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拾壱

「本日も陛下は黎昭儀様の宮へとお渡りになるそうです」


「あら、そう」


訪れた義龍付きの宦官から告げられ、雪苑はどうでもよさそうに返事をした。実際、どうでもよかった。というより、彼は皇帝なのだからどの妃嬪の宮に通おうが自由なのである。


「ご苦労様です。陛下によろしくお伝え願うわ」


「はっ」


雪苑から労りの言葉を投げかけられ、宦官は恐れ多い、とでも言うように平伏をした。


「そうそう、ここ1週間ほど陛下にお会いしていないから、黎昭儀への見舞いも言えずにいました。もしよろしければ陛下から伝えて頂くように口添え願えないかしら」


黎昭儀の妊娠が発覚してから、暫く彼女の宮は出入りが禁止されていた。その間は、義龍は政務が忙しく、やっと一つの大きな仕事から解放されたかと思ったら今度は黎昭儀の熱が下がり、見舞いが解禁されたために毎晩そちらに付きっきりとなってしまった。


「勿論でございます。陛下の寵姫である貴妃様からの、陛下への使いとは身に余る光栄で御座います」


「ありがとう」


若青に、宦官を皇帝の宮まで送らせて、雪苑は考える。


見舞いが解禁された、と言っても妃嬪が彼女の宮に立ち入ることは許されていない。彼女の妊娠に嫉妬した妃嬪が、危害を加える可能性があるからだ。勿論、雪苑がそんなことをする訳では無いが、義龍は自分が彼女の見舞いをするのを止めるだろう。


恐らく、無事に皇帝の子を生めば彼女は昇格となるはずだ。

淑妃も徳妃も、子を生んだことにより四夫人となったからだ。

だが現状、その四夫人の位は埋まってしまっている。

こうなると位自体が増設されるか、あるいは四夫人の中の誰かが降格となるか。


もし彼が相談してきたら自分の位を譲ろう、と雪苑は思った。

それこそお家騒動といってもおかしくないし、いろんな人を巻き込んでしまうのはわかっているけれど、彼の子の母である淑妃や徳妃、かつての寵姫である賢妃よりも、自分が退くべきなのも承知である。


「雪苑様。賢妃様がお見えになっております」


「通してちょうだい」


ほどなくして、美しい衣装に身を包み優雅な物腰で客人がやってくる。


「貴妃様、ご機嫌麗しく」


「貴女もお元気そうですね、賢妃」


皇帝が雪苑の宮へ来なくなった代わりに、羌瘣が雪苑の宮へ来るようになっていた。

彼女は李国の皇帝である叔父からの贈り物だと言って、毎日のように贈り物を携えてやってきた。


傍から見れば皇帝の寵姫である貴妃に、寵愛を失った形である賢妃がすり寄ってどうにか皇帝に近づこうとしているようにしか見えないだろう。寵姫と親しい間柄になれれば、もし寵姫が身ごもったさいに世話役として取り立てられることがあるからだ。


だが、もちろんのこと自分たちの仲にそんな後ろ暗い思惑は存在しない。


その証拠に、彼女が二回目にこの宮を訪れた時に


「ご安心くださいませ、貴妃様。わたくしは今日にいたるまで陛下と同衾したことはございません」


ときっぱりと口にしたことは記憶に新しい。

別に義龍が誰と同衾していようが、心の底からどうでもいいのだがそれを口にすることはさすがにしなかった。


今の雪苑は皇帝の寵姫ということになっている。

いくら彼女であろうと、それを口にすることは憚られた。

ほら、敵を欺くにはまず味方から、というじゃない?

と、我ながらこの場合は少し的外れだな、という諺が頭にぽわんと思い浮かぶ。



「貴妃様、率直に申し上げます。菻家の娘がおりますでしょう?淑妃の腰巾着の」



羌瘣の言い方にはどこか刺がある。

切れ長な瞳も更に吊り上がり、それでも美しいのだから美人っていいな、と雪苑は思う。



「あぁ、菻充儀ね。彼女がどうかしたの?」


「毒を入手したようにございます」


「……え、」


「標的は黎昭儀かも知れませんし、もしかしたら貴妃様の可能性も」


「……そう」



菻充儀。

九嬪の7番目の位を持つ彼女は、高淑妃の父親、高宰相の直属の部下の一人娘だ。

器量がいい訳でも不器量なわけでもない彼女だが、身分がそれなりに高いため、後宮では一目置かれている存在である。

淑妃の腰巾着であるからにして。



「ですが黎昭儀の宮には今陛下や側仕えの方以外近づけませんし……」


彼女の言わんとすることは分かった。

つまりは黎昭儀に近づくよりは自分に毒を

盛る方が簡単、というわけだ。



「忠告感謝するわ。でも、無理はしないでね?」


「この件に関して、わたくしの手のものに追わせておりますが今のところ淑妃は関係ない模様」


「……羌瘣、貴方何者なの?!」


手のものって何だ、手のものって。

あの幼かった侍女の羌瘣がそのように采配を奮っているだなんて、まるで想像ができない。



「ふふ、養子とはいえ、曲がりなりにも一国の皇女ですから」



そういえば、彼女は後宮入の際に、叔父である李国帝の養女となったのだと聞いたことがある。養子は養子でも、彼女はれっきとした皇家の娘である。



「では貴妃様、そろそろ失礼致しますわ」


「えぇ、ご機嫌よう」



去っていく羌瘣を眺め、雪苑はため息を付く。

正直に言うと、ここの所後宮での生活が息苦しく感じているのだ。


大好きな兵書もまともに読めないし、広い庭があるにも関わらず庭師が全て整備してしまうし。

唯一鬱憤を向けられる相手である義龍ともここの所話せていないしで。



羌瘣と再会できたのは嬉しいけれども、ちっとも後宮にいる意味が見い出せない。

義龍と自分が思い合っているなら兎も角。



何にせよ、塞ぎ込んでいては周りに心配をかけてしまう。

あぁ、体を思いっきり動かしたいなぁ。

実家から持ってきた木刀も、すっかりご無沙汰になってしまっている。



庭で振り回したい所だが、皇帝の寵姫は黎昭儀の妊娠に半狂乱、だなんて噂がたっては困るので書を書いて暇な時間を過ごすことにした。




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