第四話_冒険者組合
団子屋を後にした二人が向かったのは、軒先から重厚な金属音が響く鍛冶屋だった。
赤々と燃える炉の熱気が路地にまで溢れ出し、煤けた看板には巨大な金槌の紋章が刻まれている。
「…ほう、これは。」
店主である筋骨隆々の魔族――岩のような肌を持つ一ツ目の巨漢が、清十郎の差し出した刀を手に取り、絶句した。
彼は無骨な指で慎重に反りをなぞり、陽の光に透かして刃文を眺める。
「なんという洗練された形だ。…無駄が一切ない。斬ること、それ一点のみに魂を削り出したような恐ろしい技術だ。異邦人よ、これほどの業物、どこで手に入れた?」
「故郷の、ある方から頂いただけでして。…作り方や理屈までは、ボクには分からないですね。」
清十郎は半蔵の姿を思い浮かべながら、淡い微笑を浮かべて答えた。
鍛冶屋は「惜しいな、これほどの業、是非学びたかったのだが」と心底残念そうに溜息をつき、再び刀身を凝視した。
「だが、一つ忠告しておく。この刀、硬度は凄まじいが、鋭さに特化しすぎている。この世界の魔獣…例えば岩の鱗を持つような手合いを何度も斬れば、いずれ刃こぼれを起こす。この精緻な刃だ、一度欠ければ修復は困難だぞ。」
「…刃こぼれ。それは困るな。」
横で聞いていたアーデルミノスが、眉をひそめて身を乗り出した。
「セイジュウローの剣技が特別である以上、その唯一無二の武器が損なわれるのは軍の損失…いや、私の心配の種だ。店主、この硬度を保ったまま、欠けぬように補強する手立てはないのか?」
「……そうさな。伝説の金属『オリハルコン』を芯に打ち込み、魔力を通すことで自己修復の術式を刻めば、理論上は永遠にその鋭さを保てる。だが、あいにく今は在庫がねぇ。」
「刃こぼれしないように、綺麗に斬れば済む話ですよ。」
清十郎がいつもの調子で楽観的に笑うが、アーデルミノスは真剣な眼差しで彼を嗜めた。
「駄目だ。戦いの中で、お前にそんな余計な気遣いをさせたくはない。…店主、オリハルコンはどこで手に入る?」
「今朝、冒険者組合に『アーマードリザード』の討伐依頼が届いてたはずだ。あいつの生息する北の鉱山なら、稀に原石が掘り出されることがあるぜ。」
「…決まりだな。行くぞ、セイジュウロー!」
◇◆◇
「…冒険者組合、ですか?」
城下町の中心部にある巨大な石造りの建物へと向かいながら、清十郎が首を傾げた。
「国に属さず、腕に覚えのある荒事師が集う場所だ。魔獣の討伐から護衛まで、金次第で何でも請け負う。…実を言うとな、私もかつては冒険者として名を馳せていたのだ。最高位の『Sランク』まで登り詰めたこともあるのだぞ?」
アーデルミノスは、どこか懐かしそうに、そして誇らしげに胸を張った。
だが、清十郎は「へぇ、すごいですね」とニコニコして合わせるものの、その「Sランク」という響きがどれほどの価値を持つのか、全く理解していない様子だった。
ギルドの重厚な扉を開けると、そこは荒くれ者たちの熱気と酒の臭いに満ちていた。
華やかな「町娘」と、優男風の「異邦人」。
その組み合わせは、手ぐすね引いて獲物を待つ冒険者たちの目には絶好の獲物に映った。
「おいおい、ここは迷子の子供が来るところじゃねえぞ?」
「隣の姉ちゃん、いいツラしてるじゃねえか。俺たちが冒険のイロハを――」
一人の大男が下卑た笑みを浮かべてアーデルミノスの肩に手を置こうとした瞬間。
横にいた清十郎の姿が、かき消えた。
「おっと、足元が滑りますよ。」
気づけば清十郎は大男の背後に立ち、その膝裏を軽く突いていた。
大男は、何が起きたのか理解できぬまま、派手に床へ這いつくばる。
「…今の、見えたか?」
「いや…。」
一瞬で静まり返る酒場。
清十郎は「失礼しますね」と会釈し、そのまま受付へと歩を進めた。
◇◇◇
受付にいた、額に小さな一本角を持つ女受付嬢が、二人の顔を見るなり絶句した。
「ア、アーデルミノ…っ!?」
「しっ!黙れ!」
アーデルミノスが素早く身を乗り出し、彼女の口を塞ぐ。
小声で「お忍びだ。正体は伏せておけ」と耳打ちすると、受付嬢は激しく縦に首を振った。
「アーマードリザードの討伐依頼を、今すぐ受けたい。」
「は、はい! 即刻、手続きいたします!」
受付嬢が慌てて書類を準備していると、背後から聞き覚えのある、ガラ声が響いた。
「だれかと思えば、今朝のねぇちゃんと優男じゃねぇか!」
現れたのは、朝方出会ったガラの悪い犬頭の獣人三人組だった。
リーダー格の男が、いちゃもんをつけるようにカウンターを叩く。
「俺らが先に目をつけてた依頼を、横からかっさらうとはいい度胸だ。お前らみてぇな素人に務まる仕事じゃねぇんだよ!」
アーデルミノスが不快そうに指先を鳴らそうとしたが、清十郎がそれを手で制した。
「…まあまあ。どうせ行く先は同じなのです。よければ、一緒に行きませんか?案内役がいれば助かりますし。」
「…あぁ!? 舐めてんのかテメェ――」
逆上したリーダーに、受付嬢が真っ青な顔で詰め寄り、その耳元で必死に囁いた。
(バカ!やめなさい!あの人は元Sランク冒険者で、現魔軍司令の…アーデルミノス様よ!!)
瞬間。
リーダーの獣人の顔から、みるみる血の気が引いていった。
「…ひ、ひぃっ!?」
膝が砕けるように土下座をしようとした彼を、アーデルミノスの冷徹な視線が縫い止める。
「(この場でバラしたら、殺すぞ)」
「あ…あぅ、あぅ…そ、そんなに言うなら、い、一緒に行ってやって、やってもいいぜ…!」
リーダーはガタガタと震える声で精一杯の虚勢を張った。
後ろの二人の子分は、兄貴の急な豹変に「えっ、兄貴どうしたんすか?」「こいつら、ぶちのめしましょうよ!」と息巻いているが、リーダーは「うるせぇ!!」と渾身の拳を二人の脳天に叩き込み、黙らせた。
「やれやれ…変な組み合わせだが、この五人で向かうとするか。」
アーデルミノスは溜息をつき、清十郎は「よろしくお願いしますね」と、嵐の予感を感じさせない穏やかな笑顔で頷いた。




