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雪苑が後宮に入ってから二ヶ月が過ぎようとしていた。

侍女長で、乳姉妹でもある若青を伴い、後宮内にある庭園へ向かおうとしていたところ。



「あら、貴妃様。ご機嫌麗しゅう」


「淑妃……ご機嫌麗しゅう」


淑妃のあまりにも高圧的な態度にうっかり様を付けそうになりながら雪苑は頭を下げた。淑妃は隣に息子である第一皇子、但を伴っている。こちらは淑妃の子供とは思えぬほどぼんやりとした様子だ。まだ幼い、というのもあるかもしれないが。


「聞きましたわ、陛下が毎夜お渡りになられてること。お子をお生みあそばすのもそう遠くはない、と侍女たちが騒いでましたわ」


「まぁ……勿体無いお言葉です、わたくしには」


確かに近頃皇帝は毎夜と言ってもいいほど、雪苑の宮に通っている。だが、そういったことは一切なく、することと言ったらたわいの無いことを話し、寝るだけである。もちろん、純粋な意味で。要するに風避けだ。


「ご謙遜なさらず。陛下とはお小さい頃からの仲だとか」


ねっとりとした言い回しで言う淑妃に、うすら寒いものを感じながら雪苑は頷く。

もう出回っているのか。自分たちのなれそめが。


「羨ましゅうございますわ。たまたま王家に生まれついたおかげで陛下と近しい仲になれるとは」


背後に控える若青が無言で怒気を発するのを感じた。

無礼極まりない淑妃の態度だが、彼女が第一皇子を伴っている以上、あまり下手な対応は出来ないのである。


「わたくし、残念ですの」


「え?」


「皇子の生母たるわたくしを差し置いて、貴方様が貴妃という位に付かれたこと」


残念でなりませんわ、と淑妃は薄く笑う。

ぞっ、と背筋が凍るのを感じた。

淑妃は、こいつは、何を企んでいる?


「……あら貴妃様。ご機嫌麗しゅう」


「徳妃」


と、これまた高圧的な態度で背後から挨拶をしてきたのは徳妃だ。こちらもまた、自身の子どもを伴っている。第一皇女の、翠琳である。雪苑の方におっとりとした笑みを向けてみせるが、淑妃の方には見向きもしない。


「……」


数秒、沈黙が走る。

自分よりも位が下である徳妃が挨拶をしてくるのを淑妃は待っているのだろう。……だが。


「……っ貴方は、わたくしをなめていて!?」


徳妃は依然として淑妃に顔を向けない。

ここまでくると天晴れである。


「……あら、淑妃様。おいでだったのですね。あまりにもみすぼらしいなりでしたからぼろ雑巾か何かかと思ってしまいましたわ!」


……怖い。

正しく女の争いの手本といえよう彼女達の剣幕に、雪苑は身震いをした。

実際、この国においての家格は淑妃の家の方が上回るのだが、徳妃は1国の姫である。後見は父である李国王であるし、母方の実家は商会を開いており、その息はこの国の皇室にまでもかかっている。要するに徳妃の方が金を持っているのだ。


淑妃がみすぼらしいわけでは、決してない。

ただ、徳妃が豪奢な生活を送りすぎているのだ。


「こんのっ……わたくしの何処がみすぼらしいですって!?」


淑妃が腕を振り上げる。

ひゅ、と空を切る音がした。


「性格の卑しさが滲み出ていましてよ?」


にこやかに言う徳妃だが、例の如く目は笑っていない。

ぱしり、とかわいた音。

淑妃が徳妃の頬を打った音である。


「ありがとうございます、淑妃様」


「……なんですの?」


「わたくし、これから陛下の御前へ参ります。陛下はきっとお尋ねになるでしょう。頬が赤いのは何故か、と」


徳妃がそこまで言うと、淑妃がはっとした顔つきになった。

雪苑は雪苑で今すぐここを去りたいのだが、立場がそうはさせない。下位の妃達の争いを見ぬ振りをして通り過ぎれば、雪苑の貴妃としての権威はあっという間に落ちるだろう。


「わたくし、言いますわ。淑妃様に頬打たれたのです、と。きっと陛下は心配なさるでしょうね。そして今夜はわたくしの宮へと訪れてくださるに違いありません」


「……陛下が貴女の言うことを直ぐに信じるわけがない!何せ貴女には前科がありますもの」


「……前科?」


一体何のことだろうか。

こっそりと後ろを振り返り、若青に目配せをする。


「……」


無言で首を振られてしまった。


「……貴方様にも嫌疑はかかっていること、忘れていまして?」


「……ふん。位を降格されなかっただけ有難いとお思いなさい」


「陛下に感謝はしておりますが貴方様にはする必要もするつもりもございませんわ」


両者が睨み合う。

雪苑はそろそろ頃合いかしら、とものすごく他人事な調子で小さく手を打つ。


「その辺にしてくださいませ、淑妃、徳妃」


「……貴妃様。この者はわたくしを侮辱したのですわよ!?」


「それを言うのならば淑妃様もわたくしを侮辱しましたわ」


「お辞めなさい。皇子と皇女が怯えています」


母親のただならぬ雰囲気に怯えていたのだろう。

渡り廊下の端で小さくなっていた2人の体がぴくりと動く。


「但。戻りましょう」


「ごめんなさいね、翠琳。房室へ戻りましょうね」



2人は子供の手を取ると、さっさと歩き出した。

雪苑に礼の一つもせずに。



「まったく何なのでしょうか。あの無礼な態度は!」


語気を強めて苛立たしげに呟く若青。

悔しさからか、目に涙を浮かべている。


いや、なんであんたが泣いてんの。


そう真顔でつっこみそうになった雪苑だったが、思いとどまった。彼女の思いを無駄にしてはいけないと思ったからだ。

若青は私のために泣いてくれているんだもの。


「雪苑様。このままでよろしいのですか!あのふたりは雪苑様を侮辱なさったのですよ?」


「いいのよ。こんな事で一々陛下に直訴していたらきりがないわ。あの2人も子を持つ身。この様な細かなことで騒ぎ立てられたらきっと迷惑だわ」


「雪苑様……なんとお優しい」


うう、と目尻に手を当てる様は、物凄く芝居がかっているのだが実はこれが若青の素である。昔から涙腺が弱く、非常に情緒的な所があり、その分彼女は雪苑に素直に接してくれる数少ないうちの1人である。嘘をつけない人、というのは彼女のことを言うんだな、と雪苑は常日頃から思っている。



「今日はもう宮に戻りましょう。少し休みたい」


「そうですわね」


何せ、先程まで女と女の戦いが眼前で繰り広げられていたのだから。思い返せばもう、ため息しか出てこない。





「お待ちしておりました、雪苑様」


「どうしたの?大花」


宮に戻るなり、大花が控えており雪苑にとっては未知の事実を告げる。




「黎昭儀が、ご懐妊なさったようです!!」



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