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樹霊  作者: 丸虫52
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プロローグ

久し振りに、長くなりそうな話を書いてみようと思います。全体像はまだ見えていませんが、ラストは決まっているのでそこを目指してみます。どうかお付き合いください。

 『それ』に気づいたのは、帰宅途中の電車の中だった。

 僕――藤岡誠一ふじおかせいいちは大学の研究室で、植物学の助手をしている。そのため一般のサラリーマンとは通勤時間が少しずれる。しかし、その日は混み始める時間帯になってしまった。

 車内にはかなりの人数の人達がいたが、それでも多少の揺れがあっても誰にもぶつからずに済みそうな程の余裕はあった。

 僕は窓の下に作られた座席で、正面の車窓から見える景色をぼんやりと見ていた。その視界がいきなりさえ遮ぎられた。僕の隣の四十代半ばの男性が、大きく新聞を広げたのだ。

 その鬱陶しさに文句を言おうと顔を向けた。その時『それ』が目に飛び込んできた。

 小さな『記事』だった。

 何気なく読み飛ばしてしまうほど小さな記事が、新聞の片隅に載っていた。その記事のゴシック体の見出しが、文字通り僕の目に飛び込んできたのだった。

 僕は場所や状況も忘れて、食い入るようにそれを読んだ。新聞の持ち主がわざとらしく咳払いをしたのも耳に入らなかった。

 『巨木から白骨』

 そんな見出しがつけられた記事は、某県が観光目的で作った林道沿いの杉の巨木が次々と枯れた、と伝えていた。

『――樹木の立ち枯れを調査していた県の農林課の職員が、その中の一本からおびただしい数の白骨を発見した。

 他の木も調べてみると、枯れた全ての木の中から、少ない木で四・五体、多い木になると十数体と見られる人骨が発見された。

 なぜ杉の巨木の中に人骨が入っていたのか、性別や死因、犯罪との関連についてはただ今警察で調査中である。

 そのあたりは昔から行方不明者が多く出ることで有名だったことから、それらと関係があるのではないかと――』

 僕は読み終えると、視線をもとの位置に戻した。

 電車のガラス窓越しにビルの間を落ちて行く夕日が見える。

 夕日は激しいほどの赤い光を投げつけ、ゆっくりと沈んで行く。まるで消えていくことに対する最後の抵抗と、流されていくことに対するあき諦らめのように……。それは何かに似ている。

 (……樹枝じゅえ……)

 夕日と彼女の顔がダブる――。


「二度と来ないでっ!」

 緑を帯びた瞳いっぱいに涙を溜め、僕を見上げていた彼女――樹枝。

 震える声で、それでもきっぱりと彼女は言った、あなたを死なせたくないから――と。

 僕が今生きているのは間違いなく彼女のおかげだし、僕は今でも彼女を、そして彼女も僕のことを愛してくれていると確信している。だからこそ、僕はあの事や彼女たちの事を誰にも言わなかった。今でも言う気はカケラもない。

「全て諦めているの。しかたがないわ。それが運命なら、従うしかない。私達にはもうなすすべ術がないのだから……」

 彼女は溜め息と共にそう言った、半ば吐き捨てるように。けれどその瞳は諦め切ってはいない、最後まで抵抗するのだと物語っていた。

 強い、強い瞳――。

 僕は彼女のそんな強さにかれ、彼女は僕の優しさにかれたのだと笑った。

 僕は優しいのではない、女々しくて優柔不断なのだと言うと、過ぎるほどに優しいのだと彼女は言った。

「だから、あなたを助けたいの。その優しさのお返しに、あなたの命を助けたいの」


 電車が止まった。

 周りの人に押し出されるようにしてホームへ出る。ほとんど無意識に足は自分のアパートへと向かう。

 あの記事を読んでから、ずっと僕は頭の中で自問していた。

 何故、こんなに彼女の事を考えるのだろう。僕は今、何をしたいのだろう。いったい何をすべきなのだろう……。

 ――答はとうにわかっている。

 彼女に逢いたい、逢いに行けばいい、逢うべきだ、逢わなくちゃいけない。それが今の僕にできること、僕にしかできないこと、僕以外にはする権利のないこと。例えそれが無駄だとわかっていても……。

 部屋に着くと、僕は旅仕度を始めた。ありったけのお金を掻き集めて、下ろせる貯金は全て下ろそう。

 宿の手配をしてから、バイト先と学校へしばらく休む旨の電話をかけた。

 運のいいことに、教授がまだ残っていた。帰りの電車の中で見た新聞記事のことを調べに行くと言うと、電話の向こうで教授は笑った。

「相も変わらず物好きだなぁ」

「はぁ……」

「それで、いつ出発するんだ?」

「明日の十時の列車の切符が取れましたので、それで……」

「急だな」

「申し訳ありません。でも、どうせならなるべく荒らされていないうちに行った方がいいと思いまして……」

 僕は心にもない、上辺だけの言葉を吐いた。誰にでも通用するそれらしい言い訳を。

 けれど、本当は今すぐにでも飛んで行きたかった。時間がたてばそれだけ彼女の痕跡がなくなる――そんなじりじりとした憔悴感に苛まれていた。

「どれくらいかかる?」

「一応三日ぐらいかと」

 教授は黙り込んで、何事か考え込んでいるようだった。

「……よし、わかった。ただし、条件がある」

「条件?」

「ついでにそこいらの植物分布を調べてこい。道ができてどう変わったか比較してみたい。金が足りなきゃ少しぐらいなら出してやる。期間は一週間」

 僕は二つ返事でそれを受けた。

 明日、出掛ける前に研究室へ寄るように、といって教授は電話を切った。僕は発信音のする受話器に向かって頭を下げた。

 最小限の必需品を鞄に詰め込んだ。すぐにでも出掛けられるように準備を整えて、忘れ物はないかと部屋の中を見回した。その視線が窓辺で止まる。

 窓辺にはいくつもの鉢植えが並んでいる。植物学を専攻している僕にとっては、どれも大切なものだ。旅行中に枯れてしまわないようにしておかなければならない。

 手を伸ばして、鉢植えの中からひとつ取り上げた。高さ十五センチほどの杉の苗木だ。僕はそいつを一緒に連れて行くことにした。

「おそらく、最初で最後の里帰りになるな……」

 僕はそいつを見つめて語りかけた。


 その夜、僕は夢を見た。

 逢いたかった人が出てくる、悲しい夢だった。

見切り発車で、ポチポチと進めてみようと思います。根気が続く事を祈っていてください。

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