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樹霊  作者: 丸虫52
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第二章 神隠しの森 6

パソコンが壊れました。途中まで出来ていたのが全部消えました。ここまではメモリーに残してあったのですが、それ以降は最初からやり直しです。なので、次はいつになるかわかりません。

「ここらで飯にするか」

山の斜面を下って、川原に降りたところで北田氏が言った。場所的には彼の持ち山の中間点ぐらいになる。

 早速『谷の屋』の主人から渡されていた包みを開けた。三段重に綺麗な色どりの煮しめやおにぎり等が入っていた。悪くならないように保冷剤や殺菌効果のある杉の枝が入っていた。

「うわぁ、豪勢だなあ」

 僕が思わず歓声を上げると、

「あいつは昔からこんな事が好きだった。女みたいだと言われても、プロの料理人は男の方が多いとか言って、平気な顔をしてた」

「『谷の屋』のご主人とは古くからのお知合いなんですか?」

「幼馴染だ。ここらに残っている者はみんな、この村が好きでここで一生過ごす事を決めた奴ばかりだ」

「そうですね、良いところですものね」

 僕が何気なく同意すると、北田氏は驚いたように僕を見た。

「あんた、本気でそう思っているのか?」

「はい。作られた自然ぽくなくて、周りの空気が生き生きとしているのが良いですよね。何より北田さんや『谷の屋』のご主人のように、ここを大切にしている方がいらっしゃるというのが一番素晴らしい事だと思います。『谷の屋』のご主人からお聞きになったかと思いますが、僕は植物学を専攻しているんです。それで植相調べにあちこちの自然が残っていそうな所へ出掛けるんですが、人間の都合のいいような植物を都合のいいように植林された人の手で造られたようなところが多いんです。それはそれで必要だと思うんですが、そのために起こる弊害をまるで考えてないっていうのはどうかと……どうかなさいましたか?」

 北田氏が何とも言えない顔で僕を見ていた。そんなにおかしなことを言っただろうかと思い返していると、

「いや、そんな考えを、若い奴が持っているなんて思わなくてな。今までここに来た事のある学生や大学の教授とかいう奴等は、珍しい物を見つける事に一生懸命か、効率のいい山にするためにはどうするかという事しか言わなかったからな。その点あんたはわかっているようだ。山の空気の事まで言ったのは、あんたが初めてだ。あんたなら山の中を歩き回ったところで無闇に木を傷つける事は無いだろう。明日から自由にしてもかまわん。ウチの山の大まかな場所は覚えただろう?」

「え? 本当にですか」

 いきなりの展開に驚いて訊き返すと、

「あんたに付き合っていちいち葉っぱの形がどうの、生えてる場所がどうのと言われて解説されても全然わからんし、聞いていると頭が痛くなる。俺らはそんな細かい事を気にしちゃおれん」

「ありがとうございます」

 僕は頭を下げて礼を言った。どうやら彼の信頼を得たようだった。

 僕達の側を流れる川の水は澄みきって、川底の石が手に取るように見えた。魚が岩影を泳いで行くのも見えた。きっと冷たくて美味しいのではないだろうか――そう思ったが、北田氏は川の側へ寄ろうとしない。何かわけがあるのだろうか?

「この川の水は、飲んでも大丈夫ですか?」

 しばらく躊躇ってから、そう訊ねると、

「ああ、大丈夫だ」

 怪訝そうな顔で答えた北田氏は、僕が嬉しそうに川の水を飲むの見て、

「ダメな所があるのか?」

 と、逆に訊いてきた。

「澄んでいて綺麗な水なのに、上流に産廃場があって飲料水にならない場合があるんですよ。他には上流は凄く濁っていても、下流へ行くとわからなくなったり、山の土の中に有害なものが含まれていて、それが融けだしたりしているのもダメですね」

 水を飲んだついでに顔まで洗って、僕は答えた。

「でもそう言う川は見れば何となくわかります。生き物の陰が薄かったり、そういう状態でしか生育しない植物が生えていたりしますから。ここはそんなものは見当たらなかったんですが、念のためです。北田さんが飲まないんで、何か理由が――それこそ言い伝えやなんかがあるのかと勘繰ったんです」

 そう言うと、北田氏はバツの悪そうな顔をした。

「俺等はここの水を生では飲まん。山と繋がって、山に呼ばれやすくなるといわれているからな」

「『山に呼ばれる』? それはどういう事ですか」

 ぼくが訊き質すと、しばらく躊躇った後、

「あんたは俺等の言う事を馬鹿にせず聞いてくれるようだから話すが」

 と前置きして、ここら一帯に伝わる話を聞かせてくれた。


 この辺りは昔から神隠しが多かった。理由はわからなかったが、昨日まで普通に生活していたものが急に姿を消し、二度と見かけなくなる。年齢は関係なかった。村から出て行ったとも考えられるが、出て行くはずの無い者(結婚を控えた者や、子供が生まれる直前の者、小さな子供など)も混じっていた。

 やがて誰が言い出したか、山に生えている杉の精が関係しているとの噂が立った。杉の精が山と村を守っているという話は昔からあって、杉林は禁足地になっていたが、それを知らない余所者が杉を伐採しようとして呪いを受けたのだとか、杉の精が伴侶を求めているのだとか、それとは逆に生贄を求めているのだとかいろいろな話が実しやかに囁かれた。

 消える者達は余所者がほとんどだったが、時々村の男も消えたりする。その者達に共通するのが、川の水を飲んでいる(子供の場合は川で溺れたらしい)事だった。それで『川の水を飲むと山の杉に呼ばれる』と言われるようになった。


 水は山が作る――と言われる事がある。

 雨が降って地面に浸みこんだ雨水は、山の腐葉土から栄養を貰い、土がゴミを濾過して川に流れ込む。それが川の魚を育て、やがて海へ辿り着き海の生物を育てる。保安林の中にはそう言う目的を持ったものもある。

「消えるのは男性ばかりなんですか?」

 僕が訊くと北田氏は、

「杉の精は美しい女で、誘われると男は絶対に断られないそうだ」

 一般的に花の精というと儚い花弁から女性を想像し、樹木の精というとどっしりとした木の様子から男性を想像しやすいが、針葉樹はフィトンチットなどの芳香が凛とした女性を思わせる場合があるらしい。

「じゃあ、女性が杉林に入ったら、どうなるんですか? 無事に戻ってくるんですか?」

「昔は山へ入るのは男だけだった。女が入っても麓の方だけだし、たまに奥の方まで入ったとしても、崖から落ちたり、熊に襲われたりして、死体になって見つかる。杉の精が女だと言われるのは、山に入った女が死んで見つかるからで、杉の精が嫉妬するからだと言われている」

 日本人は昔からいろんなものに、神や精霊が宿るとして来た。どういう理由でそれらに宿る神の性別を決めたのかは、僕には専門外だからわからない。

 その最たるものが信仰の対象になっている物で、最近世界遺産に登録された富士山もそうだ。富士山の化身は女神で、此花咲耶姫というらしい。女神なので、女性が近付くとここの杉の精と同じ理由で姿を現さない(富士山がよく見えない)という話を聞いた事がある。

「なるほど、女性が近付けないから女の精霊か。そう言われると会ってみたくなるなあ……でも命は惜しいですけどね」

 半分茶化して言ったのに、北田氏は真剣な顔で僕を見た。

「だから気を付けな。あんたは川の水を飲んでるんだ、『呼ばれる』可能性がある」

「……はい。でも具体的にどうすればいいんですか?」

「わからん。杉に『呼ばれて』帰って来た者はおらんと言われているから、どんなふうに呼ばれるのか、どうすれば避けられるのかは一切わからん。杉林に近づかないようにするしかない」

「はい、気を付けます」

 僕はそう答えるしかなかった。

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