職人との出会い
坂道を下りながら、サラは所々立ち寄って
日用品や食料品を買い込む。
ヒナは荷物持ちを手伝った。
「……いっぱい買うんだね……」
両手にいっぱい袋をかかえ、二人で歩く。
結構南に下った所で、コーヒーのいい香りがしてきた。
サラが言っていた『ビリー珈琲店』だ。
「ここよ。いつもここの珈琲を買うの。香りが断然違うのよ。」
サラは得意そうに説明すると、勢いよく店の扉を開けた。
「こんにちはー」
ほのかな香りが、ハッキリした香りに変わるのをヒナは扉越しに感じた。
「いらっしゃーい…おっ!サラお嬢さんじゃないか。よく来てくれたね。」
ちょっと長身でダンディな雰囲気の店主は、
サラを見て嬉しそうに微笑んだ。
どうやら常連らしい。
「いつものヤツ、お願い」
サラはそう言うと、店主がいるカウンター越しに座った。
ヒナも合わせて隣に座る。
「おや?今日はお友達もご一緒ですか?」
ヒナに気づいた店主が挨拶をする。
「初めまして。アルフォンソ・ビリーです」
仕草も声もダンディだ。
ヒナはちょっと緊張する。
「は、はじめまして…ヒナと言います。」
店主は優しく微笑みながら、二人にコーヒーを出した。
「どうぞごゆっくり」
サラとヒナは買い物で疲れた身体を
コーヒーを飲みながらゆったりと癒した。
小一時間はくつろいだろうか。
先ほど買った商品について、コーディネートやあれこれ話をした後
頼んでいた珈琲を受け取り、二人は店を出る。
「ごちそーさまでしたー」
二人の挨拶に、店主は手を振る。
そして
「もう本日のご用事はお済みですか?」
と、訪ねる。
「?ええ、もう済んだわ。これから帰るところよ」
サラが返答すると、店主は軽く頷いて。
「美しい女性は……夕刻以降は出歩かないでくださいよ。寄り道せずにまっすぐお願いします」
と、今までよりさらに深い声で言った。
その音が、ヒナにはとても緊張感のある声に聞こえたのだ。
本気で心配してくれている。
それだけは感じ取れた。
(サラは美人だしね。皆心配するわ)
と、ひとりごちて。
店主ビリーに愛想良い笑顔を向けて店をでた。
ーーーーー空は青とオレンジの混ざったような、不思議な色だった。
間が紫っぽくなり、綺麗なグラデーションを出している。
「……綺麗な空」
ヒナは呟いた。
そして。
(こんな空のレターセット、欲しいかも)
などとつい考えてしまう。
職業病、とキホさんが言ってたな
とヒナは思い出した。
常にアンテナを立てていると、何でも商品化に向けて頭が働くようになる。
けれどそれは良くも悪くも、常に仕事から抜け出せない自分がいる。
他の事に注意がいかなくなるのも、この時だ。
ついボーっと、空柄のレターセットについて考えを巡らせてしまい
サラに気付かれてしまった。
「……どうしたの?ボーっとして。」
「え?いや…空が綺麗だなーって思って。」
サラはそれを聞いて空を見上げた。
「ホント。ポストカードみたい。」
ヒナは隣で、あぁナルホド。と頷いた。
見る人によって考えは変わるけど
やっぱりこの空は、残しておきたい景色のひとつなんだな、と。
こういう商品を作れたらいいのに。
あぁだめ、今はその世界じゃない。
せめてカメラでこの景色だけでも残しておきたかったな。
と、スマホをヒナの家に忘れて来た事を思い出す。
でもあんなモノ、この街には似合わない。
持ちたくない。今は。
結局、常に仕事の事を考える『職業病』だったりもするけど
現実から解放されたい自分もいる。
少し悲しくなった。
そんな空の色だった。
泣きそうになる顔をなんとかごまかそうと
ヒナは視線を空から外す。
と、素敵な靴が目に入った。
「……あっ、隣は靴屋さんなんだ。」
ヒナは思わずそのウィンドウに近づく。
サラもつられて一緒に覗き込む。
「そうよ。ここの革靴屋さんは有名で、王家御用達なんですって。」
王家御用達……
とたんに大きな名前が出て来た。
王家て!
そうか。ここの街はとある国の一部分なんだ。
そりゃそうか、と納得する。
フイに足を踏み入れた世界なので、まったく状況が分かっていない。
サラ曰く
「アリアの街は、アリアハン王国一の商店街。遠い昔…王族の祖先が商人だった事から
商業を発展させようと国をあげて取り組んでいるの。王家の方たちから貴族階級の方、庶民まで
皆が利用する街。王がまとめる統一国家だけど、身分による差別は少ないのよ。
特にこの街では、誰もが皆平等に楽しめるようになってるわ。」
という事らしい。
まぁよっぽど無礼を働いたら、それなりに処罰されるだろうけどね、なんて付け加える。
ヒナは『王家御用達』の背景を少し理解した。
誰にでも平等に、商品を作る、売る、発表する権利があるという事が
街の活性化を促しているのかもしれない。
そんな事を考えながら、ふと目の前にある靴を見ていると。
隣のドアがギィ、と開いた。
「……気になるものがあるかい?」
かわいいおじいちゃんだ、とヒナは思った。
小柄で少し恰幅のよく見える姿に、白いヒゲが似合う。
上にちょこんとおさまっている青い帽子も、その人の雰囲気を出すのに一役買っている。
「…この靴、とっても可愛いです。コロンとしていて、それでいて柔らかそうで履きやすそう。」
ヒナは自分が履いた姿を想像してウットリしてしまった。
「履いてみるかい?」
「ええっ!?いいんですか!?」
フォッフォッと革靴屋の主人は笑って、優しい声で言った。
「ちょうどオマエさんのような娘が履けるサイズじゃよ。」
店内に案内してもらう。
ウィンドウを見た時は普通に『靴屋』と認識したが、
中にはいるとそれは違った。
こざっぱりした店内は作業台があるだけで、お店というより工房だ。
「どうぞ。」
店主はサラの前に靴を置いた。
恐る恐る履いてみる。
……ピッタリ!!!
「わぁ……」
ちょっとしたシンデレラの気分だった。
ガラスの靴を履いたような。
まさか、素敵と思った靴が自分にピッタリのサイズだったとは。
隣でサラも
「ピッタリ!しかも…可愛い!!!ヒナちゃん似合うわっ。」
形は先の丸いスリッポンのようなタイプだが、踵を踏んで履いてもサボとして使える。
そして
この、革が柔らかく肌に馴染む感じが
今までにない靴の良さをヒナに伝える。
ーーーー欲しい……
と、素直に思った。
でも。問題は
「これ……結構なお値段します……よね?」
つい訪ねてしまった。
愚問だ、とヒナは恥ずかしくなった。
いくら安くても職人の革靴なんてそうそう買えない。
そして
さっきサラに服を買ってもらったばかりなのに
ここまで頼めない。
そして自分はお金を持っていない。
そんなヒナの焦りを他所に。
サラはやっぱり言う。
「いいわよっヒナちゃん!心配しないで★アタシが何とかするからっ!」
イヤ、それはイカンですよサラさん。
知り合ったばかりであなたが何者か存じ上げませんが、そんなにお金を他人に使ってはいけませんよ。
いやそれより
何とかするって何ですか。あぁでもそれくらい高いって事ですよね。
なんてぐるぐる考えが巡りだした。
「ダメだよサラさん、これは私の問題だから、ここまでお世話になっちゃマズいよ。さっきも服買ってもらったし。」
と、とりあえずの言葉で濁す。
でも、これ以上は彼女に頼れない、と気持ちを込めて。
「でも!さっき言ったじゃない。その物との『縁』があるって。きっとその靴はヒナちゃんに会えるのを待ってたのよ!だってピッタリじゃないの」
でも……と断る二人のやり取りを見て。
革靴屋の主人はふむ、と頷いた。
「そうじゃな。物には『縁』がある。」
そして優しく笑って続けた。
「この靴と、こんなに『相性』の良いお嬢さんはオマエさんが初めてじゃよ。
きっと、靴も履いてもらいたがっとる。」
ヒナはそう言われて頬が赤くなった。
認められた、気がしたのだ。
自分の存在を。
でも。
「すみません、でも私お金なくて……」
正直に言うのが一番だ。
だが店主は笑顔で言った。
「ワシゃ職人じゃよ。自分の作ったモノの『縁』くらいは見極めたいモンじゃ。
確かにモノを作って売って生計を営んではおるが、商売ありきで職人やってるワケじゃない。
ワシの作ったモノで、街の皆が笑顔になればそれでええんじゃ。金はいらんよ。
その靴の為に、もらってやってくれんかの。」
「…え」
ヒナが言うより先にサラが言う。
「素敵!!なんて素敵な職人様!!ヒナ、ありがたく受け取ってよっ」
そういって小脇を肘でこづかれた。
「…いいん…ですか…?」
足が震える。
こんな高価な物を。
有り難いけど、自分には何も返す事ができない。
それではダメな気がする。
「構わんよ。誰にも履かれずに窓で古びていくよりも、誰かに喜んで履いてもらうほうが嬉しい」
ゆっくりと、店主は言う。
ヒナはしばらく考えた。
そして
「いいえ、やっぱりタダでは受け取れません!その代わり、ここで働かせてください!」
店主の目が丸くなった。
サラも驚いた顔をしている。
ヒナは構わず言う。
「雑用でも何でもします、邪魔しないように頑張ります!
だから…せめてこの靴代の分だけでも私を使ってください。お願いします!」
そして頭を下げた。
いつ元の世界に帰れるのかも分からないけど
そしてこの靴がどれほど高価な物か分からないけど
靴代を払い終えるまでにどれだけ働かないといけないかも分からない。
だけど。
この恩だけは、ちゃんと誠意で返したい。
そんな思いと、同時に。
職人さんの『想い』は、自分がデザイナーとして『あるべき姿』なんじゃないかと思った。
まだ、ハッキリと分かった訳じゃないけど、
何となく。
この人の側にいたら、何か分かるんじゃないかと直感したのだ。
もっとこの人の仕事を見てみたい。
ヒナにはその思いのほうが大きいようにも感じた。
店主はポカンとしていたが。
次第にクックックッと笑い出した。
「面白い娘さんじゃ。」