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拾弐

前半から後半にかけて、視点変更があります!

前半はあの淑妃です。


「あの黎家の小娘がっ……!」


「か、瑕鴛様、お怒りなきよう……!」


高淑妃は荒れに荒れていた。

その怒りは尋常ではなく、側仕えの宦官がうっかり名前を口にしてしまうくらい慌てる程だった。


高淑妃こと高瑕鴛は手当り次第に当たりのものをしっちゃかめっちゃかに振り回し、側に侍る女官や宦官を不必要に怯えさせていた。


……というのも。



「少し身体が弱いからって陛下に付きっきりでいてもらうとはどういうつもりかしら!」



皇帝が、黎昭儀の宮に付きっきりだから。

彼の人が妊娠したというだけで心穏やかではなかったというのに、それに加え皇帝を独り占めしている。


それは淑妃に取って、耐え難い事実であった。

新たな寵姫の出現、そして敵ともみなしていなかった妃嬪の懐妊。


度重なる予想外の出来事に、淑妃の容量の少ない脳内は破裂寸前である。

もし、黎昭儀が皇子を生めば?

皇后位を、自分と徳妃、貴妃、そして彼女と奪い合うことになる。



「身分が低い上に大して美しくもないというのに陛下に色目を使って取り入るとは無礼だわ!」



と、怒りにまかせて問題だらけの言葉を吐き捨てる。

身分が低い、という点は確かに母親は一介の妾だが父親は軍の将軍一歩手前の地位にある。中々の高官だ。

だが、それも宰相の娘たる淑妃の前では霞んでしまう。


そして美しくもないという点だが、黎昭儀は決して不器量な訳ではない。可愛らしい、という言葉がぴったりの娘である。

まぁ、淑妃の鬼気迫る美しさにある迫力を前にしては少し物足りなく感じるかもしれない。


そして色目を使って取り入る、という点だが。

仮に黎昭儀が皇帝に対して色目を使っていたとしても。

彼女は皇帝の側室である。

皇后が未だいない状況、女としての栄華を極めようと思えば色目を使ってなんぼなのである。


淑妃だって普段は我儘で自分勝手で、気に入らないことがあれば当たり散らす、という困った性格をしているわりに皇帝の前では彼女の性格を知る者なら薄ら寒さを感じるほどの猫被りっぷりである。



「祈祷を!あの女に皇子を産まれたらますますわたくしの立場がなくなるわ!」



畳み掛けるように言う淑妃に、不安を覚える宦官。

周囲には誤魔化しがきくかもしれない。

だが、皇帝は……?

それに、淑妃を敵とみなしている徳妃は?

賢妃や、貴妃は?


一歩間違えれば禁じられている呪詛として咎められるかもしれない。



「はい、淑妃様。直ちに」


従順に頷く女官達に、淑妃は満足そうに微笑む。

背筋をぞくり、と震わせる様な類の淑妃の笑みだが、そういう表情をしている時が最大限に彼女の美しさを発揮しているということは皆、承知している。




そんなこんなで、淑妃の宮では秘密裏に国内で有名な祈祷師が呼び寄せられ、黎昭儀の女児出産を祈るという傍からみれば非常に馬鹿らしい儀式が度々行われるようになったのだった。




「淑妃様。范修儀と菻充儀がお越しになっておりますが」


范修儀は、菻充儀と同じく高宰相の直属の部下の娘である。

淑妃は彼女達に滅法信頼を寄せていた。

というのもやはり、父親同士が自分たちと同じような関係を築いているからである。



「あら、通してちょうだい」


腰巾着の来訪に、幾分か落ち着きを取り戻した様子の淑妃……といっても、彼女の場合、それが常人の半分にも満たないほどの落ち着きなのが問題なのだが。



「淑妃様、ご機嫌麗しゅう」


「淑妃に御挨拶申し上げます」



平伏する二人に一瞥をくれると、淑妃は女官に茶を持ってくるよう指示をした。淑妃にしては珍しい気の遣い方である。

いつもは茶を出すどころか、こちらに見向きもせず自分の話したいことを喋り出すという常人なら有り得ないほどの行動を取るというのに。


范修儀も、菻充儀も驚いた様子だ。

さらに淑妃は顔を上げるように指示をすると、自分の房室に彼女達を通した。



ここまで来るともう、薄気味悪くて仕方が無い。

だが、これも淑妃の策略あっての事だった。

茶を運んできた女官を含め、控えていた側仕え全員を下がらせると、淑妃は口を開く。



「ねぇ、漓媛」


「はい」


名前を呼ばれた范修儀が緊張した面持ちで答える。


「それから華玉」


「……はい」


菻充儀も神妙な面持ちで答える。



「わたくしね、皇后になりたいのよ」


「は、はい。きっとお美しく気高い淑妃様なら理想的で素晴らしい皇后に御成あそばすと思います」


「でもね、わたくしの邪魔をする意地汚い鼠が沢山ここには蔓延っているのよ」



鼠、と言葉を発する時、淑妃は最大限に顔を顰めて見せた。

全体的にきつい顔が更にきつくなる。


鼠、というのが貴妃、徳妃、そして腹に皇帝の子がいる黎昭儀の事だということを、范修儀と菻充儀は即座に理解した。



「前々から思っていたの……鼠は駆除してやらねば、と」


くどいようだが、彼女に一番似合っているのはこの表情である。

嗜虐的な笑みを浮かべる淑妃は色んな意味で拍手をしたくなるほどの素晴らしさを保っていた。そう、良い意味でも、悪い意味でも。



「手伝ってくれるかしら?わたくしが皇后となった暁には貴方達にも一生の栄華を約束するわ」



だがここで問題が発生する。

范修儀と菻充儀は、淑妃が皇帝から疎まれているのを知っていた。というのも、皇帝の、彼女の父親に対する言動や行動を自分たちの父親が逐一報告してくれるからだ。


彼女が立后する可能性は無いに等しい。


いくら皇帝の前では素晴らしいほど猫をかぶっているとはいえ、彼女自身の全てを隠しおおせている訳では無い。



「……善処致します、淑妃様のお力になれるよう」



菻充儀が頭を垂れる。

だが、どうしても范修儀は頭を下げる気にはなれなかった。



「……申し訳ございません、淑妃様。わたくしは喪中故、派手な行動は慎んでおります。年が明けたら……淑妃様の良きように」


范修儀は先日、母方の祖母を亡くしていた。

この国では、父親と母親が亡くなった場合は1年半、3等親までが半年、喪にふくすことになっている。


喪中に問題を起こすと、先祖を尊ぶべき存在としているこの国では、下手したら処刑されかねない。范修儀はそれを利用した。

下手に動いて自分の身を滅ぼしたくはない。


淑妃の倍以上は頭の回転が早い……といえば聞こえがいいが、実際問題淑妃の頭の良さというものは未知の領域だ。一つだけ確かなことは、それが常人の半分にも満たない、ということだ。

従って范修儀の言動は比較的一般的なものである。



「あら、そう」


と、案外あっさりと言った淑妃に范修儀は拍子抜けする。

恐らく入ってきた時の彼女と、周りの様子からして今はすこぶる機嫌が悪いと見ていたのだが。




「別に何でもいいわ。わたくしの生きているうちにあの女の死に顔が見られれば」



「……あの女、とは」



「一に馮家の小娘、二に黎家の小娘、三に生意気な徳妃よ」



淑妃が一番に馮貴妃の名を挙げたのは意外だった。

彼女は徳妃や黎昭儀と違ってまだ子を成していない。

まだ後宮に来て日が浅いということもあるだろうが、しかし……。



「……淑妃様のお望みは、馮貴妃にございますか?」


「そうね、わたくしが見たところあの女は若く、美しい。子だって幾らでも生める健康体。家柄も申し分ないし、何より陛下が一番に気に入っている娘よ。だって……」



いくら王家の娘とはいえ、いきなり貴妃に付くだなんておかしいじゃない?


と。



「あぁ、思い出しただけでむかついてきたわ!」



范修儀は、別に馮貴妃のことが嫌いではなかった。

普通だったら皇帝の寵姫ともあれば多勢の侍女や女官を従えて、後宮を我が物顔で練り歩いてもおかしくないというのに。


良く出来たお人だ、と思う。

この前も、淑妃様と徳妃様のいざこざを諌めたという。


謙虚で、分別がある……このきーきーと騒いでいる彼女にも見習って欲しいものである。




「では、わたくしたちはそろそろ……」


「え、えぇそうですわね、修儀様」




淑妃の宮の宦官に付き添われ、自分の宮までの道中、范修儀は考える。



……淑妃とは、手を切ろう。



と。




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