マコとの再会
街は騒然としていた。世界を再び闇が覆ったばかりか、空から魔物が現れ教会や近くの建物を破壊したのだ。
教会は黒き炎に焼き尽くされ、元の原型を留めていなかった。それでも死傷者が出なかったのは奇跡的なことだった。
勇者たちは途方に暮れていた。原因が分からないばかりか、頼みの綱の勇者までマコを失ったことで呆然自失の状態だ。やがて勇者の元へ王宮の兵士がやってきた。
「今回の状況について王様が原因を聞きたいと仰ってます」
女戦士は兵士の胸倉を掴み怒鳴った。
「原因が聞きたいだぁ? それはこっちのセリフだよ! 知りたきゃ自分で調べろって王様に伝えな!」
女戦士を若き魔法使いが制した。王宮の兵士は女戦士の剣幕にガタガタと震えている。
「私が王様に状況を説明して参ります。皆様は先に宿にお戻りください」
「さぁ…勇者様」
僧侶が勇者の肩を支えて立ち上がらせた。勇者は力なく立ち上がった。
「マコ……」
勇者はいつまでもマコを掴んでいた掌を見つめていた。自分にもっと力があればマコを守れたのに。勇者は自分の不甲斐なさが悔しかった。
宿に若き魔法使いが戻ったのは夜遅くのことだった。
「やはり世界が再び闇に覆われております。王様には再び魔王が蘇った可能性が高いとお伝えしました」
「そうか、すまなかった」
勇者は若き魔法使いに労いの言葉をかけた。勇者は何とかいつもの状態を取り戻していた。しかし何故魔族が蘇ったのか、何故一度倒した敵が再び立ちはだかったのか、原因は分からないままだ。
「みんな、いいか」
勇者は仲間達の顔を見回した。
「今回のことは僕の完全なる過ちだ。まずそのことを詫びる。申し訳なかった。マコを成長させずに殺すべきだった」
意外にも女戦士が優しい声で勇者に言った。
「そのことはいいよ。あんただけのせいじゃない。あたいたち全員の責任さ」
「すまない」
勇者は女戦士に詫びると世界地図を取り出した。
「恐らくマコに一定の魔力が戻ることで魔族全体の力が蘇るのだろう。この1週間平和だったのは、マコに魔力が足りなかったせいだろう」
勇者は断言した。今のところその可能性が最も高い。
「マコは一日ごとに魔力が膨大していた。今やかつての魔王を越えている。この先さらに膨大していく可能性が高い。そうなれば世界で侵攻している魔王軍の力も更に増すと見て間違いない」
勇者は世界地図の一点を指さした。魔王城のある場所だ。
「今すぐにマコを、いや、魔王を討つ。出発は今すぐだ。異論はないか」
全員は黙って勇者を見つめた。全員の瞳に迷いはない。
「今発てば夜明けには魔王城に着くだろう。そこで最後の決戦を行う」
全員は出発の準備に取り掛かった。あらゆる武器を研ぎなおし、回復アイテムを用意する。そしてまだ闇夜の内に4人は宿を出発した。
魔王城には移動魔法で直接たどり着くことができない。4人は闇夜の中襲いかかる魔物を相手にしながら魔王城を目指した。犠牲を最小限に抑えつつ、4人は夜明けと共に魔王城へ到着した。
4人は小高い丘の上から魔王城を見下ろした。
「まずいな…」
「ええ、魔王城に結果が張られていますね」
勇者の声に若き魔法使いが答える。
「なんだい、また結界を壊さなくちゃいけないのかい?」
女戦士が面倒くさそうにぼやく。前回魔王城に乗り込んだ際は結界が張られていて、4本の塔にそれぞれ設置された仕掛けを解く必要があった。しかし仕掛けの前にはそれぞれ強敵が配置されており、勇者たちはかなりの犠牲を被った。
「まずは魔王城に行ってみよう」
勇者の声に頷き、4人は獣道を通り魔王城を目指した。
魔王城には闇が濃く立ち込め、以前よりも遥かに強い魔力を放っていた。
「やはり結界が張られていますね」
「ああ、だが前回とちょっと様子が違うな」
「ゆ、勇者様! あれを!」
僧侶が指さした方向から地面がボコボコと盛り上がり、ゾンビとスケルトンの群れが姿が現した。
「まずい!」
勇者は後ろに逃げようとしたが、後方と中央からそれぞれ魔物の群れが現れた。魔王城を背に三方向から敵に囲まれていたのだ。
「しまった!」
左にはタナトス率いる悪魔神官の軍勢、中央にはアンデッドを率いるネクロマンサーの軍勢、右にはベアリル率いる魔人の軍勢が勇者の行く手を塞いだ。後方には結界の張られた魔王城で逃げ道がない。
「勇者よ、待っていたぞ」
タナトスが愉快そうに笑った。
「ここが貴様らの墓場だ。今度こそ我らが貴様に遅れを取ることはないぞ」
女戦士が愉快そうに笑って斧を構えた。
「あっはっは。一度やられたからちょっとは学習したようだね。囲んで攻めようってかい!?」
魔物の軍勢はじりじりと距離を詰めてくる。敵の数は百を優に超えているだろう。勇者は仲間に囁いた。
(ギリギリまで近づけろ。僕が精霊の力で敵をなぎ払う)
(その後はどうしますか?)
(タナトスに襲い掛かろう。魔法を使う連中から潰す。そのまま右回りで軍勢を潰すぞ)
(わ、わかりました)
(いいな、4人の連携で全員を倒す。守りを考えるな。一瞬で決めれるよう全力を出し切れ。決して遅れるな)
(はい!)
魔物は更に距離を詰める。その牙が届く瞬間、勇者は剣を大地に突き刺した。
「精霊よ! 加護を!」
大地から四方八方に光が四散する。たちまち勇者の近くにいた魔物は精霊の光を浴びて消滅した。
「行くぞ!」
勇者はそう叫ぶと同時に、剣を振り回しながら悪魔神官の軍勢に飛び掛った。
「電撃よ! 道を!」
勇者からタナトスに向かって若き魔法使いの最大電撃魔法が走る。悪魔神官の軍勢は中央からなぎ倒された。
「小賢しい勇者め!」
タナトスまで後一歩というところで、勇者をタナトスの重力魔法が襲った。勇者の動きが止まり、悪魔神官たちは棍棒で勇者を叩きつける。
「ぐはっ!」
「神よ! 勇者様にお力を!」
僧侶の保護呪文が勇者に力を与える。力を得にした勇者は重力を払いのけ、剣を振り回し悪魔神官の群れを遠ざけた。タナトスは更に呪文を詠唱するが、女戦士が手斧をタナトスに向かって投げつけた。
「ぎゃああ!」
「まだまだ行くよ!」
女戦士は用意していた手斧をさらに投げつける。その女戦士を悪魔神官の火炎魔法が襲った。
「がああ!!」
女戦士は崩れ落ちながらも、必死にもう一本の手斧をタナトスに投げつける。女戦士の死力を架けた手斧の衝撃を受けてタナトスの手から杖が落ちた。そこに若き魔法使いは電撃を放つ。杖はバラバラに砕け散った。
「し、しまった」
タナトスは慌てて勇者に振り返る。既に勇者は精霊の力を両手に集めていた。
「精霊の力だ! 消えろ!」
勇者は閃光魔法をタナトスに向かって放った。
「ぎゃああああああ」
タナトスは閃光に焼かれ塵となり消えた。途端に悪魔神官の軍勢は全て塵となり風と共に消える。
「やはりリーダーを倒せば軍勢は消える! 次だ!」
勇者たちはネクロマンサー率いる死霊の群れに飛び掛った。ゾンビやスケルトンを斬りかかるが、生命力がないアンデッドはタフだ。なかなかネクロマンサーに近づけない。
「うわぁぁぁ!」
若き魔法使いはスケルトンとゾンビの群れに押し潰された。たまらず勇者は僧侶に向かって叫ぶ。
「僧侶! あれを!」
「はい!」
僧侶は対アンデッドの必殺の呪文を詠唱した。
「神よ! 罪深き魂を救いたまえ! ターンアンデッド!」
聖なる光によって死霊の群れがどんどん浄化され消滅していく。そこを女戦士が斧を回転させながら飛び込む。骨も腐肉もバラバラになり、ネクロマンサーまでの道を作った。
「おおおおお!!」
勇者は女戦士が作った道を駆け抜け、ネクロマンサーに斬りかかった。ネクロマンサーは杖でその剣を受け止めるが、呆気なく杖がボロボロに砕け散る。
「な、何故だ!?」
勇者はそのままネクロマンサーを袈裟斬りにする。ネクロマンサーの傷口が激しい熱に当てられたように溶けていく。
「き、貴様、なぜそこまで力が増している!?」
アンデッドの軍勢は精霊の力に包まれた勇者に近づくこともできない。攻撃しようと近づくたびに精霊の力によって消滅していく。勇者はネクロマンサーに掌を向けた。
「や、やめろぉぉ!!」
勇者の閃光魔法が放たれ、ネクロマンサーは消滅した。死霊の軍勢も闇の力を失い元の骸に戻る。
「次だ!」
ベアリルが率いる魔人の軍勢は、あっという間に2つの軍勢が潰されたことにより完全に怯えていた。この時にようやくベアリルは勇者の肥大した力を侮っていたことを知った。だが、もう後に引くことはできない。
「てめぇら! 勇者どもを潰せ!」
ベアリルの怒号に魔人たちは吼えて、近くにいた僧侶を大きな棍棒で吹き飛ばした。僧侶はなす術もなく吹き飛ぶ。しかし、すぐさま若き魔法使いの最大電撃魔法が群れを襲った。
「ぎゃあああああ!」
勇者は電撃で痺れた魔人の軍勢を閃光魔法でさらに駆逐していく。力の弱い僧侶をかばいながら女戦士が魔人を素手で応戦している。勇者が魔人の群れに飛び込むと、魔人の群れはたまらず逃げ出した。
「てめぇら逃げるんじゃねぇ! くそがっ!」
ベアリルは豪腕を勇者に振るった。
「はぁぁ!」
勇者はベアリルの豪腕を紙一重で避けると、脇腹に向かって閃光魔法を放った。閃光はベアリルの体を突き抜ける。
「ここまで、力が……」
勇者はベアリルが何か呟く暇を与えず。一刀のもとに斬り捨てた。精霊の力を帯びた剣はたちまちベアリルを塵に変えた。そして魔人の軍勢も塵となり風と共に消えた。
「みんな大丈夫か!」
勇者は仲間達の元へ駆け寄る。女戦士は火傷を負い、若き魔法使いはアンデッドの攻撃を受けて疲労困憊だ。僧侶は魔人に吹き飛ばされたダメージが大きかったが、辛うじて意識があった。
「僧侶、辛いだろうが回復呪文を頼めるか」
「はい……」
回復呪文を使えるのは僧侶だけだ。僧侶は必死に回復呪文を詠唱した。たちまち勇者たちの傷は癒えていく。
「ふぅ、なんとかなったようだね」
女戦士が斧を降ろして一息ついた。
「勇者殿のおかげです。精霊の力が以前より増していますね」
「いや、皆のバックアップのおかげだよ」
そう言いながらも勇者は自身の精霊の力に驚いていた。以前あれだけ苦戦した強敵をほぼ一撃で壊滅していた。ここに来て精霊の力は更なる飛躍を遂げている。何故ここまで精霊は強力な力を与える? そのことが勇者に一抹の不安をもたらしていた。
魔王城の結界はベアリルを倒した時に解けていた。勇者たちは再び武器を構え魔王城へ足を踏み入れた。
中は魔物の群れで溢れていた。勇者たちを待ち構えていたかのように襲ってくる。
「みな、下れ」
勇者は掌に力を込めた。やはり精霊の力はさらに増している。閃光魔法を放つとあたり一面の魔物は全て焼かれて全滅した。
「ゆ、勇者様…す、すごすぎます…」
「ああ…。精霊の力が増している。魔力も尽きることがない…なぜだ」
「それは…つまり…」
若き魔法使いが勇者の懸念を読み取った。
「魔王の力が更に増していると…」
「おそらく」
勇者は頷いた。魔王の力が増しているのだろう。そうでなければここまで精霊が味方してくれる理由がわからない。
しかし、勇者は自分に宿る精霊の力は魔王を倒すべきものでないように感じた。なぜそのように感じるのか。精霊からのメッセージは感じられない。この力は一体何のために使えばいいのか?
「考えてもしょうがない。魔王の部屋はもうすぐだ。行こう」
4人はさらに魔王城の奥へ進んだ。やがて魔王の部屋の扉が見えてきた。前回の戦いでボロボロに崩れ去った部屋だが、元の通りに復元している。
「皆これが最後の戦いだ。生きて国に帰るぞ!」
勇者は3人を鼓舞するために叫んだ。以前も同じようなセリフで皆を鼓舞した。違うのはこの先に待っているのが魔王ではなく、マコだという点だ。
勇者はゆっくりと大きな扉を開けた。中はホールになっていて天井も驚くほど高い。そしてその奥の玉座に目指す敵は優雅に座っていた。
「マコ……」
マコだった。マコがかつて魔王が座っていた玉座に優雅に座っていた。