第六話_強者が正義
翌朝。
森の静寂を切り裂いたのは、三人の男たちが地面に額をこすりつける鈍い音だった。
「全く知らなかったとはいえ、魔軍司令閣下と遊撃将殿に無礼をっ!」
「殺さないでくだせぇ!何も知らなかったんでさぁ!!」
シロとクロは事の真相を知り、顔面を蒼白にして震え上がっていた。
隣でリュウも一緒に並んで土下座している。
正体が露見してしまったアーデルミノスは、観念したように溜息をついた。
「…バレてしまっては仕方がない。だが、今はただの『町娘』だ。そう畏まるな」
「で、でしたらせめて、セイジュウローさんのことを『アニキ』と、閣下は…恐れ多いですが『アネゴ』と呼ばせていただければ!」
清十郎は困ったように眉を下げて笑う。
「ボクは構いませんよ。本当はこれまで通り、冒険者の先輩として接してほしいのですが…。」
「アネゴ…?」
こうして、一行は奇妙な連帯感――というか、極端な上下関係――を孕みながら、目的地へと歩を進めた。
道中、リュウが昨夜の異変について口を開いた。
「しかし、ポイズンスパイダーがあんな場所に現れるなんて、今まで一度もありませんでした。やはり、アマデウス様の領地が近いのが影響してるんでしょうかね?」
「アマデウス様?」
清十郎が首を傾げると、アーデルミノスが厳しい表情で答える。
「我が主、ローデウス様の兄君だ。ローデウス様は人間との共存にも寛容な面があるが、アマデウス様は苛烈なまでの『魔族至上主義』。お前が想像していた『魔の住まう地』を体現しているのは、あの方の領地だろうな。あえて凶悪な魔獣を領内に放ち、人間を近づけさせぬようにしているのだ。」
本来、ローデウスの領地には強力な結界が張られ、高位の魔獣が迷い込むことはない。
少し間を置いて続ける。
「ポイズンスパイダーごときなら問題ないが、それ以上の個体が町へ向かえば被害は免れん。帰還したらすぐにローデウス様へ報告せねばな。」
不穏な空気を孕みつつも、一行はようやく切り立った岩壁が続く鉱山へと到着した。
◇◇◇
「アニキ、アネゴ!ここからは俺たちの仕事です。手出しは無用ですよ!」
意気込むシロとクロが、獲物を見つけて駆け出した。
岩陰から姿を現したのは、鈍色の硬質な鱗に包まれた巨躯――アーマードリザードだ。
「一応、俺たちもB級の端くれですからね。セイジュウローさん、見ていてください!」
リュウの合図とともに、三人の見事な連携が始まった。
リュウが盾で突進を受け流し、シロとクロが左右から鋭い爪と剣で、鱗の隙間を的確に突いていく。
「…ほう。ただの雑魚だと思っていたが、なかなかのものだな。」
アーデルミノスが感心したように呟く。
清十郎も、その戦い振りを静かに見守っていた。
「戦っている姿は初めて見ましたが、リュウさん達の身体能力は素晴らしいですね。」
アーマードリザードが怒り狂い、口から溶岩のブレスを吐き散らすが、三人は息の合った跳躍でそれを回避し、最後はリュウの渾身の一撃が脳天を叩き割った。
「やったぜ!さあ、こいつの腹を割くぞ。お宝は胃袋の中だ!」
◇◇◇
三人が手際よく解体を始めたその時、背後の岩場から傲慢な声が響いた。
「…フン、薄汚い魔族の冒険者に先を越されたか。」
現れたのは、磨き抜かれた装備を身に纏う三人の人間たち。
清十郎が少し警戒して身構える。
「人間…ですか?」
「あの紋章は…、ジノーブス連邦のA級冒険者パーティー、『黒鉄の翼竜』か。」
アーデルミノスは動じず、清十郎に囁いた。
「ジノーブスとは先のヘパルディアと違い、冒険者同士の交流はそれなりにある。国境を越えて依頼を受ける者も珍しくはないが…。」
その時、リザードの腹の中から、一際強い輝きを放つ虹色の鉱石――オリハルコンが転がり出た。
「アニキ!アネゴ!見つけましたぜっ!!」
歓喜する三人。
それを聞き、黒鉄の翼竜のリーダー・大剣使いのランドが前に出る。
「おい、それをこちらへ譲ってもらおうか。」
「あん?ふざけんな!俺たちが命がけで倒した獲物だぞ!」
リュウが吠えるが、副リーダーの女性魔法使い、シャゼルが冷ややかに杖を向けた。
「力ずくで奪われても文句は言えないわよ?冒険者ギルドの掟は、常に強者が正義なんだから。」
そんなやりとりを見て、清十郎がアーデルミノスを振り返る。
「…いいんですか、これ?」
「構わん。冒険者同士のいざこざなど日常茶飯事だ。」
アーデルミノスは不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりと歩み出た。
「ひぇぇ、ものすごい別嬪さんがおるではないか!」
後方の老賢者、マーベルが鼻の下を伸ばして目を輝かせる。
「このエロジジイ!状況を考えなさいよ!」
シャゼルが怒鳴る中、アーデルミノスは三人に告げた。
「オリハルコンはやるわけにはいかんな。どうしてもと言うのなら…私が直々に相手をしてやろう。」
清十郎は一歩引いて、楽しそうに笑う。
「加勢は必要ですか?」
「ふっ。そういえば、お前にはまだ、私の実力を見せていなかったな。…瞬きするなよ、セイジュウロー。」
左手に氷、右手に炎の魔力が集約されていく。
『町娘』の格好に不釣り合いな強大な魔力が、彼女の周囲で静かに渦巻き始めた。




