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靴屋にて。

中は窓際に数点の商品が陳列されているだけで、

後は作業台や工具が置かれた、とてもシンプルな店内だった。



店主ーーーーアラン・ベンジャミンは二人を作業台の向かいに座らせると

作業中の商品を脇に寄せ、奥へと入っていった。


「おまえさんたち、コーヒーは飲めるかい?」


奥から声がする。


あ、はい、と二人が返事をすると

ベンジャミンはコーヒーメーカーとマグを持って戻ってきた。


「この豆はな、隣のコーヒー屋のイチオシじゃよ。昔からこればかり飲んでる。

これ飲んだら他はもう飲めんよ」

フォッフォッと笑いながら、丁寧な様子でコーヒーをセットする。

馴れた手つきでランプに火を付ける。


昔ながらのアルコールランプを使用した、サイフォン式のコーヒーメーカーだ。

直接フラスコの水を加熱すると、圧力の力でお湯が上へ移動し、

上部に用意してあるコーヒーの粉と混ざる。

その後、火からおろすと急激に冷やされた上部の湯が、下のフラスコへと再度落ちていくという仕組みだ。


もちろん、上部に漏斗をセットしフィルターを通しているので、そこでドリップされる。

出来上がったコーヒーの味は、作る人の手によって変わるという。

なかなか安定した味が出ないので、素人には手が出せない代物である。


二人ともこのアンティークな器具を見るのは初めてだ。

ロウは興味津々といった表情で見つめていた。


「……オマエこーいうの好きそう」

レイがぽつりと言った。


「そうだね。一度家でやってみたいよ。」

ロウも普通に応える。


その言葉を聞いて、ベンジャミンは嬉しそうな表情を浮かべた。

「これの良さが分かるとは、なかなかの通じゃの。今は手軽なドリップ式が早っているからの。」


そう言いながら、二人の前にコーヒーの入ったカップを差し出した。



「さて。話を聞こうじゃないか。」



ロウは香りを楽しんでいるようだ。

レイはさっさと本題に入りたいが、切り出すのはロウの役目だと認識している。

黙ってコーヒーを飲んだ。


「…うまい」


思わず言ってしまった。


ベンジャミンも嬉しそうだ。

「じゃろ?帰りに隣に寄ってけばいいさ。ワシに勧められたと言えばサービスしてくれるからの」


「そうですね。ぜひ寄らせていただきます。」

ロウがそう言って、カップをテーブルに置いた。

本題に入るつもりだ。

レイは緊張した顔でロウを見た。


ロウは気にせずベンジャミンの方を見たまま切り出した。

「……街の人たちが、こぞって同じ事を言うのが気になりまして。」

ベンジャミンは顔色ひとつ変えずコーヒーを飲んでいる。

「同じ事…とな。」

ロウは気にせず続ける。

「えぇ。女性に対して『夕刻、夜は1人で出歩いてはいけないよ』と。」


「ふむ……よく聞く言葉じゃの。しかし、普通に考えて女性は1人で歩くもんじゃなかろう。」


「そうです。最初はその額面どおりに受け取っておりました。」


「最初は?」


「…途中から、何かおかしいと気付いたのです。当たり前の事だと言いますが、誰も理由を言いません。

当たり前の事なら、知らない者に対してもっと具体的に注意すべきだと思うんです。」


「ふむ…」

ベンジャミンはコーヒーをテーブルに置いた。

ロウは続ける。


「皆が異口同音に呪文のように唱える姿にも違和感を覚えました。そして……その言葉を発する時だけ、

何か空気が違うのです。」



ベンジャミンは目を細めた。

「……ほう。おぬし、空気が読めるのか。」


ロウも無言で目を細める。


ベンジャミンは残ったコーヒーを飲み干し、ふう、とため息をついて話し始めた。


「……その若さでたいしたモンだ。空気を読むってのは…その者が発した言葉の雰囲気を読み取る事に長けているという事じゃ。善意も悪意も感じ取る。そのうち、言葉を発せずとも周りをとりまく空気で見分ける事も可能だと聞いておる。どうかな?」


ロウは軽くうなずいて応える。

「おっしゃる通りです。だから、あなたがどういう考えでどうお話をされてるかも、大体分かります。」

「ふむ……なら隠しても仕方有るまい。」


ベンジャミンはそう言って、ぽつりぽつりと話し始めた。



「ワシはな、生まれながらにこの街に住んでおる。靴屋を始めたのは二十歳そこそこの頃じゃった。

それからもう何年もここに居座って、靴を作りながら街の行く末を眺めてきた……」


ベンジャミンは帽子を取り、顔から髭までを大きな手で上から下へ撫でた。


「それは平和な毎日じゃったが……数年前、信じられん事が起きた。」


そして二人の目を交互に見て話す。


「ヴァンパイアが出たんじゃよ。」


ーーーーーーヴァンパイア。通称は吸血鬼。またの名をヴァンピールとも言う。

紀元はヨーロッパと言われているが、あれは実態のない『創作の世界』の生物ではないのか?


ロウは眉をひそめた。

レイは「はぁ?」とすっとんきょうな声を出した。


一度死んだ者が何らかの理由により不死者として蘇ったもの。

果たしてそんな事が実際にあるのだろうか?


ベンジャミンは続ける。

「被害者は若い女性じゃった。明け方に路地裏で見つかってな。

……全身の血を失っておった。身なりは汚れひとつない綺麗なまま。」



「……それだけでヴァンパイアの仕業と決めてしまうのはどうかと思いますが…」

ロウが苦笑する。

誰かの浅知恵だろうか。しかしそんな話が街中に広まるとは信じがたい。


「最初は誰もがそう思っておったよ。単なる猟奇殺人犯の仕業じゃろうと。

……じゃが。その後はさらに被害が続いた上に目撃者まで出る事になった。」



「目撃者?」

レイの眉間にしわが寄った。


「ある日の夕方…あたりはもう暗かったらしいがの。ひとりの若い娘が攫われたんじゃ。

その時一緒にいた、娘の幼なじみが見ておったそうな。恐ろしい犯人の正体を。」


「正体を…見た?それで……その幼なじみは?」


「男のせいか、幸い無事じゃったが……翌朝の娘の成れの果てを見てショックを受けたんじゃろう。

人が変わったように誰とも話さなくなってしもうた。」


「正体についてはどうやって?」


「娘が発見される前に犯人を捕まえなくてはと、憲兵やら街の住人がその子から聞き出したようじゃ。

まだ事実を知る前じゃったからの……とにかく必死で犯人の事を話しておった。」


ロウが鋭い目をしてベンジャミンに訪ねた。

「ーーーーーで。その幼なじみは何と?」



「大柄な男の、ヴァンパイアじゃと……娘の首根っこに口をつけている様子を見たそうな。

死人のような顔色で、貴族のような身なりじゃったと。」



「……典型的なイメージ像ですね。」

ロウはどうも納得がいかない。

そんな絵に描いたような話が実際にあるのだろうか?

身なりも伝説のそれと変わらないあたりも、さらにワザとらしさを醸し出している。


この手のオカルト話は、好きではない。


ロウは深いため息をついて、ベンジャミンを見た。

「それで。街の人や憲兵の動きはどうなってるんですか。」


冷静に分析しなくてはならない。


この人の話は、嘘ではない。

だが、何かひっかかる。

全てが真実とは思いがたいのだ。



ベンジャミンはふむ、とうなずいて話を続けた。

「……目撃証言があるから、頭ごなしに嘘だとは言えんのじゃろう。それとな…

この話には後日、箝口令が出ておる。」


「!!」

ロウは目を見開いた。


箝口令 (かんこうれい)ーーーーーーーー俗にいう『口止め』だ。

この事項に関する全ての発言を禁じること。

しかも国家レベルの。

政府が出すという事は、国家機密事項にかかわるのだろうか。


何かおかしい。




「……ワシも、まさかヴァンパイアの話で箝口令が出るとは思わなんだ。じゃが、実際どうあれ

犯人が未だ捕まらず、女性が攫われ続けるという事件は続いておる。」


「…まだ続いてんのかよ。どうなってんだ一体。」

レイは驚くしかない。

あまりの話のスケールに、頭がついていかない。

何が本当か見定める術もない。

ウソくさい話ばかりだが、ここはロウに分析をまかせようと思う。



「事件の関連性からして、日没〜夜にかけてが多い。じゃからその時間帯は女性は外に出てはいかんのじゃよ。誰が言うわけでもなく、自然にそうなったんじゃ。長い年月をかけてな。」


「……女性だけなんですか?」

改めてロウが訪ねる。

この事件には謎が多すぎる。


「女性だけじゃな。幼い子どもよりも若い娘。15歳前後が多いの。犯人の好みか理由があるのかはワシは知らん。」


そう言った後に付け加えた。


「箝口令が出るほどの事件じゃ。素人が顔をつっこむとロクなことがないぞ。

命が惜しけりゃ大人しくしとるんが身のためじゃよ。」




ここまでか。

ロウはそう確認して、にっこりと静かに笑みを返した。


「そうですね。肝に命じます。」


そしてレイを促し、挨拶をして店を出る時に一言。


「……僕の身近にも若い女性がいるので。万が一を考えておきます」


ベンジャミンの顔が一瞬険しくなったーーーーすぐに平静を装ったが

ロウはそれを見逃さなかった。

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