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第七話_勇者の罠

天幕の中。

ヘパルディア王国の象徴たる勇者パーティーが、計算され尽くした「歓迎」の布陣で待ち構えていた。


「よく来てくれた。先日の非礼を、まずはこの場で深く詫びたい。」


勇者アレクが、柔和な笑みを浮かべて立ち上がる。

その合図と共に、一人の魔族の少女が震える手で最高級の葡萄酒が注がれたグラスを運んできた。

少女の身なりは整えられていたが、袖から覗く細い腕には生々しい痣や切り傷が幾筋も走っている。

その怯えきった所作は、日常的に繰り返される暴力を無言で物語っていた。


「貴様ら、その娘を…!」


アーデルミノスが激昂し、椅子を蹴りかけようとしたその時、清十郎がそっと彼女の手を制した。

その顔には、相変わらず穏やかな微笑が貼り付いている。


「こちらの書面は読んでくれたかな?」


アレクが、アーデルミノスの怒りなど意に介さず言葉を継ぐ。


「ここに来てくれたということは、良い返事をもらえるということで間違いないかな?…さあ、まずは乾杯をしよう。和解の印だ。」


全員にグラスが渡り、アレクが杯を掲げようとしたその時だった。

緊張のあまり、奴隷の少女が足をもつれさせ、葡萄酒を絨毯の上にぶちまけてしまった。


「チッ!このゴミがぁッ!」


即座にカタロフが立ち上がり、少女の細い首を片手で掴み上げた。

恐怖に顔を歪ませる少女。


「貴様っ、やめろ!」


アーデルミノスが掴みかかろうとするが、今度は清十郎が静かに口を開いた。


「…休戦を結びたいという割には、その魔族に対する態度。いささか筋が通らないのでは?」


「ああん?黙ってろ!こういうヤツには躾が必要なんだよ!」


カタロフが凄むが、アレクがそれを手制で止めた。


「よせカタロフ。…下がっていろ。」


少女は投げ捨てられるように解放され、涙を浮かべて逃げるように天幕を去っていった。

アレクはわざとらしく溜息をつき、肩をすくめる。


「粗暴な仲間で申し訳ない。こういった関係も、これからは正していきたいものだ…。」


心にもない謝罪を口にしながら、アレクは傍らの宝箱から銀の首輪――『従属サブミッション首輪カラー』を取り出した。


「乾杯の空気ではなくなってしまったな。代わりに、先日の非礼の詫びとしてこれを受け取ってほしい。我が国に伝わる秘宝…友情の証だ。」


アレクが立ち上がり、清十郎へと歩み寄る。


「これはご丁寧に。痛み入ります。」


「んっ!?待てセイジュウロー!それは…。」


疑うそぶりも見せずその首輪を受け取ろうとすると、アーデルミノスが首輪の呪詛に気付き声を上げる。

だが、すでに首輪は清十郎の手に収まっていた。

その瞬間、勇者パーティーの顔が、見るに堪えぬほど醜悪に歪む。


(((触れた。…勝った!!)))


どす黒い勝利の確信が、彼らの表情を濁らせる。

精神を破壊し、生ける屍へと変える呪術が、清十郎の指先から脳へと駆け巡るはずだった。


――だが。


世界の時が、一拍だけ止まった。

音も、風も、光さえもが消失したような絶対的な静寂。

次の瞬間、アレクの視界が緩やかに、そして無慈悲に回転した。


「…え?」


アレクが最後に見たのは、首から上が存在しない自らの身体だった。

ドチャリ、と湿った音が静かな天幕に響く。


転がったアレクの頭部が、絨毯にこぼれた葡萄酒をさらに深く赤く染め上げた。

何が起きたのか、誰一人として理解できなかった。

清十郎は刀を抜いた姿さえ見せず、ただ、受け取った首輪を「汚物」でも捨てるかのような仕草で、無造作に床へと放り捨てる。


「残念…交渉は決裂です。」


清十郎の笑顔には、一滴の温度も混じっていなかった。

そこにあるのは、ただ真っさらな虚無。

勇者の首を刈り取ったその刀には、返り血一滴すらついていない。


「…ゆ、勇者…様…?」

焦点が定まらないリゼアが、喉の奥をひきつらせる。


「い…いやぁぁぁあ!!」

セラの悲鳴が天幕に響き渡る。


ヘパルディア王国の象徴たる勇者の命が、まるで道端の雑草を毟り取るよりも容易く、あまりにも呆気なく、この世から消え去った。


「キサマぁああッ!!」


逆上したカタロフが清十郎へと襲いかかる。

大きく開かれたその口に、清十郎はいつの間にか奪い取っていたアレクの剣を、迷いなく突き刺した。


「アナタのような猛獣には、躾が必要ですね。」


「が、あ…ッ!?」


絶叫すら封じられ、カタロフがのたうち回る。


「カタロフ!今すぐに…!」


セラがとっさにで回復魔法を使おうとしたが、すでに彼女の傍らにはアーデルミノスがいた。

左手の氷結魔法がセラの回復術式をかき消し、右手の炎で彼女を包み込む。


「塵に還れ!」


声にならない叫びを上げて燃え尽きていくセラ。

その炎の揺らめきの中で、アーデルミノスは、ここへ向かう途中の清十郎との会話を思い出していた。


--------------

『それと、アーデルミノスさん』


馬を寄せた清十郎が、彼女にだけ聞こえる声で告げた言葉。


『ボクは、たとえどれほどの外道であっても、女性を手にかけない主義なんです。理解してもらえないかもしれませんが、曲げられない信念…とでも思ってください。』

--------------


アーデルミノスは、燃え盛るセラの残骸を見つめながら不敵に笑みを浮かべた。


「ならば、そこは私が引き受けよう。お前のその『曲げられない信念』、私が守ってやる」


清十郎は、目の前でのたうち回るカタロフを後目に、そんなアーデルミノスに頷く。


「助かりますよ、アーデルミノスさん。」


彼女に対して軽く微笑みかけた後、それとはまったく違う冷徹な眼差しを、カタロフとリゼアへと向ける。


「では、残りの汚らしいゴミクズを片付けましょうか。」


恐怖で腰を抜かし、声にならない声をあげるリゼア。

勇者パーティーの卑劣な罠は、清十郎の無慈悲な一閃によって失敗に終わった。

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