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数刻前、皇帝は出ていった。半ば、雪苑が無理矢理追い出した形である。というのも緊張してしまい全く眠ることが出来なかったのだ。政務で疲れていたであろう彼の寝息をただひたすら聞くという地獄のような時間を過ごした後、ついに耐えられなくなりひっぱたき起こした。
「それにしても縁戚でらっしゃるとは存じてましたがあれほどまでに親密だとは……」
「わたくしもです。指名で後宮へとお呼びになったのですからきっと何かしら思うことがおありだったのでしょうね」
「それでしたら陛下の後宮に対しての扱いも頷けますわ!」
上から順に、大花、月琴、燐である。月琴と燐は、年齢ゆえか、そういう話題では黙っていられないらしい。皆口角が上がっていたのは確かなので彼女達が楽しんでいるのは明らかだった。
「別に、そんなんじゃないのよ……」
「ご謙遜なさらなくてもいいんですよー!何せ真昼間からお通いになられるくらいですもの」
確かに寝所を共にはしたけども。一切疚しいことはなく、強いて言うなら大人の事情、という奴を知ってしまったくらいである。
「いきなり追い出された時は驚きましたが。そんなにも雪苑様とやりたかったんですね!」
「おい!」
燐の生々しい物言いに、思わず真顔で突っ込む。彼女は決定的な勘違いをしている。私たちはそういう意味で寝た訳ではない。断じて。
「流石に失礼ですわよ、燐いくら本当の事だとしても言ってはいけないことがあります。そう、本当の事だとしても」
「あんたもさらっと酷いこと言ってるけどね!」
義龍が聞いたら「俺はそんなに汚い男だと思われているのか……」と撃沈しそうな内容である。若青が取り成し、その場は一旦はおさまった。後暗いことなど何も無いというのに散々だった。
雪苑がため息をつけば、やけに変な顔をした若青と目が合った。
「……あ、」
彼女は必死で笑いを堪えていた。雪苑がむっとすれば慌てて取り繕い、
「お気を確かに、せ、雪苑様……」
……否、全く取り繕われていない。華奢な肩を小刻みに揺らし、声も明らかに震えている。
「そ、そうだ!お召かえをしましょう!陛下から沢山の衣装を賜っているのですよ!」
「へぇ、あいつから?」
無理矢理話題を変えられたことは明白だったが、その衣装とやらが気になる。あいつのことだからいい趣味はしてなさそうだけど。
「はい。全てこちらに」
「……え?」
大花と若青が布の包をとくと、床には豪華でありながらも落ち着いた色合いの雪苑の好みにぴったりの衣装が散乱した。
幼い頃の付き合いから、皇帝の趣味を信用していなかった雪苑だったが、考えを改めた。
「……あいつも変わったのねぇ」
そして自分も変わったことを感じた。
何、今のおばさん発言。