鄭賢妃様」


「こちらこそ、お招きいただいたわけでもありませんのに勝手に押し掛けてしまい……ご迷惑でしたら申し訳ございません」


と、頭を下げようとする彼女に、雪苑は慌てて首をふる。

他国の姫である彼女に、敬意を払うべきなのはこちらである。実際の後宮内での身分はこの際別として。


「そして、貴妃様。わたくしなどに様などお付けにならぬよう。貴方様はこの後宮の頂点でいらっしゃるのですから」


「わかりました……。では賢妃。改めて用件をお伺いしても?」


「えぇ、勿論にございます」


真っ赤に彩られた唇を薄らと開いて笑う彼女。

その美しさにすら、少し恐ろしいと感じてしまう。


「実はわたくし、この頃体調が優れず。貴妃様の入内宣旨にも顔を出し祝うことのできなかったこと、大変心苦しく思っておりました。改めて、お祝い申し上げます」


長々と述べる賢妃に、雪苑は驚く。

少なくとも、いきなり敵意を剥き出しにしてきた淑妃や徳妃よりも好印象を受ける。


「賢妃……わたくしのような若輩者に、そのようなお言葉……ありがとう存じます」


「貴妃様はご存知ないかもしれませんが、わたくしたち、同い年ですのよ。遠慮など要りませんわ。……そして、貴妃様」


「何でしょう」


笑みを潜め、真剣な顔付きになった賢妃に、少々緊張しながら雪苑は答える。嫌味の一つでも言われるのだろうか。


「関羌瘣という名に、聞き覚えは御座いますか」


……関羌瘣。

まだ自分の年齢が十にも満たなかった頃。

生まれたばかりの弟に母を取られ、家族に対して少し反発的だった頃。遊び相手として両親が連れてきた、同い年の侍女。

――――――1年足らずで、居なくなってしまった、わたくしの友達。


「わたくしの、大切な友達よ」


賢妃の端正な顔立ちが驚愕に染まるのを雪苑は見て取った。

しかし、彼女はどんな表情をしていても美しい。

その美しさが純粋なものであるか、あるいは禍々しいものなのかはまだわからないが。


「賢妃。何故、貴方が、彼女のことを……?」


「貴妃様。わたくしの名は鄭羌瘣。母方の姓を関と申します」


「……今、何と申した?」


この時の事を後に雪苑は賢妃、改め羌瘣に対してこう語っている。あの時は自分の耳と、貴方の滑舌。その両方を疑ったものだわ、と。


「雪苑様。覚えておいででしょうか。この羌瘣のことを」


「羌瘣!? 本当に、羌瘣なのね……!」


驚いた。

まず、突如自分の前から姿を消した彼女と、こうしてここで再会を果たせたこと。そして彼女が後宮内において特別な立場にあること。


「驚いたわ……! 昔から美しい娘であったけれど、6年も経つとこうも変わるのね。とても綺麗よ、羌瘣」


「何を仰いますか。わたくしは、初めて一目拝見した時から、貴方様よりも美しい方はいないと思っておりますのに」


二人の言い分はどちらも正しい。

要するに、その美しいの種類が異なっているだけで結果的にどちらも美しいのである。

羌瘣の美しさはどちらかと言うと年相応には見えない……妖艶な美しさ、とでも言えば良いだろうか。そして雪苑は、見ているこちらが甘酸っぱい気持ちになるような、そういう瑞々しい美しさである。


「差し支えなければあの頃から今に至るまでを話してくれるかしら」


何故、彼女が自分の元を去ることになってしまったのか。

そして、どうしてここに居るのか。


「勿論でございます。少々長くなりますが、よろしゅうございますか?」


「えぇ」



彼女の存在が後宮内で謎とされているのだから、恐らく彼女がこれから語ることは自分以外は知らないことだろう……皇帝は例外として。


皇帝は何かしら打算が無ければ動かない男である、ということを雪苑は良く知っている。そのため、その結論に至るまでは至って単純かつ安直な、道のりとはいえない道のりであった。



「……雪苑様」


「何?」


「やはり、わたくしのくちから語るのは辞めておきます」


「……わかったわ」



それは、羌瘣の育ての父母の死に関わっているからだろうか。

いや、きっとそうである。

なら、もう自分は無粋なことは言わないようにしよう。




「そうねぇ、羌瘣。お茶でもいかが?」


「是非に」




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