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第一話_懐かしい面影

ヘパルディア勇者軍を退けた数日後。

戦火の余韻が残る平原を後にし、清十郎はアーデルミノスに伴われ、魔王城を訪れていた。

見上げるほどに巨大な黒岩の尖塔が天を突き、廊下には数千年の歴史を物語る緻密な彫刻が施されている。

その長い回廊を歩く二人の足音が、静謐な空気の中に規則正しく響いていた。


「清十郎、お前の働きは既にからすの伝令によって魔王様へ届けられている。あの方もお前の武勇をことのほか喜んでおられるのだぞ。」


アーデルミノスは、まるで自分のことのように誇らしげに胸を張り、頬を微かに緩ませた。

彼女にとって、信頼を寄せる「異邦の友人」が主君に認められることは、何よりの誉れなのだろう。


「それは光栄ですね。アーデルミノスさんが仕え、尊敬してやまない魔王様…。ボクも、お会いするのが楽しみですよ。」


清十郎が屈託のない笑みを返すと、ふと脳裏に、アーデルミノスの城を立つ際に見送ってくれた副将ジャブラの顔が浮かんだ。

大蛇の下半身をくねらせ、真剣な面持ちで念を押してきた彼の言葉だ。


『セイジュウロー殿、一つだけ忠告しておく。魔王ローデウス様は寛大なお方だが、その威厳は絶対だ。…くれぐれも、我らに向けるような軽口だけは叩かぬようにな。』


(…さて、どんな「怪物」が待っていることやら。)


清十郎は、腰に差した愛刀の重みを確かめながら、静かに息を吸った。


◇◇◇


巨大な黒鉄の扉が、地鳴りのような音を立てて開かれる。

その最奥。

幾千の魔石の灯火に照らされた玉座の間に、魔王ローデウスは鎮座していた。

灰色の肌は鋼のように硬質で、二メートルを超える巨躯は、座してなお周囲を圧伏する威圧感を放っている。

頭上にそびえる二本の巨大な角は漆黒に輝き、背後に流れる長い黒髪が夜の帳のように肩を覆っていた。

だが、清十郎の目を最も引いたのは、その「顔」だった。

魔王の両目は、古びた、しかし丁寧な意匠の施された黒い布によって覆われていた。

それはまるで、両目を同時に覆う眼帯――。


(…ああ、これは。)


清十郎の胸に、説明のつかない懐かしさと奇妙な運命の予感が込み上げた。


故郷、江戸。

そこにある「伊多田鬼屋いただきや」。

その首領であり、清十郎が背中を追い続けた男――両目眼帯の半蔵。


この異世界に来てからまだ日は浅いが、目の前に座す覇王の佇まいは、驚くほどあの男の面影を宿していた。

見えずともすべてを射抜くような、底知れぬ静寂。


「アーデルミノスよ、よくぞ戻った。南東の憂い、見事に断ち切ってくれたな。」


重低音の効いた、大気を震わせる声。


「はっ! 過分なお言葉、恐悦至極に存じます。」


アーデルミノスが騎士の礼をとって膝をつく。清十郎もそれに合わせ、流れるような動作で片膝を突いた。


「そして、隣におるのが例の異邦人か。おもてを上げよ。我が城において、武功ある者に屈従は似合わぬ。…客人としてもてなしたい。」


ローデウスの声には、絶対的な王としての威厳とともに、深い器を感じさせる寛大さが同居していた。


「お心遣い、感謝いたします。魔王様。」


清十郎が顔を上げると、黒い布越しに視線がぶつかったような気がした。

魔王は、清十郎の腰にある刀、そしてその身に纏う「色」をじっと観察しているようだった。


「…ほう、お前の内にある気配。この世界の戦士とも、歴代の勇者とも違う。…死を恐れず、生に執着せず。ただ、そこにあるべきことわりとして剣を振るうか。」


「買い被りですよ。ボクはただ、人を殺すだけの始末屋です。」


ジャブラの忠告を思い出しつつも、清十郎の口調は自然といつもの調子に戻っていた。

しかし、その瞳には真摯な光が宿る。


「魔王様、もし許されるのであれば、ボクをアナタの末席に加えてはいただけませんか?アーデルミノスさんと共に、その下で仕事をしたいと思っています。」


一瞬、玉座の間が静まり返った。

アーデルミノスが、横でハラハラとした表情を見せる。

ローデウスは沈黙し、やがてその口角をわずかに上げた。


「…ただ殺すだけの始末屋か、面白い。」


魔王は重厚な立ち上がりを見せ、玉座の段上で腕を組んだ。


「本日より、お前を魔王軍遊撃将として認める。アーデルミノスの補佐をしつつ、その刃でこの世界の曇りを晴らしてみせよ。」


「承知しました。…必ず期待に応えて見せます。」


清十郎は深く一礼し、立ち上がる。

横に並ぶアーデルミノスは、安堵と、そして隠しきれない歓喜の色を瞳に浮かべている。

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