番外編.幸せの声
今までの死にそうなほどの痛みや苦しみは、元気な産声が聞こえた途端に吹き飛んだ。
レイチェルは息を切らしながら、汗と涙にまみれた顔を、声が聞こえる方へと向けた。
声が聞こえる。こんなに大きな声で泣いている。
「王妃様、おめでとうございます。とてもお元気な王女殿下でいらっしゃいますよ」
産婆が顔を軽く拭いただけの生まれたばかりの赤子を、清潔な布にくるんでレイチェルのもとへと連れてきてくれた。
レイチェルは恐る恐る手を伸ばし、あまりにも柔らかな頬にそっと触れた。
途端に赤子は泣き止んで、レイチェルの指へと口をもっていこうとする。
「まあ、もうお乳が欲しいのですね。本当になんて元気な御子様なのでしょう」
産婆の言葉に、その場にいた皆が笑った。
付き添っていてくれたドナなど、泣き笑いの顔になっている。
『ドナ……赤ちゃん、ちゃんと泣いたわ。とっても、大きな声で……』
「ええ、ええ。ですからご心配は必要ございませんと申しましたでしょう? でも、本当によろしゅうございましたね」
『ええ……』
「さあさあ、汗を拭かせて頂きます。それから少しお休みくださいませ」
ドナの言葉を合図に、皆がまたテキパキと動き始め、レイチェルは簡単に身を清めて、清潔なベッドへと横たわった。
そして、ほうっと大きく息を吐く。
レイチェルがずっと心配していたことは、あの大きな産声でようやく安心することができた。
産婆の反応からも、今のところは特に健康にも問題ないようだ。
(でも……)
レイチェルは目を閉じて眠ろうとしたが、妙に興奮してしまって色々と考えてしまっていた。
その時、ふと人の気配を感じて目を開けた。
「すまない、起こしてしまったな」
『いいえ、大丈夫です。眠ろうとしても興奮してしまって、眠れないんです』
枕元に座って申し訳なさそうに謝罪するフェリクスに、レイチェルは微笑んで応えた。
しかし、その笑顔はどこか悲しげに見える。
「レイチェル、どうした? どこか痛むのか? ドナか産婆を呼ぼうか?」
心配して問いかけるフェリクスはすでに腰を浮かせている。
ドナたちは気を利かせて二人きりにしてくれているらしい。
レイチェルは珍しくうろたえているフェリクスに、首を振って大丈夫だと伝えた。
確かにお腹は痛むが、これくらいは元気な赤子が生まれたことを思えば、全然耐えられる。
「では、どうした? 赤子はとても元気だったぞ? あの大きな産声は城中に響き渡っていたから、わざわざ知らせずとも皆が元気な赤子の誕生を喜んだくらいだ。レイチェル、本当によく頑張ってくれた。ありがとう」
フェリクスの優しい言葉に、レイチェルはまた微笑んで応えようとしたが、涙がこみ上げてきてしまってうまく笑えなかった。
嬉しくて、申し訳なくて。
『陛下……申し訳ございません。男の子ではなくて……』
「何を馬鹿なことを言っているんだ! 謝る必要などない!」
レイチェルの謝罪の言葉は予想外だったらしく、フェリクスは驚き声を荒げた。
だがすぐに冷静になろうと一度深く息を吐き、そして静かに話を続ける。
「レイチェル、あなたがこうして無事で、そして生まれてきた子があんなに元気で、それ以上に何を望むというのだ。私にとってはそれで十分だ」
そう告げたフェリクスは、まるで反論を許さないとでもいうように、レイチェルの手を強く握った。
それから、そっとレイチェルに口づけると、にやりと笑う。
「それに、これは快挙だぞ? 我がモンテルオ王家ではここ二百年ほどの間、女児が生まれていないのだから。きっとリュシアンも、パトリスさえも、あの小さな王女に参ってしまうだろうな。何せ、あの子はとても可愛い。将来は求婚者が殺到して大変なことになるだろう」
困ったなと言わんばかりに、フェリクスはため息を吐く。
もう親馬鹿ぶりを発揮しているその姿に、レイチェルは思わず笑った。
そして、握られたままの手を持ち上げ、口づける。
『ありがとう』
唇の動きだけで感謝を伝えたレイチェルに、フェリクスはもう一度キスを返して応えた。
しかし、それ以上はさすがにフェリクスも自制すると、レイチェルが眠りに入るまで傍についていた。
こんにちは、もりです。
このたび、この『沈黙の女神』が一迅社様のアイリスNEOより1月6日(金)に書籍発売予定です!
※一部店舗では年内に店頭に並ぶようです。
こうして、書籍化できるのも皆様のお陰です。いつもありがとうございます。
描写不足だった箇所など加筆修正しておりますので、また楽しんで頂けるのではと思います。
詳しくは活動報告にてお知らせしております。よろしくお願いいたします。




