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本日2話目更新です。

最近サボり気味で申し訳ない……(^ω^;);););)

「それで? 黎昭儀の具合はどうなのかしら」


「酷い熱に魘され続けているそうです。ここ2週間程食べ物が喉に通らず、それを心配なさった陛下が医者をお呼びになり……妊娠が発覚したようです」


「侍医によれば生まれ月は3月になるかと」


大花に続いて、月琴が告げる。


3月。ということは、八月後か。

それにしても久しぶりの御子である。

最後に生まれたのが淑妃の娘の江燕で、現在3歳。

長男、長女、次女までが立て続けに生まれていたことからそう感じるのだろうか。


位を継ぐことが可能な皇子が生まれたためにもう子は要らないのだろうな、と思っていたがそうではなかったようだ。

まぁ、この国は周辺国に比べて医療が未発達であるし、あまり考えたくはないが子供が成人するまでに夭折することなど少なくはないのだ。



「お労しいわ……。後で見舞いの使いをやりましょう」


黎昭儀は、黎中郎将……要するに軍のお偉いさんの娘である。

彼女の母は身分が低く、側室になることすら叶わなかったことから最初、後宮内では黎昭儀自身の地位も低く見られがちであった。実際、高官の娘であるにも関わらず彼女が最初に賜った位は才人……二十七世婦である。


「黎昭儀の容態ですが、熱が一向に下がりません。もしかすると、近頃城下で流行っているという流行り病ではないか、と。お腹の中にいらっしゃる御子のことも考え、黎昭儀の宮は清潔を保つように、と陛下直々にお命じになりました」


「そのため、黎昭儀の宮には現在彼女と彼女の乳姉妹しか入れないとか」


「そう……ならお見舞いは後日にしましょう」


「そうなさるのが良いかと」


大花が不安げに瞳を揺らす。

理由は至極簡単。もうまもなく彼女の妊娠が後宮にいる全ての妃嬪に正式に知らされる。恐らく、淑妃、徳妃あたりが何か動きを見せるに違いない。もしかすると皇帝の現在の寵姫である雪苑にも火の粉が降り注ぐかも知れない。


「それにしても心配だわ。お腹の御子の為にも昭儀には栄養をきちんと付けて頂かないと」


後で料理人に滋養のある食べ物を作ってもらおうか。

なんて雪苑がかんがえていると、


「……雪苑様はきっと、皇后に相応しいお方なのでしょうね」


「……それは、どうして?」


大花が呟くように言ったその一言を、雪苑は聞き逃さなかった。

何を疑問に思うことがあるのだろうか、というような表情で大花が再び口を開く。


「ご自身ではなく他の方がお産みになる御子と、その母君を労り……。御寵愛をご自身だけのものにしようとせず、平等に接する。これは中々出来るものではなく、まさに国の母となる方に相応しい素養」


「……それはきっと、」


自分が、義龍のことを愛していないからだ。

彼のことを愛してしまえば、きっと彼の子の母である淑妃、徳妃、そして黎昭儀のことを自分は憎んでしまうだろう。嫉妬に心が歪み、そしてまたそんな醜い自分に絶望するのだろう。

そして、義龍には恐らくその気がなく、雪苑にもないがもし、自分が彼の子を授かったら。


きっと自分は、他の子と、自分の子を分け隔てなく愛することは出来ないだろう。つまりは、そういう人間なのだ。



「違う。違うのよ、大花」


「……雪苑様」


「わたくしは、そんな人間ではない。わたくし自身もまだ知らない一面があり、それを貴方達が知る時は、きっとわたくしに絶望する時よ」


人間、最初に過度な期待をしてしまうと後からくる絶望感というものは倍に膨れ上がる。皇后に相応しいだのと言われてしまったのだから尚更。



「貴方達には言っておかないとね」


「……なんでございましょう」


3人の女官と、1人の侍女が改めて居住まいを正す。

彼女達の顔には、焦燥と不安が浮かんでいた。


「わたくしには、あの方を愛する気などない。愛そうとすら思わない、いや、思えない。それはわたくしがあまりにも未熟だから。そして、いつまでも過去を引き摺っているから」


「雪苑様、それは……!」


「若青には、昔言ったことがあったわね。わたくし、昔陛下の兄君……前皇太子殿下のことが好きだったの。初恋だったわ」


大花が息を呑む音が聞こえた。

それほどまでに、衝撃的な事だったのであろう。

主が、夫君を愛せない理由。それは、昔の恋が忘れられないから。


「義龍のこと、好きになれるかな、って思った。だけどね、幼なじみだから。幼い頃から一緒に過ごした彼相手には、友情よりも大きな感情が私の中に生まれた。でも、それは兄に対する家族愛のようなもので」


口調を崩し、語りながら、案外自分て淡泊なんだな、と思った。

呆れるほどに、義龍に対する気持ちが家族以外のなにものでもない。皇帝を幼なじみとしか、兄としか見れない自分は宮女失格だろう。



「今まで二ヶ月間、わたくしに親身に仕えてくれた貴方達。そしてこれからもわたくしの支えになってくれるであろう貴方達には真実を話すわ。わたくしには、皇后になる資格など、ない」



何故ならば、皇帝となった彼を、愛することが出来ないから。

彼は、皇帝という立場上、より多くの御子、とくに男児をもうけるという義務がある。きっと彼がその相手に選ぶのは、純粋に心から愛している相手か、それともどうやったって道具としか見れない、何の感情も抱いていない相手だろう。そしてその相手に、後者を選んでしまった彼は、もう愛する人と子を作ることはないだろう。


「義龍はね、昔から人を、大切にする人だった。自分を愛し、自分が愛する相手は、絶対に傷つけない人なの。以前、彼は淑妃のことが嫌いだと言っていたわ。それは、特別な感情を抱いていない相手と無機的な愛で子を作ってしまった。という事実を伴う。きっとこの先、彼に愛すべき存在が出来た時、障害となる」


「何となく……分かる気がします。わたくしなど、少しでも他の女の匂いがする殿方は、いくら愛している人でも無理だと感じてしまうのです」


燐が俯きながら答える。

微かに嗚咽が漏れ聞こえてくる。

泣いているのだろうか?


「わたくしも昔、叶わぬ恋を致しました……。彼には妻子が既に居て。それを知った時、わたくしは絶望しました。そして、1度でいいから想い人に、一途に愛されたいと」


「そう……」


「それから1年ほど、引きずりましたが、ある時唐突に気がついたのです。無駄な恋など、想いなど、ないのだと」


「無駄な想いは、ない……」


「はい。例え、叶わなかったとしても、それを糧に、また進んで行けばいい。ただ、それだけなのです」


燐が顔を上げる。

頬には涙が光っていたが、反対に、表情は非常に晴れ晴れとしたものだった。


「因みにわたくしの初恋、そしてその失恋のお相手は馮王太子殿下で御座います」


「……え、」


「えぇ、そうです。雪苑様の兄君でらっしゃる、殿下でございます」


「えぇっ!?」


これには驚いた。

雪苑の同母兄、清喜は現在父の跡継ぎとして王太子となっている。


「あの頃、わたくしは、16で。殿下はまだ、一介の王子でいらっしゃいました。母が経営する小さな布屋にお忍びでいらっしゃって」


ということは今から何年前のことだろうか。

燐の背丈や時折見せる無邪気さを見るに、その頃は清喜の妻、媛媛が第4子を出産した頃ではないだろうか。


「素敵な布だね、と褒めてくださって。それからちょくちょく通ってくださるようになったのです」


「兄上が……」


「ある時、殿下はわたくしの店の中で、1番高価だったそれはそれは綺麗な女物の布をお求めになりました。私は尋ねました。どなたかへのお土産ですか、と」


燐の表情が曇る。

せっかく涙が止まったのに、また泣きそうな表情になる。


「殿下はこう仰いました……。妻が懐妊したから、と」


当時のことを思い出したのだろう。

きっ、と強く唇を結んだ燐は悲しそうな顔で微笑んだ。


「今では、もう色褪せかけたただの思い出です」


「でも貴方の哲学では無駄な恋はないのでしょう?」


「はい、そうです。あの時のわたくしは殿下に想いを告げることは出来ませんでした。妻子がいらっしゃると聞いたと同時に殿下の素性を知り、あまりにも恐れ多くて。ですからわたくしの後悔は想いを告げれなかったこと。それを、次の恋に生かすのです」


「叶わなくても学ぶことはできる、か」


「そうでございます。もう八年前の事で御座いますが……未だに、」


「ちょっと待って!」


「……なんでございましょう?」


「八年前ってことは燐、あんた24歳なの!?」


「えぇ、そうですよ。まぁ、この外見ですので最初は皆様驚かれますけども」


そんなにわたくしは幼いですか、と言外に尋ねられドキリとする。そんなことはない。ただ、纏っている雰囲気が無邪気なだけだ。良い意味で。


「……若々しい、ってことよ」


「だと嬉しいんですけどねぇ……」


ふんわりと笑う燐は、やはり少女にしか見えない。

よくよく考えれば燐の知識量は少女のものでなかった、と気づく雪苑だった。



「もう結婚は諦めていますけども、女は恋する生き物ですから」


「あら、燐さん。まだまだ大丈夫ですよ。だってわたくしの母が父と結婚したのは27の時ですもの」


この国の結婚適齢期は15、6歳である。

実際、雪苑は16であるし。


「そうなの?月琴さん」


「そして初産……わたくしを生んだのは31の時です」


30を過ぎれば、もう孫がいても可笑しくない年齢であるため、月琴の母は非常に特異であると言えよう。というかその年齢で子を授かったのは奇跡と言えようか。勿論、30を過ぎても出産する人は少なくはないが、それは専ら多産な奥さんが10人目だとかを生んだ時の例である。


「あら、じゃあわたくしにもまだ希望はあるってことかしら」



ふふふ、と微笑む燐の表情は、やっぱり少女そのものであった。



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