マコ・成年期
翌朝。勇者のベッドで寝ていたマコはすっかり大人の女性になっていた。
「勇者様! おはよー! もうお祈りの時間だよ!」
マコはそう言って勇者に抱きついた。
さすがの勇者も困った。勇者にはロリコン趣味はなかったが、成長しきったマコは出るべきところは出ていて、引っ込むところは引っ込む理想のボディラインをしていた。いや、理想を遥かに超越していた。魔族の中でも美形のサキュバスに近いのかもしれない。勇者も思わず魅了されそうだった。
孤児院の子供達はすっかり大人になったマコを驚きの視線で見上げた。
「えへへ。いいでしょう?」
「マコちゃんすごーーーい!」
「おっぱい大きーーい!」
「僧侶さんよりぜんぜん大きーーい!」
勇者はマコと共にお祈りをして朝食を取った。子供っぽい仕草を除けば立派な大人の女性だ。そして魔力は更に膨れ上がっていた。かつての魔王に匹敵するほどの魔力だ。
マコは昨日まで着ていた服がもう着れなくなってしまったので、僧侶の服を借りることになった。だが成熟したマコには、僧侶のローブを着込んでいても、豊満な胸がはち切れそうなほどに自己主張していた。
「僧侶、おい僧侶」
「ふぁい、何ですか勇者様…」
「何だか寝不足そうだね」
「しょんなことありませんよぅ……」
僧侶は果てしなく寝不足だった。愛しの勇者に成熟した女性が寄り添っており、勇者もそれを拒否することがない。それだけでも耐えられない現実なのに、マコは僧侶の服では淫靡な胸やボディラインを隠すことができない。僧侶は果てしなく憂鬱だった。
「マコがあれではちょっと目のやり場に困る。下着や服を買う必要があるだろう。恐らく僧侶の下着では合うまい」
勇者の悪気のない一言が僧侶の心に痛恨の一撃を与えた。
「悪いが下着や服を買うのに付き合ってやってくれ」
「もう、わかりました!」
「何怒ってるんだよ」
「怒ってませんよ!」
勇者は嫉妬に狂う僧侶の乙女心にはこれっぽちも気づく様子がない。勇者は首を傾げながらもさらに僧侶に注文をした。
「あと、そろそろ性教育が必要だ。それも頼む」
「うぅっ!!」
勇者はさらに僧侶の乙女心をえぐる。だが、マコを育てたいと主張したのは僧侶自身だ。僧侶は「これは私のせい私のせい」と言い聞かせ、マコを呼んで街へ連れていくことにした。
「マコちゃん、街に出かけますよ…」
「はーーい!」
マコは僧侶の憂鬱な様子に気づくはずもなく元気に了承した。
「マコちゃん大きくなったから、新しいお洋服買いましょうね」
「やったーー!」
マコは嬉しそうに叫ぶと勇者を大声で呼んだ。
「勇者様! 一緒にお洋服買いに行きましょう!」
「え? いいよ。僧侶と行っておいで」
「マコは勇者様と一緒がいい!」
マコは勇者の腕にしがみつきながら必死に甘えた。マコを突き放すことも大事だが、この膨大な魔力では癇癪を起こした時にどんな惨劇が起こるか想像できない。魔力を宿しているものは幼ければ幼いほど暴発しやすいのだ。勇者はしぶしぶ買い物に付き合うことにした。
街は平和な光景に溢れていた。様々な露天屋の前でマコは興味深そうに足を止める。なるべくマコの好奇心を満たせるように、勇者はひとつひとつ丁寧に教えてあげることにした。
「これは北の街でしか取れない花なんだ」
「へぇ! すごく綺麗!」
「綺麗だろう。だけどこの花があるために畑が育たなくて、人は生きていくのが大変なんだ」
「うわぁ、大変」
「だから花を売って家族を養っているんだよ。世界には色々な暮らし方があるだろ」
「うん! 勇者様! 物知り!」
僧侶は勇者たちの後ろをトボトボついて歩きながら、一体自分は何をしているのか空しくなった。これでは勇者のデートを黙って見ているだけではないか。
「勇者様! これなに?」
「お、水飴じゃないか。甘くて美味しそうだろう」
「うん…」
マコは甘い匂いに釣られて涎を垂らした。
「あはは。ひとつマコに買ってあげようか」
「え、ほんとに! やったー!」
マコはぴょんぴょん飛び跳ねながら喜んだ。その度にマコの豊満な胸が上下に揺れる揺れる。店の主人は生唾を飲み込みながら水飴をマコに手渡した。
「ほわわわわあまーーーーい!」
「そうか。良かったな」
「勇者様、ありがとう!」
「お礼をちゃんと言えるなんて、マコはいい子だなー」
「うん、マコいい子ー」
マコは嬉しそうに勇者に頭を撫でられている。僧侶がたまらず勇者に苦言を呈した。
「勇者様、あんまり好き勝手にものを買い与えてはいけません。贅沢癖がついてしまいます」
「そうか、すまなかった。いやぁ、娘を持つのはこんな気分なのかなぁ。親バカになってしまう父親の気持ちがわかるよ」
僧侶はその言葉に一抹の望みを感じた。勇者はマコのことを娘としか思っていない。まだ自分にもチャンスがあるはずだと僧侶は信じ、心の中で神に必死に祈った。
「うわぁ! 見て! 綺麗な石!」
マコがドワーフの売り子の前で鉱石を眺めている。マコが指差しているのは,青い石のネックレスだ。
「ほう、青いアイシスメタルか。これだけ鮮やかな色の原石は珍しい」
「そうでしょう旦那、お安くしますよ」
売り子のドワーフはニタニタと媚びた笑いを送ってくる。
「勇者さまぁ……ほしいよぅ……」
マコは上目使いで勇者に強請る。そのあまりに可愛い仕草に何でも買ってやりたくなったが、先ほど僧侶に注意されたばかりだ。それにこの鉱石は値段が高い。財布の中身がカラになってしまう。勇者が拒否しようとした時だった。
「あのぉ、失礼ではございますが、勇者様ですか?」
マコの言葉を聞いた売り子のドワーフが驚いたように勇者に尋ねた。
「ああ、そうだが」
ドワーフは途端に低姿勢になり勇者に頭を下げた。
「勇者様! その度は大変お世話になりました! 私共の村をお救い頂いたこと忘れてはおりません!」
勇者は確かに以前、冒険の最中に立ち寄ったドワーフの村を大蛇から救ったことがあった。
「南の山脈のドワーフか?」
「はい! その通りでございます!」
ドワーフは勇者の手を取り、涙ながらに訴えた。
「恩人の勇者様から御代を頂戴できましょうか? 何でもお好きなものをお持ち帰りください!」
「いや、その気持ちだけで結構だ。生活もあるだろうから遠慮するよ」
「何て思慮深いお方!」
ドワーフは感涙のあまり泣き出してしまった。
「何かひとつでもお持ちください。勇者様にお持ちいただけるなんて、こんな光栄なことございません!」
勇者は困ってしまった。ドワーフは頑固者な種族だ。一度言い出したら中々曲げないだろう。
「マコ、何か欲しいものはあるか?」
マコは途端に嬉しそうに先ほど指差したネックレスを手にとった。
「では主人、このネックレスをいただけるか?」
「はい! ありがとうございます!」
ドワーフは嬉しそうに頭を下げた。
「だが、タダで物を頂戴するのは忍びない。ドワーフ、手を出してくれないか」
「は、はい…」
勇者はドワーフに向かって精霊の力を送った。
「おお、こ、これは……」
「僅かばかりであはあるが精霊の力を送った。魔を退け幸運を呼ぶだろう」
「なんてお優しい方、ドワーフこのご恩一生忘れません!」
ドワーフは感謝して何度も頭を下げた。マコがネックレスを手に取り、勇者に抱きついた。
「勇者様! 超カッコイイ! 素敵!」
「こらこら飛びつくな」
「やっぱりマコの旦那様は勇者様だけ!」
マコは頭をこすりつけるように勇者にしがみつく。その時に勇者は遅ればせながら気づいた。しまった。マコの前で精霊の退魔の力を使ってしまった。魔族であるマコにとってはあまり気分が良いものではないはずだ。
「おい、マコ、気分とか悪くなってないか?」
「え? マコとっても元気だよ!」
「今、ドワーフの手をとった時、イヤな気分にならなかったか?」
マコは不思議そうに勇者の顔を見つめふるふると首を横に振った。勇者は首を傾げた。今自分はマコにとって嫌う精霊の力を発動させてしまった。マコが嫌悪感を抱かないということは、魔族の力が眠っているだけなのか? もしくはマコ自身は魔族ではないのか? 勇者は何度も首を捻るが答は出そうにもなかった。
「えへへー。僧侶様ぁ。勇者様にもらっちゃったぁ」
マコは嬉しそうに僧侶にネックレスを首に提げ見せつけている。
「良かったわね。マコちゃん」
「うん!」
「でもあんまり人前で勇者様に抱きついちゃダメよ」
「どうして?」
「ダメったらダメなの!」
「うぅ…」
僧侶はマコを一喝するとずんずん歩き出した。何故かわからないが僧侶の機嫌も悪い。鈍感な勇者は首を傾げるがこれも答は出そうになかった。
洋服屋に到着すると、僧侶とマコは勇者を店先に残し下着と洋服を買いに店に入った。マコは下着も勇者に選んで欲しいとせがったが、僧侶が「男の人に肌を見せるものじゃありません」と無理やり勇者から引き離した。
勇者は街並みを見てほっと息をついた。マコは魔王として育つことなく、人間の世界に順応している。マコの中に眠っている魔力も自然と消えるかもしれない。仮に今のマコの魔力が暴発しても、勇者自身の精霊の力があれば抑えることも可能だろう。
マコの将来のことも考えないとな…。勇者は呟く。そして自分自身はどうしたいのだろうか。いつまでもマコと一緒にはいられない。さて、どうしたものかと思案していると、店から僧侶とマコが出てきた。
「勇者様…マコ、可愛い?」
勇者は思わず言葉を失った。マコは僧侶のローブではなく、軽やかな皮のドレスに身を包んでいた。マコの豊満なボディラインに合うように調整されている。彫刻のように美しいボディラインだ。頭には角を隠すためだろう、藍色のハンチングハットを被っているが、またそれが実に可愛いらしかった。エメラルドのように輝く緑色の純真無垢な瞳に射抜かれて勇者はかける言葉を失った。
「マコ…可愛いくない…?」
マコがしょんぼりとした声を出し、勇者はやっと言葉を取り戻した。
「可愛い! 可愛いじゃないかマコ! 凄く似合ってるよ! 見違えたな!」
マコはその言葉に顔をぱぁと明るくさせ、勇者の胸に飛び込んだ。
「やったぁ! 勇者様に可愛いって言われたぁ!」
「いや似合うなぁ! 僧侶のローブなんかよりもよっぽど似合うぞ! 可愛いくなりやがって!」
ちなみに僧侶はこの一部始終をマコの横で見ていた。もう息をするのが苦しいほど僧侶の心はズタボロだ。明らかに一瞬、勇者は女性としてマコに見惚れていた。僧侶はその姿を見逃さなかった。
(ああ神よ。これは未熟者な私への試練なのですか)
僧侶は神に問いかけるが答は返ってきそうにもなかった。
勇者たちが教会に戻ると、女戦士と若き魔法使いが来ていた。2人ともマコの姿に驚き盛んに「可愛いねえ」と褒めてくれた。マコは上機嫌だ。だが若き魔法使いはマコの魔力を感じ少々不安になった。
「勇者殿、またマコの魔力が膨張しています。ほぼ魔王に匹敵していますね」
「ああ、もしかしたら精霊はこの魔力を抑えるために、自分に力を与えたのかもしれない」
「マコは恐らく成長のピークを迎えました。だが、魔力がまだピークじゃないとすると…」
勇者と若き魔法使いは揃って不安になった。もし魔力が魔王を超えた場合、マコに太刀打ちできる可能性が少なくなる。敵としてみた場合これほど恐ろしいことはない。
マコは僧侶に連れられて、孤児院の女の子たちと一緒に教会の奥の部屋に入っていった。恐らく勇者が頼んだ性教育を実施してくれるのだろう。女戦士がニヤニヤしながら勇者の元へやってきた。
「マコもすっかり可愛いくなっちまって。あんたの嫁にするのかい?」
「マコは娘みたいなものだ。成長すれば自分以外の男性に恋するさ」
「どうかねぇ? 体はもう一人前だ。あんたも世界を救って役目を果たしたんだから嫁をもらう必要もあるだろう?」
「まぁ、それもそうだな」
「僧侶のことはどう思ってるんだい?」
「僧侶?」
勇者は驚いて女戦士を見た。ニヤニヤと笑みを浮かべているだけだ。何故今の流れで僧侶の話が出てくるのか意味がよくわからなかった。
「女戦士さん、勇者殿は鈍感なのですから、そんなこと言っても気づきませんよ」
若き魔法使いが苦笑しながら言った。
「何だよ2人とも。鈍感とはどういう意味だ」
勇者は憤慨したように2人に言うが、2人とも呆れてため息をつくばかりだ。残念ながら僧侶には泣いてもらう必要がありそうだ。2人はいつかその時が訪れることを感じた。
教会の夕食までまだ時間がある。念のため3人は装備を教会の側に隠し、教会の周囲に結界に作った。マコはもう魔王として蘇る可能性は少ないが念には念を押すためだ。いつでも精霊の結果が発動できるようにし、魔族の力を抑えるよう準備を怠らなかった。
夕食も勇者たちは教会でとった。相変わらずマコは勇者から離れたがらない。今日も一緒に寝ると言い出すのではないかと心配だったが、僧侶の性教育が効いたのだろう。マコは恐るべきことを言い出した。
「勇者様……昨日までは一緒に寝てたけど……」
マコはもじもじ照れながら言った。
「今日はマコを、大人の女性にしてください」
勇者は驚いて僧侶に助けを求めた。僧侶は完全に慌てふためいてマコを叱った。
「マコちゃん! だからマコちゃんにはまだ早いの!」
「だってぇ、マコもう初潮来たし、子作りできる体になってるよ?」
初潮という言葉に勇者は驚き、僧侶に目で尋ねた。僧侶は黙って頷いた。
「だからマコ勇者様に大人の女にしてもらうの」
「ママママコちゃん!」
僧侶は興奮を必死に抑えながらマコの肩を掴んだ。
「いい? 結婚は勉強が出来て、きちんと働いて、大人になってから行うの! 大人の女の子にしてもらうのはその後!」
「えー」
マコはぶりぶり拗ねだした。
「マコもう人間の勉強覚えたし、もう働けるし、大人になったもん。結婚の約束もしたもん。もう大人になっていいはずだもん」
「マコちゃんはまだ式を挙げてないでしょ? ちゃんと神様に認めてもらわなくちゃいけないのよ!」
「そっか!」
マコは納得したように頷いた。僧侶はほっと胸を撫で下ろしたが、それも一瞬のことだった。
「勇者様! 式挙げよう! 神様に認めてもらおう!」
マコは勇者の腕をとって教会に走り出した。必死に僧侶がその体を抑える。
「もう神様はお休みになってます! 夜には認めてもらえないの!」
「えー」
マコは残念そうに俯いた。
「だったら昼間の内に式挙げるんだった…しょんぼり…」
勇者と僧侶は困惑してしまった。この分だと勇者とマコは結婚しなければならない。一体どのようにマコを説得すればいいのか、2人には名案が思いついかなかった。
「とりあえずマコちゃん。今日はもう休んで、そのことは明日考えましょう」
「……はーい……」
マコはしぶしぶ自分のベッドに戻って行った。勇者たちは早速仲間を全員集合させて緊急対策会議を開いた。
「まずい。このままでは自分とマコは結婚だ。皆何か名案はないか」
4人は頭を捻るが、なかなか名案は出て来ない。
「しょうがないさ、あんたがマコと結婚するって約束しちまったんだから」
女戦士は呆れながら勇者に言った。途端に僧侶が反論する。
「でもそれは子供の約束です! 私は認められません!」
「僧侶が認めないって言ってもねぇ、当人の問題だからさぁ、勇者、あんたはどうなんだい? マコと結婚したいのかい?」
勇者は腕組みをして考えこむ。僧侶が必死に勇者に語りかけた。
「勇者様! 魔王と勇者が結婚だなんて聞いたことがありません! ここは絶対に反対すべきです!」
「しかし、僧侶……」
「反対! 反対! 私は絶対に結婚に反対です!」
顔を真っ赤にする僧侶を女戦士と若き魔法使いが生温かい目で見つめる。早く自分の気持ちを勇者に言えよ、という視線だ。
僧侶は反対と叫ぶばかりで会議が進まない。勇者自身も気持ちの整理がついていなかった。若き魔法使いが冷静に言った。
「客観的に第3者視点で見て、世界のことを最優先に考えた場合、勇者殿とマコが結婚するのが一番の平和の近道です。ですが……」
若き魔法使いは「反対!」と叫ぶ僧侶を手で制して言葉を続けた。
「その結果、勇者殿と魔王の血を引く子供が世界に誕生します」
仲間たちはその言葉に色を失った。勇者の血と魔王の血が混ざった場合、どんな子供が生まれるか想像できない。膨大な魔力を持つのか、果たしてその逆なのか。この世に平和をもたらすのか、果たして世界を混沌に陥れるのか。
「一番可能性が高いのは、勇者殿の力と魔王の力を引き継いだ最強の戦士が誕生することです。その魔力は恐らく世界の誰にも止めることはできないでしょう」
もしその子供が悪に傾いたとしたら恐ろしい未来だ。勇者たちもいつか年齢的にピークを迎える。その時は誰にも止めることはできないだろう。
「わかった。僕は今日の内に教会を出よう」
勇者は静かに言った。
「勇者は世界の平和のために再び旅立った、そうマコに説明してくれないか」
「だけどマコは多分あんたを追いかけるよ。それにあんたがいない間に魔王の力が覚醒したらどうするのさ」
勇者以外の3人は勇者抜きで魔王となったマコと戦えるか心配だった。恐らく勝ち目はないだろう。
「ゆゆゆ、ゆゆゆうしゃさま!」
ついに僧侶は決意を固めた。
「まえから、前から、私、勇者様のことが……」
女戦士と若き魔法使いはついに決意を固めた僧侶をじっと見守った。
「どうした僧侶? 急に立ち上がって」
「勇者様のことが……勇者様のことが……」
「どうしたのさ、ほら座りなよ」
「勇者様のことが……尊敬できる、素晴らしい御方だと思っていました……」
「そうか、ありがとう」
勇者は僧侶に微笑みかけた。
「でも今はマコのことと、世界のことを話し合おう。僕のことはどうでもいいよ」
僧侶はその言葉に頷きおずおずと席に座った。女戦士と若き魔法使いは「なにやってんだよこの臆病者」という視線を僧侶に送った。
「やはり約束した手前、黙って教会を去るのは良くないな。明日、朝マコに直接僕から伝えよう。僕は世界を救うため再び旅立つ。それにマコは連れていけない。その間マコは色々なことを知ってもらい、それでも気持ちが変わらなければ結婚しようと」
勇者は固く決意を固めて言った。
「その間あんたはどうするんだい? 救う世界なんかどこにもないよ!」
女戦士は堪らず勇者に言った。仲間たちはその言葉に気づいた。勇者は自分自身の幸せを犠牲にするつもりだ。
「僕はその間、世界の果てで一人暮らすよ」
若き魔法使いは堪らず叫んだ。
「勇者殿、あなたは本来世界の人々に祝福されて生きる人間です! そんな世捨て人のような生活はあなたにふさわしくない!」
勇者は若き魔法使いに微笑んで言った。
「もう世界は救われた。勇者なんて必要ないさ。それに僕は魔族に対抗する力を持つだけの人間だ。魔族なき今、この力も僕自身も世界に必要ないんだよ」
勇者の言葉に誰も返す言葉を持たなかった。若き魔法使いは沈黙を破り、決意をこめた視線で勇者を見た。
「わかりました。勇者殿、その旅に私も同行させてください」
勇者は冷静に若き魔法使いに言った。
「ダメだ。僕の人生に君を巻き込む訳にはいかない」
僧侶は再び立ち上がった。
「勇者様! 私も同行させてください!」
僧侶にも勇者は冷静に言った。
「君はマコを見守る使命がある。そして君も僕の人生に巻き込む訳にはいかない」
女戦士はのんびり言った。
「あたいはついてくよ」
勇者は驚いて女戦士を見つめた。
「ダメだ。君も……」
女戦士は勇者の言葉を遮った。
「あたいはただの乱暴者だった。それがあんたと出会ったことで人生が変わった。あんたの旅に付き合うことがあたいの人生そのものさ」
女戦士は酒を飲むジェスチャーをして、勇者を見て笑った。
「それに一人で飲む酒は旨くないよ。酒飲み仲間ぐらい連れていきな。なぁに、いい男でも見つけたらあんたと別れるよ」
勇者は女戦士との熱い友情の絆を感じた。勇者は彼女のその決意に満ちた瞳を見て頷いた。
「ありがとう。明日共に旅立とう」
勇者たちの会議の結論が決まった。僧侶は静かに涙するしかなかった。