第八話_ダンジョンとは
「さて、このまま帰るのも良いが、少し時間が余るな。」
アーデルミノスが、頭上の二つの太陽を眺めながら呟いた。
確かに、当初想定していたオークとゴブリンの討伐は、彼らの実力からすればあまりにもあっけない幕切れだった。
「クエストを受けていなくても、その辺のモンスターを狩れば報酬が貰えたりしないんですかね?」
清十郎の問いに、ロンは指先を顎に当てて「うーん」と唸った。
「そうだね…。ギルドに素材を持ち込めば買い取ってはくれるけど。…それならさ、近くのダンジョンに行ってみない?」
「ダンジョン?」
アーデルミノスと清十郎の声が重なる。
その未知の響きに、二人の瞳にわずかな好奇心の色が宿った。
◇◇◇
辺境の街ルナマリアの近郊には、二つの大きな「ダンジョン」が存在する。
ダンジョンとは、大地に穿たれた巨大な傷口のような入り口から地下深くへと続く、迷宮状の洞穴のことだ。
そこは地上よりも遥かに多くの、そして強力なモンスターたちが跋扈する巣窟である。
その最深部、最下層には「ダンジョン主」と呼ばれる強力な個体が君臨している。
ダンジョンの内部環境は、その主の属性や種族、さらには個別の「趣味嗜好」によって劇的に作り変えられるという。
あるダンジョンは、まるで王城のように絢爛豪華な装飾が施され、またあるダンジョンは階層を一つ下りるごとに熱帯から極寒へと様相を変える。
この世界において、モンスターはダンジョンから絶え間なく湧き出る厄介な存在だ。
ゆえに、この地の平和を守る「冒険者」の本分は、このダンジョンを調査し、攻略することにある。
「ダンジョン主を倒せば、そのダンジョン自体が消滅すると言われてる。…もっとも、僕が知る限り、ここ最近でそんな実例はないみたいだけどね。」
そこまで一気に語り終えたロンは、一呼吸置いてから、ニヤリと意味深に笑った。
「そして、何を隠そう!そのダンジョン主こそが、失われた『聖剣』を保有しているって話さ!」
その言葉を聞いた瞬間、清十郎はふっと肩の力を抜いた。
「なんだか複雑そうな場所に聞こえて、実はとても簡単な話ですね。」
「要するに、各地にあるダンジョンをすべて攻略し、主を片っ端から叩き伏せれば良いのだろう?」
アーデルミノスが事も無げに、まるで庭の雑草を抜くかのような気軽さで言い放つ。
そのあまりに傲慢、かつ直線的な思考に、ロンは深く、深くため息を吐いた。
「…そんな簡単な話じゃないんだよね。確かに君たちは恐ろしく強いよ?それは認めるけど、それでもダンジョンを舐めすぎだよ。あそこは『生きて帰る』だけでも奇跡と言われる場所なんだから。」
そんな忠告を聞いているのかいないのか、三人が歩みを進めるうちに、ルナマリア周辺にある二つのダンジョンのうちの一つが見えてきた。
ダンジョンの入り口は巨大な石造りの門のようになっており、その周囲には意外なことに多くの露店が軒を連ねていた。
回復薬の瓶、研ぎ石、保存食。
そして武装した冒険者たちが酒を酌み交わし、あるいは装備の最終チェックをしながらたむろしている。
一種の異様な活気がそこにはあった。
「今日は装備も準備してきてないし、すぐに引き返せる三階層までにしておこうか。水や食料がないと、流石に地下深くで詰んじゃうからね。」
慎重なロンの提案。
しかし、清十郎は首を傾げてさらりと言った。
「モンスターは食べられないんでしたっけ?」
「私の氷と炎があれば、飲み水も調理の火も問題ないぞ。」
アーデルミノスの不敵な提案に、清十郎が満面の笑みを浮かべて歩調を速める。
「では、僕たちの力がどこまで通じるか、行けるところまで行ってみましょうか!」
「ちょ!ちょっと待って!そんな急に…心の準備が!」
焦るロンをよそに、アーデルミノスが追い打ちをかけるようにニヤリと笑う。
「なんだ? 『真の勇者』になるんだろう?臆病風に吹かれたなら置いていくが、どうする?」
その言葉は、ロンにとって何よりも効果的な「煽り」だった。
二人の背中が無慈悲にダンジョンの暗がりへと消えていこうとするのを見て、ロンは再び本日何度目か分からない大きなため息を吐いた。
「置いていくって、僕もパーティーメンバーだよ!もう、分かったよ、行けばいいんでしょ!」
ロンは叫びながら、慌てて二人の背中を追いかけて走り出した。
こうして、彼らの初ダンジョン攻略が、唐突に幕を開けたのである。




