溺愛され成り上がるための最初の一歩
Merry Christmas!
素敵な奇蹟がみなさまに訪れますように!
「敵襲だ!」
怒号の溢れる中、村人たちが教会へと逃げ込んでいく。
私も、その波に遅れないように必死でついていった。
もう何日も禄に食べていない体はふらふらで、徐々に人々の群れから離れていく。
ようやく教会へと辿り着いた、そのとき。
「アーリャ。もうお前が入れる余裕なんてないんだ」
扉の前で、村長始め数人の村人たちが私を拒んだ。
「どうして? まだ入れるでしょう? 私一人くらい」
奥に見える教会の中は確かに人で溢れている。それでも、こんなガリガリの女一人くらい、増えたところで問題はないだろう。
「はっきり言わないとわからないか。孤児のお前を、この村にこれ以上おいておいても、食料分配の無駄なんだ」
村長の横にいるのは、私を気にかけてくれていた小父さんだ。そんな彼が私に見たこともない冷たい顔でそう言う。
「綺麗な顔をしてるから、育ったあとは村の男の役に立って貰おうと思ってたけど、それどころじゃなくなったからな」
そう言うのは、私のことを好きだと言ってくれていた幼馴染みのカイリャ。
どういうことなんだろうか。
「ちょっと! あんたたち何してんだい!」
目の前に居並ぶ男たちの奥から、村長の奥さんが出てきた。
あぁ、よかった。彼女は私に優しくしてくれてた人だ。
きっと教会の中に入れてくれる。
「早くアーリャを敵のところに連れていきな! こっちに被害がきたら困るだろ!」
「え……どういう……」
奥さんの言葉が理解できない。
私を敵のところに――今この村を襲っている、帝国の軍に差し出すというの。
「あっちは男所帯だ。アーリャみたいに若くて見た目がいい女なら、喜んでもらえるだろ。村の女たちに被害がでないうちに、あんたで手を打ってもらおうって算段さね」
それは、私を敵の慰み者として生け贄にするということ。
目の前が真っ暗になった。
よそ者の両親が流れ着いた先がこの村で、その両親も私が小さい頃に死んでしまった。
「ほら! ヨルゼの家の向こうが敵の拠点だよ。さっさとお行き!」
「ああ、この手紙を向こうの大将に渡すんだ」
村長に手紙を押しつけられ、教会の外に出た奥さんに手を引っ張られて、私はまるで放り投げるようにして教会から閉め出された。
教会から――そうじゃない。この村から閉め出されたのだ。
「……このままここにいても、どうにもならない」
三歳のときに両親が死んでから十五年。ずっと村の厄介者にならないよう、皆の役に立つよう働いてきて、その仕打ちがこれなのか。
涙が出そうだった。
実際、出ていたのだと思う。
まもなく新年を迎える今日は、聖女の誕生の日。
雪が降るこの日、頬を伝う水滴はあっという間に凍ってしまった。
「寒さで野垂れ死ぬくらいなら、敵陣に命乞いに行く方がまだましか」
この村は、領地の外れだ。だから、領主の守りも少ない。
領主からの援軍が来るかもわからないし、来るとしてももっと後だろう。
こんな状態で追い出された村のために何かしたいとは思わないが、ここから逃げたところで、敵に討たれるだけだろう。
教会の外にいる私には、守護聖女さまの守りも神の守りも届かないのだから。
「万に一つの可能性にかけるほうがいい」
たとえ、敵陣に入りその場で殺されてしまったとしても。
手元の手紙には何と書かれているのか。
私は字が読めない。
私の命と引き換えに村を助けてくれとでも書かれているのだろうか。
「そんな価値など、私にはないのに」
それでも。
私は行くしかないのだ。
***
「なんだ。随分とみすぼらしい女だな」
ヨルゼの家を越えたところで、敵が私を拘束した。
姿を確認したところで殺されなくて良かったと思う。
私は持たされた手紙を敵兵に渡し、無抵抗の意思を示した。
といっても、ひょろひょろの体によろよろとした足取りの私など、取るに足りないものと思われているだろう。
それからその手紙を見た兵が、私を幔幕の中に連れてきた。
幔幕の中央にいたのは、美しい男。
短くバサバサと乱雑なままの黒髪には艶があり、その瞳はまるで狼のような眼光を持つ男。
こんな美しい男を――いや、美しい人間を見たことがなかった。
「なんだ。随分とみすぼらしい女だな」
その男が、私を見てそう口にした。
――次は、もっとうまくやる。
その声を聞いた瞬間。
私の脳内に、声が響き渡った。
――こんな地獄、抜け出したい。
そして、映像がめまぐるしい勢いで脳内を駆け巡る。
まるで死ぬときに天の遣いが生前の物語を見せつけてくるというように。
脳内の私は、同じようにこの幔幕に来て、命乞いをし、この男に馬鹿にされて兵たちに嬲られ、村を制圧した後には帝国に連れて行かれ、軍の専属娼婦として働かされ、そして病を得て死んでいった。
誰にも、顧みられることのないまま。
――もしも。もしも人生をやり直せるなら。
死ぬ瞬間、強く願った。
――こんな目にあわないように、うまくやるのに……!
村で育った、何も知らない女の私の中に、男たちの慰み者となり嬲られ生きながらも、彼らの会話から多くの情報を得た女の知識があふれかえった。
体が震える。
恐怖で、ではない。
歓喜の震えだ。
「おい、聞こえているのか?」
目の前の男は、帝国軍の将。今は身分を隠しているけれど、本来は皇位継承権を持つ皇弟だ。
名前はザイード。
以前の私は、見下され相手にされなかったけれど、今回はそうはいかない。
この男を落とし、生きながらえるのだ。
そして、成り上がって見せようじゃないの。
「失礼致しました。村長からの手紙をお読みになったのでしょう?」
「ああ。お前も読んだのか? だったら話は早いが」
「いいえ。残念ながら、私は文字は読めません。でも、予想はつきます」
「――ほう?」
これは回帰というものだろう。
神の御業か、聖女の奇蹟か。それとも悪魔のいたずらか。
いずれにせよ、私にはチャンスだ。
「私を兵の慰み者として差し出す代わりに、村を助けて欲しいとでも」
私の言葉に、ザイードは目を細める。
「けれど、兵の慰み者を差し出されたとして、村を助ける意義など帝国にはありません」
「お前の言うとおりだな」
ハッ、と鼻で笑うようにザイードは言う。
私はそんな彼へと、一歩近付く。
周囲は警戒の体勢をとるが、ザイードが手を上げ、姿勢を戻させた。
そうそう。今の私一人では、彼の首をかくことすらできないんだから、警戒するだけ無駄よ。
「だったら、私をあなたのそばに置きませんか? 少なくとも村の弱点は、教えられます」
さらに三歩。彼の目の前に立つ。
そうして、何も知らない無垢な女の顔で微笑みかけた。
「育った村だろう? 知り合いや仲の良い者もいるのではないのか?」
「それらに、捨てられたのです。それだけではなく、私を村で生かしていたのは、こういうときのためだと言われました」
私の言葉に、彼は眉を軽く上げる。
ザイードのこの仕草は、興味を持っているときか、不快に思っているときかのどちらかだ。
「だから、私は未練もなにもありません。あなたの役に立てる方が余程良いです」
実際、回帰前は私がこちらで慰み者になっても、村は滅ぼされたのだ。
それなら今回は、私の手で引導を渡してやりたい。
「ふはは! それは面白い!」
彼は、唇の端を上げ、笑った。
そうして、私の手を引き寄せる。
畢竟、私の体はザイードの胸の中に入り込んだ。
「いいだろう。お前を俺の元においてやる。せいぜい役に立てよ」
間近で見る彼は、色気に満ちていて、心臓がばくばくする。
回帰前、軍の慰み者となった私は、彼とは一度もそうした関係になったことがなかった。
それどころか、最初のこの出会い以降は遠くで見るか、兵たちの話題で情報を得るだけだ。
あの頃は、私をあんな立場に落としたこの男を憎く思ったものだけど。
それでも――。
この顔は、いい……。
「どうした? 俺が怖いのか?」
顔に見とれていただなんて、言えない。
「いえ……。その、男性とこうして触れ合うことはあまりなかったので」
「それはまた、楽しみがいがありそうだな」
その言葉、回帰前の記憶のある私には、意味が良くわかってしまう。
でもそれでいい。
この男をうまく利用して、這い上がってみせようじゃない。
「では、まずはこの村の弱点から……」
言葉の意味が分かりません、という顔で笑いかければ、ザイードは満足そうに頷いた。
まずはこの村。
そして回帰前に知った情報で、この男をうまく立ち回らせてやる。
そうすれば、私の価値もあがるだろう。
二度と、あんな地獄には戻りたくない。
今日この日に回帰の記憶を思い出したのは、聖女からの贈り物なのだろう。
「私は、あなたの役に立ちますから」
私を膝に座らせたザイードは、村の弱点を聞くと、すぐに兵に作戦を支持した。
そうして、彼は身につけていたマントを私に掛ける。
「村を制圧したら、一度帝国へ戻る。我が家でまずは健康な体を得て貰わねばな」
どうやら、私の第一歩はうまく動き出したようだった。
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