味気ないササミ
自分の声が犬の鳴き声になっていることに驚いた
その声の大きさや自分の口臭の酷さにも衝撃を受けた
しかし考えてみれば私は今、犬なのである
聴覚と嗅覚が鋭いことにはすぐに慣れた
辺りを見回してみると、ここはどうやら玄関のようだ
律子はたまに外で飼っているジョニーを可哀想に思い
私が仕事をしている間はジョニーを玄関に入れていたことを思い出した
外の方から足音が聞こえる
これは律子に違いないと確信し
私は玄関の方へ身構えると勝手に尻尾が動いた
律子「よしよし、ちょっと待ってね」
律子・・・
律子は皿に茹でたササミを少しだけ盛り付けると
私の前に出し、丁寧にブラッシングをしてくれた
私は感動と心地よさのあまり「クーン」と声を漏らした
こうして再び律子を目の前にすることを何度願っただろうか
私は願いが叶っているこの「今」を噛み締めるようにササミを貪ると
ほとんど味のしないササミをすぐに完食した
健康を気遣ってのことか、その後も同じような食事が続いた
ジョニーがわりといいものを食べていることを
全くといっていいほど知らなかったし
私が買ってきたまま、クローゼットにしまってあるドックフードが一向に減らなかった理由も今明らかになったようなものだ
夜になると私が仕事から帰ってきて、少しだけ私の頭を撫で回すと
私は寝床へと向かっていった
そして私もまた律子の手によって外へ出され犬小屋で丸まるのであった
しばらくそんな日が続き、ある日私は律子の丁寧なブラッシングを受け、心地よく寝そべっていると突然律子が胸を抑え苦しみだしたのだ
私はとうとうこの時が来たかと慌てて助けを呼んだ
「ワンワン!」
私は自分の無力さに異常なほど苦痛を覚え
それでも誰かが助けに来ることを願い叫び続けた
「ワンワン!ワン!」
体からよく声が出るように歩き回り跳び回ったりしながら叫び続けた
すると運良く娘が学校から帰ってきたのだった
「ちょっと!お母さん大丈夫」
すぐに病院に運ばれ、律子は一命を取り留めた
はずであるが私はもうここで限界であった
救急車に犬が乗り込めるはずもなく、私はただそこで吠えながら見送ることしかできず、衝動的に逃げ出したい気持ちに駆られた
元の世界に返してくれ
そう願うと私は人間の体で目が覚めたのであった