第1話:寂しくないの?
─────物心ついたときにはもう、わたしはここにいた。親の顔を知らない。
ロドリス王国の中の貧民街から少し離れたところにある孤児院。
わたしはそこでは「リラ」と呼ばれている。
わたしは今、孤児院で小さい子たちの面倒を見ながら生活している。わたし自身もここの孤児院育ちだ。今、15歳。この国では16歳になった金髪の女の子は全員王都で開かれる聖女テストを受けるの。そして試験に合格したら教会で聖女として一生を過ごすんだって。
リラは自分の髪をつまんでそっと眺めた。
〝うーん、わたしの髪も…一応…金髪なのよね。〟
そう、リラの髪は金髪と言うには淡すぎた。陽の光を受けると、むしろ銀色にも見えるようなクリーム色だ。周りにいる女の子たちはハッキリとした金色か、赤みがかった茶髪の子しかいない。リラは自分のように薄い金髪の子を見たことがないのだ。
〝教会で一生過ごすのとこの街で一生過ごすの、どっちがいいんだろうか…。〟
リラはこの先のことを考えてぼんやりとして立ち止まった。
ふと、目の前でひっくり返っているてんとう虫を見つける。
「ーあ。てんとう虫。ひっくり返っててかわいそう…。」
リラは指を伸ばしてそっとひっくり返っていたてんとう虫をコロンと元の体制に戻してあげた。満足そうにニコニコしている。
少し歩を進めると花壇の花が頭をもたげてしおれていた。
「まぁ…。こんなになってかわいそうに…。」
〝私に聖女の資質があったらきっと治してあげれるのに…。ごめんね。〟
そう思いながらリラは思わず花を撫でるように手をかざした。
〝人の気持ちはわからないけど、花がしおれているのはわかる。〟
そんなとき、遠くから自分を呼ぶ声が段々と近付いてきた。
「リラー!ちょっと、何してんのよ?まだやることが沢山あるんだから、早く戻ってきて!」
金色の髪を揺らしながら、少女が腰に手を当てる。
彼女の名前はミレイア。
孤児院でも有名な優等生で、次期聖女候補の筆頭だと噂されている。
「またぼんやりとしてたでしょう?」
「……してないよ?」
「してたわよ」
呆れたようにため息をつくミレイア。
だけど彼女は、いつだって最後にはリラを放っておけない。
「さあ、早くいきましょう!」
ミレイアはそう言ってリラに手を差し出した。リラはふふっと小さく笑ってその手を取って二人は裏へと急ぐ。まだ干さなければならない洗濯物があるからだ。ふたりの後ろ姿が小さくなっていく。
ぐったりとしていたさっきの花が、ゆっくりと頭を持ち上げて綺麗な花を咲かせていた。それは誰もしらない小さな、そして大きな変化だったー。
施設の裏へ行くと洗い上がった大量のシーツが籠に盛られた状態で置かれていた。
「これをふたりだけで運ぶの?」
思わず口にする。
「そうよ。ほら、早くするわよ。」
ミレイアの掛け声で二人で籠を持つ。
大量のシーツが載せられた籠は重くて二人で運ばないと一人では到底無理だった。
んしょ…、んしょ…。ードスッツ。
二人がかりでも水分を含んでいる分、どうやらかなり重そうだ。
「そっち持って、リラ。」
「うん、」
二人でシーツを干して行く。リラは時々ミレイアを見てぼんやりとしていた。
〝ミレイアはわたしが5歳のときにここに来た。それからずっと一緒だ。〟
「………………?なに?ジッと見て…。」
ミレイアは訝し気に聞いてきた。
「なんでもない!」
〝わたしはそんなミレイアが大好きだ!〟
「へんなの。」
呆れたようにため息を吐くミレイア。だが、いつものことだからと気にもとめていなかった。
暫くして、施設長も用事から戻ってきた。いつものように仕事をキチンとこなしているかのチェックが先に入る。孤児たちは食堂に集まって立ったまま待機している。
ミレイアが小さな声でリラに言った。
「ほら、早くやってて良かったでしょ。」
リラは静かにコクンと頷いた。
施設長のチェックは厳しい。それは普段からなのだが、今日は一段と時間をかけて施設内をチェックしている。
〝あんなにじっくりチェックするだなんて、何かあるのかしら…。〟
リラは思った。そしてそれはそこにいる孤児たち全員が思ったに違いない。
施設長が巡回から戻って孤児たちの前に立った。
「みなさん、明日。ここに貴族の方が来られます。」
施設長のその言葉で孤児たちはざわついた。それは定期的に行われる面会だ。上手くいけば貴族の子供として引き取られて裕福な暮らしが出来ると思っているからだ。
「静かに!」
施設長の言葉で孤児たちは静かになる。
「どうやら聖女候補を自分の家門から出したいということでお見えになるのよ。今15歳の子がいいらしいの。ここでは…。あぁ、ミレイアとリラが15歳ね。明日は少し綺麗な服を着て準備なさい。」
「はい、施設長。」
ミレイアとリラは揃って返事をした。
施設長は満足そうに笑った。貴族が来るたびに寄付金が増える。
それだけは確かだった。
二人で休憩時間に小川を眺めにやって来ていた。大きな木の下に背を預けて座っていた。気になるのはさっきの話のことだった。
「きっとミレイアが選ばれるわ。」
「まだわからなわよ。そんなの。」
ミレイアは何とも言えない表情をしていた。それに気付かずにどんどん話を進めるリラ。
「ううん、わたしにはわかるの。ミレイア、綺麗な金髪だし、とっても優秀だもの。きっとそうに違いないわ。」
「………………。」
弾むように話をするリラとは違ってミレイアはどこか浮かない様子で返事もない。
「どうしたの、ミレイア?」
いつもならもっとポンポンと言葉が飛んでくるのに来ない様子に流石のリラも心配になった。
〝ずーーっと一緒よ… 〟
覗き込んだミレイアの顔は目元が少し真っ赤に滲んでいた。肩が小刻みに震えている。
「ミレイア…?」
今まで彼女のそんな顔を見たことがないリラは少し戸惑った。
ミレイアはエプロンの端をギュッツと握ってひとことだけ言った。その手も微かに震えていた。
「………………リラは、………………リラは…寂しくないの?」
その言葉は詰まりながら発したひとことだった。
リラは目をパチクリさせていた。
〝ー寂しい?〟
リラはミレイアが貴族となって裕福に暮らせる方がきっといいと思って話をしていたが、どうやらミレイアは違ったようだ。
ミレイアはリラと友達だと思っていたが、それは自分だけだったのだと思ってリラに苛立ちを覚え、突然立ち上がると同時に怒り出して、
「もう、なんであんたは…っ!」
勢いでリラにあたりそうになったので、言いかけた言葉をグッと我慢してそのまま施設へと走って行ってしまった。
取り残されたリラはどうしてミレイアが怒っているのかわからなかった。
ただその場に立ち尽くすだけ…。
そのとき、風が吹いた。
サワサワサワ…。
揺れる木々に葉が擦れる音ー。
「ねぇ、風さん。木々さん。どうしてミレイアは怒っちゃったのかしら…。」
リラは木々に尋ねるが、答えてくれるはずがない。
リラは空をぼんやりと眺めた。
〝寂しい…?〟
さっきミレイアが言った言葉を思い出していた。
〝どうして?ミレイアが幸せになれるなら全然寂しくないのに…。……でも、なんで胸がこんなにざわざわするんだろう…。〟
リラはどうしてミレイアが怒ったのかわからないままだった。
その瞬間。
一枚の葉がふわりとリラの肩へ落ちた。
まるで慰めるように。
リラはその葉を見つめる。
「……変なの。」
胸の奥が少しだけ痛かった。
どうしてなのかはわからない。
ご覧下さりありがとうございます。
次週金曜18:50に更新します。




