第五話_魔獣の森
北の鉱山へと続く街道を、不揃いな五人が足跡を刻んでいく。
先頭を行くのは、どこか誇らしげな足取りの白毛の獣人シロと、黒毛のクロ。
その後ろを、胃を押さえるような仕草で銀毛のリーダー、リュウが歩き、最後尾を清十郎とアーデルミノスが悠然とついていく。
「なあアニキ、なんであんな弱そうな優男と、ただの綺麗なねーちゃんと一緒に任務なんですかい?」
シロが小声でリュウに耳打ちする。
それに応じるようにクロも鼻で笑った。
「全くだ。足手まといにならなきゃいいがな。依頼料の分け前が減るのは御免だぜ。」
「…バカ野郎、声を落とせ!てめぇら、ぜってぇに粗相するんじゃねえぞ。いいか、口を慎め!」
リュウは必死に釘を刺すが、子分二人は「アニキは心配性だなあ」と取り合わない。
リュウは冷や汗を拭いながら、背後の「爆弾」たちが機嫌を損ねていないか、何度も振り返っては愛想笑いを浮かべていた。
やがて陽が傾き、街道に長い影が伸び始めた頃、アーデルミノスが周囲を見渡して足を止めた。
「そろそろ夕方か。この辺りは凶暴な魔獣も出る。無理に進むよりは、ここで野営にしよう。」
「魔獣?獣人の方々とはまた違うんですか?」
清十郎の素朴な疑問に、クロがここぞとばかりに先輩風を吹かせて割り込んだ。
「ハッ!兄ちゃん、そんなことも知らねえのかよ。魔獣ってのは知性を持たねえ、魔力に汚染されたバケモノのことだ。話も通じねえし、ただ食い殺すことしか考えねえ連中さ。」
「それは恐ろしい。世間知らずですみません。先輩方にいろいろ教えて頂けて光栄ですよ。」
清十郎が丁寧な物腰で頭を下げると、シロとクロはすっかりいい気になり、「まあ、俺たちがついてりゃ安心だ」「しっかり後ろに隠れてな」と胸を叩く。
その様子を見ていたアーデルミノスの眉間には深い皺が寄っていたが、リュウが慌てて「悪気はないんです!」と間に入り、なんとかその場を収めた。
漆黒に染まった森の中、パチパチとはぜる焚き火を五人が囲んでいた。
鍋の中では、道中で狩った野うさぎのスープが湯気を上げている。
「ふむ、このスープは絶品ですね。シロさん、クロさん、解体の手際もお見事でした。」
「おう、わかればいいんだよ!」
上機嫌な子分たちが食後にうたた寝を始めた頃、アーデルミノスが立ち上がった。
「…少し離れる。ジャブラに伝令を送っておく。あいつのことだ、心配して夜通し門の前で待機しかねん。」
彼女が闇の中へ姿を消し、焚き火の傍には清十郎とリュウだけが残された。
リュウは意を決したように、清十郎の隣に座り直す。
「…あんた、あの方と、その…どういう知り合いなんだ?」
「友人ですよ。」
「友人…。おいおい、あの方は魔王軍の軍司令だぞ。そんな御方と対等に話すあんたこそ、一体何者なんだ?」
清十郎はスープの残りを飲み干し、事も無げに答えた。
「ああ、そういえば名乗るのを忘れていましたね。ボクは魔王様から『魔王軍遊撃将』という役職を頂いた、ただの始末屋です。」
「…ゆ、遊撃将…!?魔王様から、直接…!?」
リュウは驚愕のあまり、持っていた木の枝を焚き火の中に落とした。
(なんて人たちと関わっちまったんだ…)と、彼は己の不運(あるいは幸運)に震えが止まらなくなる。
そこへ、寝ぼけ眼のシロとクロがふらふらと近づいてきた。
「なあ兄ちゃん。あの女、アーデルだっけか。あんな別嬪と二人旅なんて、どこまでいったんだ?英雄色を好むってな、ギャハハ!」
下品な笑いを浮かべる二人に、戻ってきたアーデルミノスが氷のような視線を向ける。
リュウは絶望に顔を覆ったが、直後、森の空気が一変した。
「…静かにしろ。どうやら、魔獣の巣のど真ん中で野営してしまったようだ。」
アーデルミノスの言葉と同時に、樹上の闇から巨大な影が二つ、音もなく舞い降りた。
月光に照らされたのは、人の丈を優に超える八本の脚と、毒々しい紫の紋様を持つ蜘蛛――。
「ポ、ポイズンスパイダー!?なんでこんな浅い森にA級モンスターが二体も!」
リュウが叫ぶ。
シロとクロは戦う間もなく、放たれた粘着糸に絡め取られ、繭のように吊るし上げられた。
「助けてくれ、アニキィ!」
「ア、アニキィ!!」
口々に助けを求めるシロとクロ。
「これはなんとも面妖な…。これほど巨大な蜘蛛は初めて見ましたよ。」
清十郎は驚きつつも、微塵の動揺も見せずに立ち上がった。
抜き放たれた白刃が月を映し、シロたちを拘束していた糸を一瞬で断ち切る。
情けない声をあげて地面に倒れ込む二人。
リュウが燃える薪を手に加勢しようとしたが、清十郎はそれを手で制した。
「リュウさん、下がっていてください。こんなものを斬る機会は、故郷でもそうそうありませんから…。」
腰の刀に手を添える清十郎。
「馬鹿言うな!魔法もなしに、しかもそんな細い剣で、A級魔獣に勝てるわけが――」
言い終わる前に、清十郎の姿が消えた。
流れるような、それでいて重力を無視したような足運び。
巨大な蜘蛛が毒牙を剥くより早く、清十郎は懐に潜り込み、その節足の関節を正確に切り刻んでいく。
悲鳴を上げる魔獣の頭上へと跳ね上がると、重力を味方につけた一刺しが、脳天を貫いた。
唖然とその姿を見上げる三人の後ろで、青白い炎の柱が立ち上る。
残る一体をアーデルミノスが焼き尽くしたのだ。
「…あ、あんた等…何者なんだよ?」
糸から解放されたシロとクロが、腰を抜かしている。
その横でリュウは天を仰ぎ、もはや乾いた笑いすら浮かべていた。
「…やっぱりだ。とんでもねぇ人たちと関わっちまった…。」
森に静寂が戻る。
清十郎は刀を静かに鞘に収め、「いい運動になりました」と、いつものように穏やかに微笑んだ。




