1 ただしイケメンに限る!
結論から言うと、私は転生した。
しかも、竜である。
ただの竜ではない。
古代種。希少種。伝説級。
神話の脚注で「詳細不明だがやばい」と雑に処理される側の存在だ。
白銀の鱗は月光を弾き、翼は山を覆うほど大きい。
火を吐き、雷を落とし、その気になれば世界の理にまで指をかけられる。
正直、盛られすぎだと思う。
数千年前、湖面に映った自分の姿を見た時、私は素直にこう思った。
『……うん、強そう』
なお前世は、地球の日本人女性だった。
名前も顔ももう思い出せない。
人生の大半を会社と家の往復で溶かし、特技らしい特技もなく、たぶん普通の社会人だったのだと思う。
ただ一つだけ、異様なほど鮮明に残っていることがある。
『イケメンが好きです』
誇張でも冗談でもない。
筋金入りの面食いだった。
顔が良い。それだけで人生の彩度は上がる。
顔が良い。それだけで多少の欠点は見逃せる。
逆に言えば、顔が好みでない時点で選考対象外である。
そして転生後も、その価値観は一切ぶれなかった。
――問題は、竜になってしまったことだ。
竜の生は長い。
とにかく長い。
長すぎて暇が余る。
私は一族の族長までやった。
面倒な会議も、面倒な儀式も、面倒な責任も全部やった。
数百年で飽きた。
さらに数千年かけて可愛い甥っ子に族長の座を押しつけ、ようやく悠々自適の生活を手に入れた。
自由だ。
最高だ。
ざまぁみやがれ長老ども。
これから好きに生きるぞと心の底から思った、その頃だった。
世界が、私を放っておいてくれなくなった。
最初は小さな違和感だった。
空気の密度が微妙に変わる。
言葉にしなくても、世界そのものが『こうであるべきだ』と押しつけてくる。
私はそれを面倒くさいなと思いながら、指先で適当に押し返していた。
そんなある日。
湖のほとりに、きらきら光る小さな生き物が集団で現れた。
妖精である。
しかも多い。
やたら統率が取れている。
いかにも『会議で決めてきました』みたいな顔をしている。
『竜様』
代表らしき妖精が胸に手を当て、うやうやしく頭を下げた。
『お時間よろしいでしょうか』
「いいけど、手短にね」
私は人型の姿で湖畔の岩に腰かけた。
巨大な竜の姿で対応すると話が長くなる。相手が勝手に畏れ、勝手に儀礼を増やすからだ。
人型の方が会話が早い。
それが長い竜生で得た学びだった。
『恐れながら……そろそろ』
妖精たちの空気がやけに改まる。
『血を残す時期ではないかと』
「え?」
『竜の系譜は貴重です。それに貴女様は、先代よりさらに前……長の系譜の直系』
要するに、結婚しろということらしい。
私はしばし考えた。
竜生で初めての重大イベントである。
いや、大昔に長老どもに捕まって延々お見合いループの地獄を経験したことはある。
だがあれは思い出したくもないので割愛しよう。
慎重になるのは当然だ。
私は長い指先を顎に当て、湖面に揺れる月を見つめた。
――そして、答えを出した。
「……いいよ」
妖精たちがざわめいた。
空気が軽く跳ねる。期待と安堵が混ざった音だ。
ああ、これは相当大きな案件だったのだなと、そこでようやくぼんやり理解した。
「ただし」
私は一拍置いて、はっきり言った。
「顔がいい、人型の男に限る」
沈黙。
風が止んだ。
湖が凪いだ。
鳥が飛ぶのをやめた。
世界が一瞬フリーズしたような気がした。
妖精たちは目を見開いたまま固まり、次の瞬間、数名が同時に口を開いた。
『……え?』
「イケメン限定で花婿。あと竜族は却下で」
『……し、しかし竜なら竜同士で婚姻を……』
「無理」
即答だった。
『なぜですか』
「竜だって人型くらい取れなくはないわよ。でも練習がいるし、竜同士は魂の格が近いから無理強いしにくいの」
『……は?』
「私は人型で生活する主義なの。結婚相手が常に巨大な本体形態だと家具がもたないでしょ」
本音を言えば、今の竜族の雄は大方知っている。
その上で、好みの顔がいない。
見合いループの抜け道も散々試した。全部駄目だった。
それだけである。
『家具基準……』
「あと会話が遅い。一言考えるのに百年単位とか無理」
会話が遅いと普通に苛立つ。
『個体差では?!』
「却下」
私は手を振って話を切り上げた。
妖精たちは半分ほど魂が抜けた顔をしている。
かわいそうだが、譲れないものは譲れない。
『……では、なぜ人間を? 人間は脆い種族です』
「顔が好みの人型になれる男なら何でもいいけど、どっちにしろ問題ないわ」
『え?』
私は心底不思議そうに首を傾げた。
「私は全知全能の最強竜よ?」
『……』
「相手を竜にすればいいだけじゃない」
完全な沈黙が落ちた。
妖精たちは口を開けたまま固まる。
面白い。
私はそのまま、さらりと言った。
「格下の人間なら話は早いもの。魂の格を引き上げて、寿命を伸ばして、竜としての耐久性と魔力を与える。ね、簡単」
『それを……簡単と……』
「簡単だし」
妖精たちは遠い目をした。
彼らが胃を抱えたくなる気持ちは分からなくもないが、私にとっては事実なので仕方ない。
『……つまり』
代表妖精が震える声で確認する。
『顔の良い相手を竜に作り変え、花婿にすると』
「そう、それ」
私は満足げに頷いた。
「好みの顔を毎日眺められるなら、悪くないでしょ」
『……』
『……竜様』
別の妖精が弱々しく手を挙げた。
『恐れながら、条件が顔のみというのは……』
「それが一番大事」
『人格、倫理観、価値観などは……』
「会ってから考える」
『後なんですね……』
「後」
妖精たちの肩が、目に見えて落ちた。
でも仕方ない。
だって私の好きは、前世からずっと顔起点だったのだ。
顔が好みだと世界が少し明るく見えた。
頑張ろうと思えた。
嫌な日も、顔を見ればどうにかなった。
たぶん、そういう人生だった。
名前も思い出せない過去の私が唯一握りしめていた、自分のままの価値観。
それが、これだ。
「で」
私は岩から立ち上がった。
人型のまま翼を出し、悠々と広げる。
月光が鱗を滑り、湖面に銀が散った。
妖精たちが反射的に後ずさるのが分かる。
そこまで怯えなくてもいいのに。
私、そんなに怖い竜ではない。
「告知を出してちょうだい」
『……どのように?』
「こう」
私は楽しげに笑った。
「最強竜が花婿を募集します。選ばれた人間は竜にします。条件はひとつ。顔が良いこと。以上」
妖精たちが一斉に頭を抱えた。
『……これ、戦争になりますよ』
「顔が?」
『いえ、世界が』
「大丈夫」
私は確信をもって言った。
「イケメンは、だいたい覚悟が決まってるから」
『根拠が薄い!!』
「薄い? 前世の経験則よ」
『前世がどんな世界だったんですか……』
代表妖精が震える声で呟く。
私は肩をすくめた。
「さて」
私は空を見上げた。
雲の向こう、世界の上澄み。
そこに私の言葉が届く場所がある。
届いてしまう場所がある。
私はそれを便利としか思っていない。
「条件は変わらない」
指先で空を軽くなぞる。
「※ただしイケメンに限る」
次の瞬間、空気の層がわずかに軋み、遠くで何かが起動する気配がした。
妖精たちが一斉に青ざめる。
『……竜様、今、なにを』
「書いた」
『世界に?!』
「うん」
『軽率に?!』
「うん」
『止められないんですか?!』
「もう書いたからね」
私が言い終えるより早く、夜空のどこかがふっと光った。
まるで世界そのものが『了解』と返事をしたみたいに。
そして――空に文字が浮かんだ。
『竜より告知』
『花婿を募集します』
『選ばれた人間は竜にします』
『※ただしイケメンに限る』
『……本当に出た……』
妖精の一人が膝から崩れ落ちる。
「ほら。便利」
『便利じゃありません!!』
こうして、世界最強の転生竜による、史上もっとも平和で、たぶん理不尽な花婿選考会が始まったのである。
※完結まで毎日投稿です。
よろしくお願い致します。




