いつかあなたにもさよならを
(それでもあなたはいきている)
「ああいま星が流れたねえ」
清流は呟いた。呟いたのと同じ速度で、キーをタイプしていく。明滅するウインドウ。
「送信と」
カッタン、と音を立てる。清流は背伸びをして、パソコンの横に置いたマグカップに手を伸ばした。
『Koko kara ja mienn』
しばらくしてから、再び画面が点滅する。
「Nande!? Onnnazi kitahankyu desyo!? ……」
『Ima kottiga nanjidato omottennda. Soreto』
すこしくらいえいごつかえ。
「……伯ちゃんめ」
清流は自分の顔がにやついているのに気付いた。頬をつまんで笑いを何とか引っ込めようとする。それも上手くいかずに、清流はますますにやにやした。優しい親友の姿を脳裏に描く。
ふと、しばらく会っていないな、と思った。
……本当はしばらくどころではなく、清流は、清流の親友がこの町を離れてからずっと、まともに話が出来ていないのだった。
だがそんなことは昨今の情報化社会の中ではどうということもない些細な問題だった。言の葉を電波に乗せて飛ばせば、生まれる壁はわずかなものだった。少なくとも清流はそう考えている。ウインドウがまた明滅した。
清流は、親友が町を出るときにこぼした言葉を、今でも憶えている。
「この町もお前も好きだけど、それだけじゃよくない。俺は」
あまり悲しくはなかった。ぼんやり、思っていたことだった。いつかそう言うんだろうと。いつか私から離れていくんだろう。そしてきっとこの町を出ていくんだろう、と。
(いつかこの町を出ていく)
そしてさよならを、するのだ。
(いつかお前とはさよならを)
(それでもいなくなったわけじゃない。お前はここではないどこかで生きている。みんなそう。ここではないどこかできっと幸福に生きている。そんざいをしている。お前も)
……ここではないというそのことだけが、とても寂しいのだけれど。
(つらがることはない。それも些末なことなのだ)
「星を見てくれよ、伯ちゃん、そんで次会えたときにはきっと星の話をしようよ」
清流はタイプを続ける。相変わらず英文を打つ気は少しもなく、アルファベットをカタカタと並べた。
(同じ星が見たいね)
清流は心の中で呟いた。清流は、流れ星に願いを乗せるだなんて子どものすることだと考えていたから、星の代わりに電波に言葉を乗せる。
(同じ星を見ようね)
カタンと音を立てて、エンターキーを押す。清流は目を閉じた。
(本当はそんなんじゃあ足りないけれど。伯ちゃんお前に対してだけじゃあない。明にも姫子にも空雄にもヒロ兄にも会いたい。いつだって会いたい。本当は寂しい。さびしい。いつも。それでも幸せなのも、本当、……本当なんだよ。多分ね)
窓の外には、暗闇にばらまかれたようにして、白い星が輝いている。その隙間を切るようにして、夜空で青い筋が光る。
いつもと、……いつかと変わらない空だった。
清流は、同じ空がどこまでも広がっているのだと思った。清流のいる町の上にも、隣の町の上にも、国の端っこの町の上にも、地球の裏側の町の上にも。
星が流れる。
清流は笑った。
前話「カーネリアン」と少しだけ関連。
この子がいるのは日本です、一応。
■今話の登場人物
・清流…二十歳前後の女性。キラネームが一時期コンプレックスだったが、今は割り切っている、という設定。
・伯ちゃん……二十歳前後の男性。清流の親友。「カーネリアン」の主人公。叔斉という名前の弟がいる、という設定。