第二話_魔軍司令 VS 勇者パーティー
かつて様々な種族が敬い合いながら共存していたパルテミス大陸。
その均衡は、一人の「勇者」の誕生により無惨に崩れ去ることとなった。
人という種族から突如として現れたその男は、圧倒的な武力で周辺諸国を蹂躙した。
彼は種族を「人間」と「それ以外」に明確に区別し、後者を「魔族」と定義して徹底的な迫害を開始。
魔族は人間の国において家畜同然の奴隷として扱われ、その尊厳は踏みにじられた。
初代勇者の死後、大陸は五つの国へと分断される。
人間の統べる三国と、魔族の統べる二国。
三国は大陸の覇権を巡って争い、各々が自国の戦力こそが正義であると誇示するために、最も武に優れた者に「勇者」の称号を与えた。
そして今――南東に位置する人間の国「ヘパルディア」の勇者アレク率いるパーティーは、今まさに魔軍司令アーデルミノスの居城へと忍び寄っていた。
◆◆◆
「ヘヘッ…。アーデルミノスとやらは、絶世の美女だって噂じゃねえか?」
重戦士カタロフが、斧を肩に担ぎ直し下卑た笑いを浮かべる。
「魔族の女を抱くのは初めてだが、殺す前にたっぷりと可愛がってやるのも悪くねえな。泣いて命乞いする顔が今から楽しみだぜ。」
「相変わらず下品ね、カタロフ。けれど同意するわ…。」
女魔法使いのリゼアが、杖の端を指でなぞりながら冷ややかに笑う。
「魔族の分際で『美女』だなんて、存在自体が生意気なのよ。その高慢な角ごと私の炎で焼き尽くして、醜い炭の塊に変えてあげる。」
「よせ、魔族など家畜以下だ。そんなものを相手に情を動かす必要はない。」
勇者アレクが、氷のように冷たい声で二人を制した。
その瞳には、生命に対する敬意など微塵も存在しない。
「俺たちの目的は暗殺。アーデルミノスを見せしめにし、ヘパルディアの威光を知らしめる。それが勇者である俺たちの使命だ。」
「勇者様の仰る通りですわ。」
最後尾を行く僧侶のセラが、慈愛に満ちた聖女のような微笑を浮かべた。
「人間の為に死ぬことこそ、穢れた彼らにとって唯一の幸せ…。一刻も早く、彼らをこの苦世から解き放ってあげなければ…。」
歪んだ選民思想と剥き出しの加害性を胸に、彼らは隠し通路を抜け、魔軍司令の私室へと至る大広間へ躍り出た。
◇◇◇
「――賊かッ!」
広間の中央。
三人の側近に守られていたのは、真紅の髪に一筋の白髪が混ざる神秘的な容貌の美女。
魔軍司令アーデルミノス。
彼女がまとっていた豪奢な真紅のドレスが、侵入者を捉えた瞬間に激しく揺らめく。
「下劣な人間の勇者が…、我が居城を汚した罪、万死に値する!」
だが、返答は鋼の唸りだった。
「邪魔だ、どけッ!雑魚がっ!」
カタロフの放った巨大な斧が、盾を構えた側近の一人を防具ごと真っ二つに引き裂いた。
飛び散る紫色の鮮血が鎧を汚す。
「『聖なる裁き』を!」
セラの放ったまばゆい光の束が、魔法障壁を展開しようとした二人目の側近を貫き、内側から細胞を破裂させる。
さらに、リゼアが杖を一振りすると、不可視の真空刃が奔り、残った三体目の側近の首を紙でも切るかのように容易く刈り取った。
「貴様ら…っ!」
わずか数瞬。
忠実な配下を肉塊に変えられたアーデルミノスの瞳に、肉食獣の如き鋭い怒りが宿る。
真紅のドレスが魔力の奔流によって霧散し、その下から肌に密着した漆黒の鎧が姿を現した。
二つ名は氷炎、『魔軍司令・氷炎のアーデルミノス』である。
彼女の左右の掌から、すべてを灰にする劫火と、魂まで凍てつかせる絶対零度の冷気が同時に吹き荒れる。
「許さんぞ勇者どもッ!!」
彼女は左右の掌を大きく広げ、叫んだ。
「ちっ、派手な魔力だぜ!」
カタロフが斧を盾にして熱風を凌ぐ。
「リゼア、狙えるか!?」
アレクの鋭い指示に、リゼアが杖を掲げた。
「ええ、まかせて!真空波!」
リゼアが放つ不可視の真空刃が、空気を切り裂きアーデルミノスの首筋を狙う。
だが、アーデルミノスは微動だにしない。
彼女は空中に無数の氷の粒を発生させた。
「無駄だ。」
直後、指先から放たれた極小の火屑が氷粒を瞬時に蒸発させる。
爆発的な水蒸気が視界を真っ白に染め上げた。
「なっ、霧!?狙いが絞れないわ!」
「音で探れ!奴は動いて――」
アレクの言葉が終わるより早く、霧の中から硬質な音が響いた。
アーデルミノスは瞬時に足元の石畳を凍らせ、自らの足首に鋭利な氷の刃を纏わせたのである。
「遅いな、人間共。」
スケートの如き滑らかな、それでいて雷鳴のような速度の高速移動。
アーデルミノスは霧を切り裂き、最短距離で重戦士カタロフの懐へと潜り込む。
「ちぃッ!ちょこまかとッ!」
カタロフが反射的に斧を横に薙ぐが、アーデルミノスは氷の刃を支点に独楽のように回転。
斧の側面を足の刃で蹴り、その遠心力を利用してさらに加速する。
「なっ、弾かれただと…!?」
アーデルミノスは拳に氷を纏わせ巨大な氷解に変え、カタロフの顔を狙いを定める。
遠心力による速度と、氷塊の質量による高威力の攻撃。
「危ないっ!!」
間一髪、セラの放った神聖障壁が氷塊を砕く。
だが、アーデルミノスは止まらない。
砕けた氷の欠片に瞬時に炎を付与し、散弾のような爆発へと変えた。
「ぐあああっ!熱ィッ!」
「下がれカタロフ!」
アレクが聖剣を抜き放ち、アーデルミノスの動線を遮るように斬り込んだ。
「侵略者どもめ!正々堂々と戦うこともできんのか!?」
「黙れ!魔族に正しさを語る資格はないつ!」
聖剣と氷の爪が激突し、火花と冷気が混ざり合う。
アーデルミノスはアレクと剣を交えながら、背後から迫るリゼアの気配を捉えていた。
「そこだ、醜い魔族め!『大爆炎』!!」
背後から迫る巨大な火球。
だが、アーデルミノスはアレクを力任せに押し返すと、自らの足元に巨大な氷の壁を生成。
それを踏み台にして、天井付近まで跳躍した。
「爆炎で私を焼くか?ならばその熱、利用させてもらう。」
空中で反転したアーデルミノスが、リゼアの放った爆炎の余波を魔力で強引に束ね、巨大な火の鳥へと再構築する。
「なっ、私の魔法を上書きした…!?」
「喰らえ。」
火の鳥がリゼアを襲う。
「アレク様ぁっ!」
「チッ、世話が焼ける!」
アレクがリゼアの前に飛び込み、聖剣の力で火の鳥を切り裂いた。
広間を縦横無尽に滑り、炎を氷に変え、氷を爆発させるアーデルミノスの変幻自在な闘法に、勇者パーティーは確実に翻弄されていた。
しかし――。
「…はぁ、はぁ…。」
アーデルミノスの肩が大きく揺れる。
魔力の消耗が限界に近かった。
一人で容易く側近を倒すことの実力者四名を相手に、互角以上の攻防は長くは続かない。
「流石は司令官というだけある。だが…その呼吸、もう限界だろう?」
アレクの合図と共に、四人の連携が真価を発揮し始める。
リゼアが執拗な対抗魔法でアーデルミノスの氷床を溶かし、カタロフがその鈍った足を狙って斧を振り下ろす。
アーデルミノスがそれを炎で迎撃しようとすれば、即座にセラの神聖障壁が展開され、その背後からアレクの聖剣が、まるで毒蛇の牙のように隙を突いた。
四方向からの同時攻撃。
逃げ場のない死の結界。
アーデルミノスが高速移動で逃れようとした先には、リゼアが予め設置していた真空の罠が待ち構えていた。
「捕らえたわよ、アーデルミノス!」
「…くっ!」
回避不能な密度の暴力。
真空刃がアーデルミノスの脇腹を裂き、バランスを崩したところへカタロフの斧の柄が腹部を打撃した。
「が…っ!!」
吹き飛ばされ、石柱に背中を強打する。
魔力は底を突き、視界が紫色の鮮血で滲む。
絶世の美女と謳われた司令官の膝が、ついに折れた。
「終わりだ。その角、本国への土産にさせてもらうぞ。魔族の司令官の首ともなれば、かなりの報奨金になるからな。」
アレクが醜悪な勝利の笑みを浮かべ、聖剣を高く振り上げた。
アーデルミノスは屈辱に唇を噛み締め、最期の自爆魔法を編もうとする。
しかし、傷ついた指先は震え、魔力は一滴も絞り出せない。
死の宣告が下されようとした、その時――。
世界の理が、音もなく軋んだ。
広間の中心、アーデルミノスとアレクの間に、空間が飴細工のようにぐにゃりと歪む。
「…十六。」
戦場の狂気とは対照的な、あまりに穏やかで、涼やかな声。
誰もいないはずの虚空から、純白の着物を纏った「異邦の死神」が姿を現した。




