マコ・青年期
その日は教会に泊まらずにこっそり宿に帰った。酒場で女戦士と若き魔法使いと一緒に久々の酒を飲んだ。
「だからあたいは言ったんだ。早めに殺しちまえって」
「そうだな。女戦士の言うことは正しい」
勇者は素直に同意した。若き魔法使いは勇者をかばうように冷静に言った。
「しかし殺したくないという勇者殿の気持ちも分かります。私は昨日一緒に遊んだだけで情が移りました」
女戦士はちっと舌打ちをしながら酒を飲んだ。
「あたいも可愛い子だと思ったよ。でも人間の敵であることは変わりない」
勇者はため息をつきながら言った。
「あとは僧侶に任せるしかない。自分が人間ではなく魔族であることを知っても、平和を愛する子に育つかどうかだ」
勇者は初めて自分に眠る退魔の力を恨めしく思った。自分が魔族の最も憎む敵でなければマコを育てることができるのに。
「2人に頼みがある。誰だって自分のルーツが何で、どんな種族なのかは知りたがるはずだ。理想はマコ自身が魔族であることを知っても、人間と平和に過ごすことを望むことだ」
2人は黙って頷いた。それが叶わなければ戦わなくてはいけない。マコと殺しあいをしなければならない。
「だからなるべく優しく、平和が素晴らしいことを教えてやって欲しい。これまで魔族に滅ぼされ、駆逐された国や村は数え知れず多い。そのことはいけないことだと教えて、マコ自身は人間と生きる子に育って欲しい」
女戦士と若き魔法使いは揃ってため息をついた。だが、頭を下げる勇者に向かって力強く頷いた。
「難しい注文だね。でもあんたの頼みだ。やるだけやってみるよ」
「お任せください。勇者殿の願い叶えてみせます」
「ありがとう」
勇者は仲間たちに感謝した。その晩は遅くまで酒を共にした。
翌日、勇者は久しぶりに世界を回ってみた。勇者は若き魔法使いから教えてもらった移動魔法を習得している。
様々な国や街を見て来たが、魔族の侵攻は完全に停止しているようだった。魔族そのものが力を失っており、人間たちを襲うこともなかった。またいくつかの魔族は存在そのものが消えていた。
勇者は精霊のほこらに向かった。世界の最果てに存在し、自分に眠る退魔の力を更に引き上げてくれた精霊が住む場所だ。
勇者はほこらに祈り捧げ、精霊に尋ねてみたかった。果たして自分の判断は正しかったのか、精霊は魔王が死ぬことを望んでいるのか。
「精霊よ、教えて欲しい」
勇者は祈りを捧げ続けた。だが、返事は変えって来ない。かつて魔族を倒すための力を求めた時は精霊の声が聞こえた。その力を平和のために活用するように精霊の意思を感じることができた。だが、今日は精霊からの返答はない。
(精霊も迷っているのだろうか……?)
そう思った時、勇者の力が更に引きあがるのを感じた。自分に眠っていたと思われる更なる魔力が湧き上がってくる。
「精霊! これはどういうことですか!?」
魔王は今や力を失い、魔族もその力を失っている。それでも自分に更なる力を与えるとは一体どういうことなのか。真に倒すべき敵はまだ残っているというのか。
「マコを、マコを倒せというのですか!?」
精霊からの返答は返ってこない。何故だ。今までの力では倒せない敵がいるということか? マコはかつての魔王よりも強大な力を持って自分を襲うということか? 勇者は必死で精霊に尋ねるが返答は返ってこなかった。
勇者は急いで僧侶の教会がある街に飛んだ。マコがもう魔王になってしまっていないか、急いで確かめる必要があった。
勇者は姿を隠す魔法を使い、こっそり教会の様子を覗いた。教会の広場では子供達ともう15歳ほどに成長したマコの姿があった。無邪気に楽しそうに輪になって遊んでいる。その側には女戦士、僧侶、若き魔法使いの姿もある。
勇者はとりあえず安堵した。まだ魔王になどなっていないようだ。大人に成長してはいるが昨日と同じ無邪気な笑顔を浮かべている。
やがて若き魔法使いが勇者に気づいて、こっそり近づいてきた。
「どうだマコの様子は?」
「昨日と変わりありません。ただ魔力が膨大に膨れ上がってます」
「ああ、そのようだね」
マコからはその身に眠る膨大な魔力を感じる。魔法を教えればひとつの村ぐらいは滅ぼせるだろう。
「なるべく勇者殿の言いつけ通り平和の大切さを教えています。しかし、勇者殿、その力はいったいどうしたのですか」
「やっぱり感じるか」
「はい。退魔の力が以前より大きくなっております。一体どうされたのですか?」
勇者は精霊のほこらに行ったことを魔法使いに説明した。
「今の勇者殿であれば以前の魔王も比較的簡単に倒せるでしょう。なぜ、そのようなことに……」
「あーー!! 勇者様ーーー!!!」
マコは勇者の姿を見つけると嬉しそうに走り寄ってきた。2人は驚いた。2人は一般人に見えないよう姿を消す魔法を使っていたのだ。
「勇者様! もうご用時は終わったんですか?」
「用事?」
若き魔法使いが機転を利かして勇者にささやいた。
(勇者殿は勇者ゆえの大事な用があるから教会にこれないと説明したんです)
(なるほど)
勇者はにっこりとマコに微笑んだ。
「ああ、終わったよ」
「やったぁーーーー!!」
マコは嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねた。勇者たちの姿が見えない女戦士や子供たちは、一体マコがそんなに喜んでいるのか分からずにいる。2人は姿を消す魔法を解いた。
「じゃあ今日は一緒にご飯食べれますね!」
「ああ、そうだね」
「また一緒に寝てください!」
「い、いやマコは大きくなったからもう一人で寝なさい」
「いやだぁーー」
勇者の姿を見つけた教会の子供たちも嬉しそうに駆けてきた。
「ゆうしゃ様だ! こんにちは!」
「皆元気そうだね」
僧侶が驚いたように近づいて勇者に囁いた。
「勇者様、教会には来ないはずでは…?」
「いや、姿を消す魔法を使っていたんだが、マコに見えてたみたいなんだ」
僧侶は顔を曇らせた。マコの魔力が膨れ上がり、簡単な魔法がもう通じないことを悟ったのだろう。
「勇者様! 一緒にごはん! ごはん!」
マコが嬉しそうにじゃれついてくる。もう胸も膨らみ始め女性の体になってきている。青年期までは急成長するというからもうすぐピークを迎えるだろう。
勇者は迷ったが、教会で夕食を取り泊まることにした。マコが自分を避けてると知れば疑いを持つだろうからだ。
マコは勇者からべったり離れなかった。生まれて数日なのだから甘えん坊なのはしょうがない。しかし体は女性に確実に近づいて来ているため、僧侶がマコを勇者から引き離そうと必死だ。勇者は鈍感なため僧侶が何故そんなに目くじらを立てるのかよくわからなかった。その様子を見て女戦士と若き魔法使いはため息をついた。
結局最後はマコが泣き出し、勇者と一緒に眠ることをせがんだ。僧侶は大きくため息をつきながら、自分の部屋に勇者とマコを招いた。
「えへへーー勇者様と一緒にねんね」
マコは15歳ほどの体にしては甘えん坊が過ぎていた。遠慮なく自分の体を摺り寄せてくる。
「一昨日も一緒に寝たじゃないか。マコは甘えん坊だなぁ」
勇者の腕の中でマコは幸せそうだ。勇者の中でますます申し訳ないという気持ちが募る。マコは感じていないようだが、自分の退魔の力はかなり強大なものになっている。マコの種族を殺す敵であることが申し訳なく思った。
一方僧侶はそわそわと勇者のベットを見ていた。説明するまでもないが僧侶は勇者に惚れている。
(勇者様にはロリコン趣味はないようですね…)
僧侶はそれだけが救いだった。だが、今日はなかなか寝付けない夜になると感じていた。
「ねぇー勇者様ぁー」
「どうしたんだい?」
「マコ、何だかみんなより成長が早いみたいー」
「そ、そうだね」
「みんなより早く大人になれるね!」
「そ、そうだね。マコは早く大人になりたいの?」
「うん!」
マコは勇者の腕の中で嬉しそうに頷いた。
「だって大きくなったら勇者様と結婚だもん」
マコは純粋に笑っている。自分はマコの敵なのにマコは自分と結婚することを望んでいる…。勇者は複雑な気分になった。そして同時に僧侶も複雑な気分になった。
「こら、マコちゃん」
僧侶がたまらず声をかけた。
「結婚するためには16歳にならないといけないのよ。マコちゃんはまだ5日よ。あと5,800日ぐらいは必要なのよ」
「えー」
マコはたまらず不満の声を上げた。
「だってマコもうすぐ大人になるよ。大人になれば勇者様と結婚してもいいじゃん」
「大人だから良いって訳じゃないの。ちゃんと法律で決まってるの」
「だってマコ人間じゃないもん。人間の法律関係ないもん」
勇者と僧侶は思わず飛び起きた。
「お、おいマコ、何で自分が人間じゃないって思うんだ」
「えー?」
マコはそんな質問をする勇者を不思議そうに見つめる。
「だってマコ角生えてるし、成長のスピードが人間と違うよ」
「ま、まぁそうだな」
「たぶんマコ魔族に近いと思うんだ」
勇者と僧侶の背中を冷たいものが流れた。勇者は動揺を顔に出さないように、冷静にマコへ尋ねた。
「どうして、マコは自分が魔族に近いって思うんだい?」
「うんとね。ご本で読んだの」
「ご本?」
「うん」
勇者は僧侶の顔をチラリと見た。僧侶には心あたりがあった。教会の本の中には様々な種族を紹介する絵本がある。
「世界には色々な種族がいるんだって。エルフとかホビットとか魔族とかオークとか……。勇者様は見たことある?」
「あ、ああ。色々な種族は見たことあるよ」
「いいなぁ。どんな種族を見たの?」
勇者は数々の冒険を思い出す。恐らくほとんどの種族と会ったはずだ。
「うーん。たぶんほとんどの種族と出会ったよ」
「マコに似たのはいた?」
勇者は慎重に言葉を選んだ。マコに嘘はついてはいけない。
「会ったのはほとんど大人だから。子供だとわからないなぁ」
「そっかぁ。マコは何だろうと思ったら、魔族が一番近いんじゃないかと思ったの。勇者様はマコの種族は何か知ってる?」
勇者は答えに困った。嘘はつけない。嘘はつけないが本当のことも言えない。
「…そうだなぁ。厳密に言うとよく分からないなぁ」
勇者は心の中で「嘘じゃない、魔王のが何の種族か知らない。魔族の可能性は高いけど、魔族にも色々あるし」と必死に言い訳した。
「そうかぁ。勇者様も分からないかぁ。たぶん角とマコの成長スピードを考えると魔族の可能性が高いと思うんだ」
マコは自分の角をいじると嬉しそうに笑った。
「でも、マコ魔族で良かった」
勇者も僧侶もそのマコの言葉に驚いた。マコは勇者に抱きつき勇者の匂いをすぅーと吸い込んでにこにこ笑っている。
「ど、どうして魔族で良かったって思うの?」
僧侶が怯えながらマコに質問した。
「だって」
マコは心底嬉しそうに言った。
「魔族は早く大人になれるから、勇者様と結婚できるもん。もし人間だったら、マコが大人になる前に勇者様、きっと誰かと結婚しちゃうもん」
勇者はぎゅっとマコを抱きしめた。勇者は心から良かったと感じた。マコは自分のルーツが分かってもそれが良かったと思ってくれた。魔族だから自分と敵対する間柄を選ばず、逆に魔族であることのメリットを感じてくれた。それはマコと敵対する必要がないということだった。
「やだぁ、勇者様苦しいよぅ」
「ああ、ごめんな」
「いいよぉ。勇者様大好きー!」
「ああ、僕もマコが大好きだよ」
「やったー」
「じゃあ、もう遅いから寝ような」
「うん! おやすみなさーい」
勇者とマコは仲良く眠りについた。眠れないのは僧侶のほうだった。今の話ではマコが勇者と結婚することが必要ではないか。そうすれば自分はどうすればいいのか、僧侶は結局一睡もできないまま朝を迎えた。