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迷子

***




午後十一時三十分。


街頭がぽつりぽつりと並ぶ、駅から少し離れた住宅街の道をひとり。

ヒナは足を引きずるようにとぼとぼ歩いていた。


「あぁぁ疲れた……」


あれから午後の仕事といえば。

キホさんとランチしてせっかく出たヤル気を菊宮に削がれてしまい。

凹んだ精神状況で仕事がはかどるワケもなく。


でも今日やっておかないと間に合わないので。

こうしてギリギリまで働く事になったのだ。


「ったく菊バァめ。いつまでお局やってるんだよ……」

誰もいない事をいいことにひとりごちる。


誰だって間違いはある。

ウッカリミスも自分だけではない。

それを事あるごとに呼びだされてチクチク嫌味を言われるのは…ヒナばかりだ。

他の人たちは紙きれ一枚の始末書出して終了、に見える。

まぁもっとも。ヒナほど重大なミスに至らないからかもしれないが。


いくら菊宮の悪口を言ったところで。

このモヤモヤは晴れる事もなく。


結局は自分が至らないせいだと行き着いてしまうのが

どうにもやるせない。


「デザイナー…向いてないのかな…」


視界がぼやけた。

自分で薄々気付いていたけど、口にしてはいけない言葉のような気がしていた。

認めてしまうと、自分の存在価値がなくなりそうで。


今までこれだと思って突っ走ってきたけど。

違うのかもしれない。

でもそれだと。

今までの自分は何だったんだろうって。


夜の暗さが、心に拍車をかけているようだ。


家まではもう少しのハズなのに。

なんだか遠い。

帰ってしまいたいけど、帰りたくないような。




ヒナは一人暮らしだ。

社会人になったのだから、と今の会社に勤めて半年ほどで実家を出た。


自分の城が欲しかった。

親に干渉されない空間が欲しかった。

ただ、それだけ。


自分の事で親に負担をかけたくなかった、という思いも少し。


それほど裕福でもない、ごく普通の家庭で育った。

私が欲しいという物は相談して買ってくれたし、バカみたいなおねだりはした事がない。

ウチは貧乏だから〜というフレーズも聞いた事は、ない。


でも、進学費用やその他諸々、お金の工面に。

親が頭を抱えている場面をよく見た。

あまり経済的負担をかけてはいけないと思った。


それからはバイトも始めて。

進学先も奨学金の出る所を選び。

親にできるだけ負担をかけないようにしてきたつもりだ。


でも。今になって思えば。

親の負担を減らしたい反面、離れたかったのかもしれない。


干渉を避けたいというのはそういう事かもしれない。

変に詮索された事もなかったし。

だから。

一人暮らしをしてから

実家に帰るのは正月くらいだ。


仕事が忙しいという事にして。

色々逃げている気がする。


年齢も考えると

そろそろいい人の一人や二人だって…とか何とか。

そんな事も言われそうで、何となく疎遠になりつつある。


ヒナにはそんな人もいない。


自分の城に戻ったところで。

愚痴を聞いてくれる相手がいる訳でもなく。


仲良しだった友達も皆それぞれに人生を歩み、

たまに会って話はするけれど。

夜中に長電話をしていた頃が懐かしい。

もうお互いにそんな体力すら、ないように思う。


こうして、こんな夜は

帰ってもますます孤独を感じるだけ。

泥沼にはまるだけな気がする。



「あぁ…もう何もかもが嫌になってきた。」


ふらふらと力なく家に向かうけど。

どこかに座ってしまいたい気持ちだ。




と、そんな時。


何か黒い陰が目の前を通りすぎた。


ーーーー猫?


直感的に、そう感じた。


見た訳ではない。

でもそんな気がした。


ヒナは一瞬目をぱちくりとさせて、足を止めて当たりを見回した。

猫は見当たらなかった。


こんな暗闇だし、分かるはずもないか。とため息をついて

家への一歩を踏み出す。



猫だったのかな。

目の前を横切るなんて、日本では不吉だって言うんだっけ。

まぁこんなツイてない日だもんね。猫も通るわね。


でも。海外だとネコは幸運の象徴だったりもするわ。

猫が横切ると幸運の印、とか。

やっぱり気持ちの問題かしら。


なんでこんな事考えてるんだろう、と虚しい笑いをこぼした時。

ふと我に返った。



あれ?



何かが

違う。



ヒナはもう一度、あたりを見回した。




確実に違う。


景色が。



あれ?こんな町あったっけ?


私どこ歩いてきたんだろう?

道に迷った?



ありえない。



ヒナの部屋は駅から15分ほどかかるけれども

迷うような場所ではない。

まっすぐ帰るだけなのだから。


いくらふらついた疲れた足でも

5年も通ったこの道を

間違えるはずなんて、ない。




それに。


道に迷ったとは違う。


景色が違う。


見た事のない、町並み。

いくら自宅の近所で道を間違えても、こんな町はない。



どこかーーーーーー外国のような。



「ちょ、ちょっと待って。ここどこ?」


言葉に出しても、暗闇にただ一人。

もちろん、返事はない。



背中がヒヤリとした。

変な汗が出て来た。

心臓の鼓動が聞こえる。


これはヤバイ気がする。



本当に「一人」の恐怖を感じている。



近所での一人は、何かあっても叫べば良いとか

ご近所の顔は分かるとか、何かしら安心要素は見つけられた。


でも今はーーーーーーーーーー


何も分からない。



マズイ。これはマズイ。

どうしよう。



とにかく。来た道を戻ろう。

どこかで知っている道に帰れるはず。



停止しそうな瀕死の思考回路で考え、なんとかそう答えを出してヒナは後ろを振り向いた。

が。



「のわっっ」




次の瞬間、ヒナの思考回路はショートしてしまった。


目の前に、人がいた。


まったく気付いてなかった。

気配すら感じていなかった。


深夜だから?

暗かったから?

道に迷ってパニックになっているから?

それとも?


あぁもう分からない。

と、ヒナは呆然とその場に立ち尽くしてしまった。




「はー……びっくりした。」

目の前にいる人物は胸をなで下ろしてため息まじりに呟いた。


男の人、だ。



「なんで急にこんなトコに人がいるんだよ。……ったく……あっアイツは!?」

そういって当たりをキョロキョロ見渡している。


夜なのでよく分からないが、若い男の人だ、とだけ認識した。


「取り逃がしたみたいだな。」


目の前のキョロキョロしている人の後ろから、更にもう一人。

もう少し背が高そうだな、という印象。

こちらも男の人の声。

暗くてよく分からないけど、ゴツイ感じではなさそう。



と、呆然とした頭で彼らの事を見ていたら。

「……ところで、彼女は?」


と、後ろの人が聞いている。


「知らん。なんか急に前に突っ立っててぶつかりそうになった。」


そっけなく言う目の前の男に、内心イラッとした。

こっちこそ急に振り返って人がいたんだから

ビックリするどころの騒ぎではない。



でもそれを初対面の人に食ってかかるほど、ヒナは野生児ではない。



思わず目の前の男を睨みつけてしまったが、

後ろの人が状況を察したようだ。


「……どうやら、オマエが追跡に夢中になりすぎて気付かなかったようだね。

あやうく彼女を巻き込むところだったよ。もう少し冷静に周りを見る事だな。」

「違うって!オレはちゃんと周りを見てたさ。でも急にここに居たんだよ。」

「とにかく。驚かせてしまった事には変わりない。」


なにやらそういった会話の後で、こちらに視線がきた。

後ろの彼が、ゆっくりとこちらに歩み寄る。


「すみません。おどろかせてしまって。お怪我はありませんか?」


やけに紳士的な台詞だな、とヒナは思った。

こんな人会った事がない。どこぞの小説や漫画のよう。


でもとっさに返事が出来るほど冷静なワケでもなく。

ヒナは首をブンブンと縦に振った。


彼はヒナの無事を確認して、ちょっとホッとしたようだ。

「そうですか。ならよかった

それにしても、このような遅くにどうして一人でいるのですか?」


確かに。

時間はもう翌日の日付になっているだろう。


でもそれはヒナにとっては当たり前の日常で。


「仕事の帰りです。ちょっと遅くなってしまいましたがーーーー」


と返事をして気付いた。

そういやここどこだっけ?

帰らないと、と思ったのは確か。


すると紳士な彼は、馴れた感じでお決まりの台詞を言った。

「女性が一人では危ないですよ。心配ですのでお送りします。」


ヒナは何かのTVドラマかと思った。

そんな人、実際にはいない。


でもまぁ。確かに危ない。


それよりも、彼らが安全な人なのかどうかも、怪しい。

男二人では分が悪すぎる。


「いえ、結構です。一人で帰れます。」

と、断ってみた。


一人は正直怖いのだが、見知らぬ男性二人といるのも怖い。



頭の片隅には

(でもどうやって帰ればいいんだろう)

と、迷子になった自分を心配もしているのだが。


(きっと適当に引き返せば、知ってる道に出るだろう)

と、自分に言い聞かせる。



「いえ、何かあっては困りますから。僕たちは何もしませんよ。なぁレイ?」

苦笑しながら相方を見る彼は、ヒナの考えをお見通しのようだった。

レイと呼ばれた方は、「はぁ?」といぶかしげな顔をしてこちらを振り返る。


「初対面で手を出すほど飢えてねーよオレは。ま、危ないのは確かだな。男二人いたら大丈夫だろ」


本当に大丈夫なんだろうか…


ヒナはもう頭が全く回らなかった。

迷子なのに家まで送ると言われて。

しかも見知らぬ若い男性二人に。


怪しすぎるし、危なすぎる。


でも、どうしようもない事も確か。



「でも…あの…」

と、言葉を濁すヒナを見て、二人は顔を見合わせた。


紳士な彼が、様子を察知したようだ。

「何かお困りなんでしょうか?言いたくないのなら聞きませんが、できる事ならお力になりますよ?」


レイは隣でイライラしている。

「ったく、信用できないのは仕方ないけどさ。何か返事してくれねーとこっちも困るんだよ。」

その通りだ。


ヒナは覚悟を決めてボソっと言った。



「私、道に迷ったみたいなんです。」









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