第五話_勇者パーティーの天幕
魔王軍の居城から『転移』の魔法で逃げ帰った勇者パーティーの本陣。
「おい、家畜!治癒が止まってるぞッ!さっさと治せ!」
天幕の中で、重戦士カタロフの怒号と生々しい肉を打つ音が響く。
清十郎に叩き折られたカタロフの腕を治療しているのは、首輪を嵌められ、怯えに震える幼い魔族の少女だった。
少女の手のひらからは淡い光が出ているが、清十郎が残したダメージは深く再生が追いつかない。
「ヒッ!ごめんなさ…、」
「つかえねぇ家畜だなッ!」
カタロフは残った左腕で、少女の細い喉を掴み上げ、そのまま天幕の支柱へと叩きつけた。
少女が血を吐きながら崩れ落ちる。
カタロフはそれを冷淡に見下ろし、折れた右腕の痛みに顔を歪めた。
「クソが!あの白い魔族め…ゴミの分際でこの俺に傷をつけやがって!!」
「…少し静かにして、頭に響くわ。」
魔法使いリゼアは、優雅に脚を組み、ヘパルディア産の高級ワインを口にしていた。
彼女が腰掛けているのは椅子ではない。
背中に鞍を置かれ、四つん這いに固定された魔族の青年だ。
青年はリゼアの体重と、踏みつけられるヒールの鋭い痛みに呻きを漏らすが、少しでも身体を揺らせば、リゼアの指先から放たれる微弱な電撃が、彼に「椅子」としての役割を思い出させる。
「リゼア、お前も見たろ。あの白装束、ありゃ一体何の魔物だ?」
「さぁ…セラの分析だと魔力も感じがなったって話だし、ジョブの判定も出ない。…おそらく、魔王軍が秘匿していた新種の魔導生物か何かじゃないかしら。ただの魔族があんな動きをできるはずがないもの。」
悪態をつく二人。
そこへ、天幕の垂れ幕が跳ね上げられ勇者アレクが入ってきた。
一瞬、開いた隙間から外の景色が覗く。
そこには、山のように積み上げられた魔族の死体があった。
戦死した者ではない。
アレクが陣に戻るなり、溜まった苛立ちをぶつけるために「試し斬り」にした非戦闘員の奴隷たちだ。
「…おかえり勇者様。『お楽しみ』は済んだの?」
リゼアの問いに、アレクは冷たく笑う。
聖剣にべったりと付着した紫色の血を、足元に倒れている魔族の衣服で拭った。
「ああ、二十ほど斬ったところで飽きた。…それよりカタロフ、あの白い『個体』についてだが。」
アレクは懐から、鈍い銀光を放つ禍々しい意匠の「首輪」を取り出した。
豪華な装飾とは裏腹に、幾重にも刻まれた呪詛の紋章が脈打つように淡く発光している。
「これを使う。先代勇者から受け継がれた神器――『従属の首輪』だ。」
アレクは愛おしそうに首輪の鎖を弄んだ。
「この首輪には協力な精神破壊の魔力が込められていてな…。人間以外の種族が触れた瞬間、精神を内側から崩壊させ、死ぬまで飼い主の命令にのみ従う生ける人形に変える。」
アレクの瞳に、執着と憎悪が混ざり合った色が浮かぶ。
「本来はアーデルミノスを俺たちの飼い犬にする予定だったが、予定変更だ。」
「あの白い魔物ね…。あれほどの身体能力、私たちの操り人形にできれば大陸でのヘパルディアの地位は盤石。」
リゼアがアレクに代わって思惑を口にすると。
何も言わず彼もニヤリと顔を歪ます。
「いいな、それ!」
カタロフが下卑た笑い声を上げた。
「あの女みてぇなツラした化け物が、精神ぶっ壊されて四つん這いで這いずり回る姿…最高に笑えるぜ。俺がたっぷり『仕込んで』やる。折られた腕の分、泣き叫ぶ機能だけ残してな!」
リゼアもまた、サディスティックな愉悦に目を細める。
「ですが勇者様、あの個体はあまりに敏捷です。まともに戦って首輪を嵌めるのは、骨が折れるのでは?」
天幕の隅で、魔族の奴隷を使って「浄化(と言う名の実験)」を行っていた僧侶のセラが口を開いた。
彼女の法衣には返り血が飛んでいるが、その顔は聖母のように穏やかだ。
「力ずくでやる必要はない。」
アレクは醜悪な笑みを深めた。
「『停戦』を提案する。」
「こちらから仕掛けておいて、さすがに虫が良すぎるんじゃねぇかアレク?」
カタロフが怪訝そうに眉をひそめる。
「たった今、本国から凶報が届いてな…。我が王、ヘパルディア三世が急逝された。」
「えっ、あの元気だった配下が?」
リゼアがワインを飲むのを止める。
「真偽などどうでもいい。重要なのは『王が死んだ』という情報だ。このまま魔王軍と全面衝突すれば、他国に背後を突かれかねない。…という体裁で、アーデルミノスに揺さぶりをかける。」
アレクの瞳には、冷酷な計算が光っていた。
「『我が王の崩御により、これ以上の戦争継続は本意ではない。互いの兵の命を守るため、まずは休戦の会談を持ちたい』、そう持ちかけるのだ。正義の勇者が歩み寄れば、魔族どもなぞ容易く隙を見せるだろう。」
「なるほど…。会談の場で『友好の証』とでも称して、この首輪を触れさせればいいのね。」
リゼアが愉快そうに肩を揺らす。
聞いていた他の二人も、勇者の策に感心している。
「人間相手だと騙し討ちみてぇで気が引けるが、魔族相手だと何の罪悪感も沸かないのは不思議だぜ。」
「当然だろう。魔族どもにかける情けなどない。あの『有害な道具』は、正しく管理してやるのが勇者の務めというものだろう。」
アレクが言い放つと、セラもまた祈るように手を組んだ。
「ええ。自我を奪うことも、汚れた道に迷い込んだあの個体に対する救済ですわ。私たちが正しき主となってあげるのですから。」
そこへ、一人の兵士が顔を青くして駆け込んでくる。
「報告します!魔王軍が臨戦体制に入りました!アーデルミノスが兵を集結させています!」
アレクは、先ほどカタロフに投げ飛ばされ、足元で虫の息になっている魔族の少女を、ゴミを片付けるような無造作な動作で踏みつけると、剣を腰に帯びた。
少女は首をつぶされ、目を見開いたまま苦しみの中で意識を失う。
「魔王軍に伝令を飛ばせ!交渉の用意があるとな。」
アレクの声が、冷たく響く。
「ヤツ等をこちら側に誘い出す。」
支配、暴力、そして独りよがりの正義。
天幕の中には、勇者たちの本性が腐ったヘドロのように渦巻いていた。




