第三話_始末屋と魔軍司令
勇者一行が『転移』の眩い光の中に消え、静寂が戻った広間。
「アーデルミノス様!ご無事ですかッ!」
「おのれ人間、よくも我らが主を…!」
配下たちは、膝をつくアーデルミノスに駆け寄り、その傍らに佇む男を包囲する。
「アーデルミノス様に何をした!」
「人間めッ!」
異形の魔族たちが牙を剥き、無数の刃を突き出そうとしたその時、アーデルミノスが鋭い声を上げた。
「待て!刃を収めよ!」
「しかし、アーデルミノス様!こいつは人間ですぞ!」
「…黙れ。貴様らではこの男の足元にも及ばぬ。それに…種族が何であれ、私の窮地を救ってくれたのはこの男だ。」
アーデルミノスはふらつきながらも毅然と立ち上がり、配下たちを鋭い視線で下がらせると、清十郎に向き直った。
「ん…、ゴホンッ!」
一瞬、抱きかかえられた時の感触を思い出し、アーデルミノスの白い頬が朱に染まる。
彼女は軽く咳払いをして、無理やり司令官としての仮面を被り直す。
「見事な剣筋であった…礼を言う。私の名はアーデルミノス。魔王軍南東軍の司令だ。」
「丁寧にありがとうございます。ボクは清十郎。朽木 清十郎と申します。」
清十郎はいつものように屈託のない笑顔を向ける。
だがその直後、不思議そうに首を傾げた。
「それにしても…アナタのような、か弱い女性を襲う四人組は何者だったんです?」
「…かっ、かよわっ…!?」
アーデルミノスは、不意を突かれたように表情を崩した。
魔軍司令、氷炎の魔女として大陸全土に恐れられる自分が、まさか「か弱い」と称されるとは。
彼女はまたも頬をわずかに赤らめたが、激しい咳払いで無理やり表情を立て直した。
「…ヤツらは、この大陸の覇権を狙う人間の国が放った『勇者パーティー』だ。…お前、奴らを知らぬのか?」
「ユウシャパーティー…聞いたこともありませんね。変なことを言うようですが、ここは夢か幻なんでしょうか?」
清十郎が本気とも冗談ともつかぬ口調で答える様子を見て、アーデルミノスは目を細めた。
彼女は警戒を続ける配下たちを再び制すると、広間の片付けを命じ、清十郎を自身の応接室へと誘った。
◇◇◇
重厚な黒檀の扉が閉まる。
窓の外には、紫色の月が不気味に浮かび、その光が室内の豪華な調度品に奇妙な影を落としていた。
応接室には、アーデルミノスと清十郎の二人きりとなる。
「…セイジュウローと言ったか。ここは夢でも幻でもない、血の流れる現実だ。」
「そのようですね。この部屋の匂いも、この空気の冷たさも、そして…先ほどのユウシャたちの殺意も、あまりに現実味がありすぎて、少々目眩がします。」
清十郎は、勧められるままソファに深く腰掛け、窓の外に広がる異形の風景、見たこともない植生の森や、空を舞う巨大な影を、まるで異国の土産話を聞くような目で見つめた。
「それでは、約束通り礼をしよう。何が望みだ? 富か、名声か。魔軍司令の名において、望むものは可能な限り与えよう。」
「それでは、この『現実』の情報を教えてください。ボクがいた場所とは、どうも勝手が違いすぎるようですから。打開策を考えるには、まず敵と味方を知る必要がありますので。」
清十郎の言葉を受け、アーデルミノスはこの大陸の成り立ち、人間の三国と魔族の二国の対立、そして「勇者」という名の略奪者たちの血塗られた歴史を語って聞かせた。
話を聞くにつれ、清十郎の笑顔から余裕が消え、冷徹な理性が浮かび上がってくる。
魔法という不可解な力、人ならざる者、そして種族そのものを呪いとする迫害の構図。
あまりに自身の知る「江戸」とかけ離れた内容に、彼は静かに長いため息を吐いた。
「…なるほど。どうやらボクは、本当に途方もない場所に迷い込んだようですね。帰る方法があるのかどうか、それすら怪しい。」
「お前の話を聞いていると、本当にこの世界の基礎すら知らぬと見える。それどころか、魔法の理すら通じていないようだが…。お前の戦い方は、魔力による身体強化ではなく、純粋な肉体の練磨によるものか?」
アーデルミノスは思考に沈むように顎に手を当てた。
清十郎からは、レベルやジョブ、スキルといったこの世界の法則を感じさせない「空虚な強さ」を感じる。
彼女はふと思い立ったように立ち上がると、壁際の本棚から一冊の古びた、羊皮紙が茶色く変色した伝記を取り出し、清十郎の前のテーブルに広げた。
それは、魔族の側に伝わる、数千年前の初代勇者誕生の記録。
「これは禁書に近い扱いだが…。初代勇者は、この世界とは別のもう一つの世界から来た『異世界人』だったのではないかという記述がある。ヤツもまた、それまでの魔法体系を無視した圧倒的な力を持ち、異なる常識を持ち込んで世界を歪めた。」
アーデルミノスの瞳が、探るように清十郎を射抜く。
「セイジュウロー…お前まさか『勇者』、なのか? あの略奪者共と同じく、異界から災いをもたらしに来たのか?」
「ボクが勇者…?」
清十郎は、その言葉を反芻し可笑しそうに笑った。
その笑いは、先ほどよりもどこか鋭く、冷え冷えとしていた。
「とんでもない。ボクはただの始末屋、いや殺し屋ですよ。」
だが、アーデルミノスの顔に笑みはなかった。
彼女は、目の前の男が、かつて世界を壊した勇者たちと同じ、あるいはそれ以上の異物であることを、本能で察していた。
「…もし、お前がその初代勇者と同じ『異世界人』なのだとすれば。この世界において、お前は神にも悪魔にもなれるだろうな。」
清十郎は、ゆっくりと立ち上がる
「神様には興味がありませんね。…ですが、アーデルミノスさん。最初にお会いした時に言った通り、ボクはアナタに助太刀しますよ。」
「それこそ不可解だぞセイジュウロー。何か…理由はあるのか?」
「理由ですか?そうですね…。アナタの凛とした姿勢が、見ていて気分が良い。それだけですよ。」
目を見開くアーデルミノス。
そんな彼女を尻目に、清十郎は「その前に…」と続ける。
「これからの相談をする前に…何か飲み物をいただけませんか?緊張していたせいか、喉が渇いてしまいました。」
そのあまりに場違いな要求に、アーデルミノスは一瞬呆気にとられた後、小さく、だが確かな笑みをこぼした。
「…ふっ、いいだろう。私のとっておきの、最高級の茶葉を用意させよう。…セイジュウロー、お前のような男を客人に迎えるのは、この城の歴史始まって以来のことだ。」
「光栄ですね。ああ、できれば和菓子…いえ、甘いものがあれば嬉しいのですが。」
「ふむ、贅沢な男だ。だがお前のやってくれたことの対価としては安すぎるな。」
静まり返った夜の城内で、江戸の始末屋と魔族の司令官。
相容れることのなかったはずの二人の間に、奇妙な、だが強固な信頼の芽が息吹き始めていた。




